1 契約
「呼んでくれてありがとう、悪魔です! 1つ目のお願いをさあどうぞ!」
世の中がクリスマスムードになりつつある12月のある日。高校1年生の池田真美は、午前0時に自宅の自分の部屋に突然現れた自称「悪魔」を呆然と見つめていた。
自称悪魔は、黒いスーツに黒いマントを羽織り、頭には黒山羊のマスクを被っている。背格好や声色からすると、自分と同学年の男子のように感じる。
「池田真美さんですよね。さあ、お願いは何ですか?」
自称悪魔は、真美の名前を知っていた。本当に悪魔なんだろうか。まあ、ドアや窓が閉まっている部屋に突然現れたのだ。おそらく本物なのだろう。
真美は一応聞いてみることにした。
「あ、あの……本当に悪魔なの?」
「はい、本物です!」
自称悪魔は自身たっぷりに答えた。確たる証拠は今のところないが、真美はとりあえず信じることにした。
でも、どうして突然悪魔が自分の前に現れたのだろう。真美が悪魔に話しかける。
「私、悪魔を呼び出した気はないし、特にお願いもないんだけど……」
「え?!」
それを聞いた悪魔は、驚きの声を上げ、黒山羊のマスクを脱いだ。ナチュラルショートの黒髪で、びっくりするほど端整なカワイイ系の顔立ちだ。
悪魔が涙目になりながら真美に聞く。
「ど、どうして? だって、不吉な日の最後に悪魔の数字を血文字で記し、神に呪詛の言葉を吐きかけたでしょ?!」
「え?」
今度は真美が驚きの声を上げた。カレンダーを見ると、すでに日付は変わったが、確かに13日の金曜日だった。
真美は、ちょうど勉強机で解いていた数学の問題集の答えを見る。間違えたので赤ペンで書き直した解答は「666」だった。
そして、真美はケアレスミスに思わず「ああ、もうっ!」と呟いていた。勉強机には修学旅行で買った奈良の大仏の置物がある。
もしかすると、あの呟きが「神への呪詛」なのだろうか。そもそも大仏は神に当たるのか分わからないが。
真美は、申し訳なさそうに悪魔に言う。
「ごめん。多分偶然だよ」
「そ、そんなあ!」
悪魔がその場で膝から崩れ落ちた。
† † †
「……あの、そろそろ落ち着いた?」
もうすぐ午前1時。土曜日とはいえ、流石に眠くなってきた真美は悪魔に聞いた。
悪魔は真美のベッド脇で三角座りをしてシクシク泣いている。
「……このチャンス、逃せないんです」
悪魔が俯いたまま呟いた。少し心配になった真美が聞く。
「どういうこと?」
悪魔が顔を上げた。カワイイ顔が涙で濡れている。
「小生、今まで1件も契約がないんです。今回が最後のチャンス……」
「……これを逃すと、もう後がないんです!」
そう言うと、悪魔はまた顔を伏せてシクシクと泣き始めた。
ちょっと可哀想に感じた真美が悪魔に聞く。
「契約したら、やっぱり魂を取られるの?」
「3つのお願いをすべて叶えれば、魂を頂きます。嫌ですよね。魂を取られちゃうなんて。こんな契約、やっぱり無理なんだよ……」
悪魔が俯いたまま答えた。真美が続けて聞く。
「それじゃあ、契約だけして何もお願いしなければ大丈夫ってこと?」
悪魔が再び顔を上げた。
「も、もしかして、契約を考えてくれてます?」
「う、うん。あまりにも不憫に思えてきたんで。私に何も害がなければ、契約だけならしてもいいよ」
悪魔が驚いた顔で立ち上がった。
「ほ、ホントですか?!」
「うん。害がなければ、だよ」
「大丈夫です! 3つ目のお願いを叶えなければ、真美さんに何ら実害はありません!」
悪魔が勉強机の椅子に座る真美のところまで歩いて来て、両手で真美の手を取った。ちょっとドキッとしてしまう。
悪魔が喜びのあまり声を震わせながら真美に説明する。
「そ、それでは、小生の掌に、真美さんの掌を合わせてください。これで契約締結、悪魔との契りを結ぶことになります」
真美が悪魔の掌に自分の掌を合わせた。一瞬手の周りが輝いたが、すぐに元に戻った。
「や、やった……やったあ!!」
悪魔が大声を上げ、飛び上がって喜んだ。真美が心配になって悪魔にお願いする。
「わ、悪いけど、深夜なんで静かにしてもらえない?」
「大丈夫です。今の小生の声は真美さんにしか聞こえませんし、床に振動は与えていません」
「この日をどれだけ待ちわびたか……あなたは小生の救世主なのです! ありがとうございます!!」
悪魔が黒いハンカチを取り出して涙を拭きながら笑顔で言った。
悪魔が救世主なんて言うんだと真美は思ったが、口には出さなかった。
真美はニッコリ笑い、悪魔に優しく話しかける。
「それじゃ、そろそろ悪魔の世界に帰る感じかな。もう会うことはないと思うけど、元気でね」
それを聞いた悪魔がキョトンとした顔で言う。
「あの、契約したんでずっと真美さんのそばにいることになるんですが……」
「え? 聞いてないんだけど……」
「はい、真美さんの実害にはなりませんので、言ってません……あれ?」
真美の引きつった顔を見た悪魔が、不思議そうな顔をした。