11 天使と悪魔
真美は恐る恐る厳つい天使に聞いた。
「ほ、ホントに天使なんですか?」
天使が意外そうな顔で答える。
「ああ、そうだよ。この純白の服に、天使の翼をイメージしたコート。そして、天使の輪の代わりに金色のネックレス。どう見ても天使だと思うんだけどなあ……」
「……それはさておき、今日は真美ちゃんにちょっと聞きたいことがあってね」
天使がギロリとジュニアを睨んだ。ジュニアが縮こまる。
「真美ちゃんは、先日この悪魔と契約をしたと思うけど、まだ1つもお願いをしていないよね」
天使の真美に対する質問に、ジュニアが慌てて割り込む。
「あ、ま、真美さんは、どのようなお願いをするのか熟考されておりまして……」
「私は真美ちゃんに聞いている。お前に聞いてない!」
「す、すみません!」
天使に一喝されて、ジュニアが慌てて頭を下げた。
真美が天使に聞く。
「あ、あの、悪魔と契約したら、すぐにお願いをしなければいけないんでしょうか?」
天使が一転にこやかな顔になって説明する。
「悪魔と人間が正式に契約をすると、我々天使は残念ながら手を出せない」
天使が店員からコーヒーを受け取りながら話を続ける。
「だが、お願いをする意思がないのにそれを偽った契約、すなわち仮装契約の場合は、強制的に契約を取り消すことができるんだよ」
「真美ちゃんの場合、契約後にお願いをする気配がなかったので、もしかすると仮装契約じゃないかと気になってね」
ジュニアが、コーヒーにミルクと砂糖を入れながら、また話に割り込む。
「仮装契約だなんて滅相もない。小生はしっかりと真美さんの意思を確認した上で契約を……」
「だから、お前には聞いてない! そして、自分だけじゃなくて皆に砂糖とミルクを配る!」
「す、すみません!」
ジュニアが慌てて天使と真美に砂糖とミルクを配った。真美は思わず笑いそうになる。
どうやら、お願いをする気がないのに悪魔と契約するのはダメらしい。
ここで「お願いする気はないのに契約しました」と天使に言えば、契約は取り消され、ジュニアと離れることができるようだ。
どうしよう。ここはキッパリと言った方がいいのだろうか。
真美がジュニアの顔をチラリと見た。ジュニアは今にも泣きそうな顔になって俯いている。
なんだろう、何となくここで契約を取り消すのは可哀想になってきた……
少し悩んだ後、真美は天使に言った。
「あ、あの、お願い事については、どれにしようかまだ色々悩んでいまして……もう少しお時間をいただければ」
「ま、真美さん!」
ジュニアがパアッと明るい顔になって真美を見た。
天使が困った顔をして真美に言う。
「真美ちゃん、本当にいいの?」
「あ、はい。今のところ大丈夫です。もし、何か心配事が出てきたらまた相談させていただきます」
それを聞いた天使がドスの効いた声でジュニアに話し掛ける。
「真美ちゃんが優しい子で良かったな。真美ちゃんを傷つけたら許さんからな!」
「は、はい! それはもちろん。小生は真美さんを大切にします!」
ジュニアが嬉しそうに言った。
ジュニアの返事に頷くと、天使は懐から名刺を出し、真美に渡した。
「コイツはともかく、他の悪魔のことで何かあれば、遠慮なくここへ連絡しなさい」
名刺には「天使 エノク」と書かれていて、メルアドと携帯電話番号が記載されていた。
「ありがとうございます!」
真美は天使に頭を下げた。天使が優しく微笑むと、今度はコーヒーを飲んでいたジュニアを厳しい顔で見た。
「ほら、何か言うことはないのか?」
ジュニアが慌ててコーヒーカップをテーブルを置き、頭を下げた。
「あ、すみません、エノク先生。ありがとうございます!」
それを見た真美は、思わず笑ってしまった。
「あはは。天使と悪魔って、いつもこんな感じなんですか?」
天使が苦笑しながら言う。
「普通はもっと敵対的で緊張関係にあるんだけどね。まあ、コイツの場合はちょっとね」
そう言って天使がジュニアを見た。その眼差しは、とても優しいものだった。




