10 部活帰り
翌日、明日香は学校を休んでいた。
少し心配になった真美だったが、優花によると、明日香は芸能プロダクションのオーディションに行っているらしい。心配して損をした気分だった。
今日は、幸い特にトラブルもなく放課後になった。真美は部活へ向かう。
真美の所属する数学部は、部員が10名以上いるが、ほぼ幽霊部員。実際に活動しているのは、2年生の如何にも理系女子という感じの部長と真美の2人だけだ。
真美は、いつものように顧問の数学教師から数学の問題のプリントを貰うと、数学部の活動場所である空き教室で部長と一緒に問題を解き、解き方等について雑談した。
超がつくほど地味だが、数学が好きで大人しい真美には居心地のよい部活だ。
普段は静かに落ち着いた時間を部長と2人で楽しむのだが、今日は違った。ジュニアが体験入部に来たのだ。
「へえ、この世界、この時代の数学ってこんな感じなんですね」
感心したようにジュニアが真美の解答を覗き込む。部長が面白がってジュニアに聞く。
「言葉や文化は違えど、数学の根底は世界共通よね。ちなみにジュニア君は自称『魔界』出身らしいけど、魔界では加減乗除をどう書くの?」
「こんな感じですね」
「へー。じゃあ数字は? 何進法が一般的なの?」
などと、部長が面白がってジュニアに質問している。教室の入口のドアの窓からは、ジュニア目当ての女子が入れ替わり立ち替わり教室内を覗いていた。
急に騒がしくなってしまったが、こういうのもアリかと思った真美は、部長とジュニアのやりとりに加わり、この世界と魔界の数学の相違について楽しくお喋りした。
† † †
部活終了後、ジュニアと真美は2人並んで雑談しながら学校から最寄り駅に向かった。
ジュニアがニコニコ笑顔で真美に話し掛ける。
「いやあ、数学部、楽しかったです」
「部長も喜んでたし、ジュニア君が良ければ入部してよ」
「ありがとうございます。小生、数学部に入部させていただきます! 部活も真美さんと一緒になれて良かった」
ジュニアが嬉しそうに言った。契約しているからだと頭では分かっているものの、ジュニアがごく自然にそう言うと、こちらも何だか嬉しくなってくる。
「ふふ、ありがとう」
真美が笑顔でジュニアに言った。何に対してのお礼か自分でも分からなかったが、そんな気分だった。
その時、ふと真美が前を見ると、脇道から男性が出て来るのが見えた。
男性は、身長が190センチ以上はあるのではないだろうか。長身で筋骨隆々。オールバックの髪型で顔も厳つい。
しかも男性は、全身真っ白のスーツに真っ白なフワフワのコートを羽織っている。首元には金色のネックレスが見えた。どう見ても関わってはいけない雰囲気だ。
男性に気づいたジュニアの顔色が変わった。真美に小声で言う。
「ちょっとマズいかもしれません……」
「え、どういうこと?」
真美が心配顔でジュニアに聞いた。ジュニアが答える前に、男性がこちらに向かって野太い声で話しかけてきた。
「そこの2人! ちょっと話がある」
「ひぃ!」
ジュニアが怯えた声を上げた。真美は助けを呼ぼうと周りを見たが、普段は多くの人が行き交う駅前通りなのに何故か人っ子一人いなかった。
2人は渋々その男性に連れられて、近くの喫茶店に入った。
「さてと、真美ちゃんは何にする? お代は私が払うから気にしなくていい」
厳つい男性が喫茶店のテーブル席のソファーに座ると、向かいに座った真美に優しく聞いてきた。
「あ、ありがとうございます……それじゃあ、ホットコーヒーを」
真美は慌ててメニューを見て、たまたま目に入った普段は飲まないコーヒーを頼んだ。どうやらこの男性は真美のことを知っているようだ。
「では、小生はホットコーヒーとこのプリンパフェと……」
「少しは遠慮しろ! お前は水で十分だ!」
真美の隣に座ったジュニアにそう言いながら、男性は店員にホットコーヒーを3つ注文した。優しいところもあるようだ。
男性が厳つい顔に笑顔を浮かべて、真美に話し始めた。
「突然で驚かせて申し訳ない。私は見てのとおり天使だ」
「へ? て、天使?!」
外見からはまったく想像できない自己紹介に、真美は思わず聞き返してしまった。




