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アドルフの指輪  作者: スダ ミツル
5/5

アドルフの指輪4

ダルシアンと出会ったのは

二十二歳の時。

医師の資格を取り、けれど僕は医者にはならず、医療用AIなどを作る会社に就職した。試しに受けたら採用されたから。

同い年のダルシアンは、そこに二年先に就職していた。

濃い色の短い髪

眉がキリッとした、精悍な顔立ち

長身でやや猫背の彼は

IQが高いと評判だった。

でも、ルックスは良いけど

無口でよくわからない人だな、というのが第一印象だった。

けれど。

誰もが頭を悩まし、放り出す問題を

さっさと解決した。

糸口をつかむのが素早いと、遠巻きに尊敬する人が多かった。

話しかける人もいたけれど

ダルシアン本人は、人と会話する間も惜しんで研究に没頭している。

それに、いつも暗~い雰囲気を漂わせている。

でも

僕はそんなことは気にしない。

彼と組めば、必ずすごい経験ができると確信していた。

少々人づきあいが悪くて陰気な人でも、構わない。

すごいイケメンだし!





僕は、にぎわっている社員食堂を歩き、彼を探す。

いた!彼だ!

今日も一人で、昼飯食べてる!

僕は断りもせず、彼の隣の席に座る。

そして、彼の顔を覗き込む。

うわあ、イケメンだなあ!

やっぱりこの顔すごく好きだなあ!

と思いながらも、警戒している彼に言う。


「ダルシアン、君と研究がしたい!」


彼は怪訝そうな顔をする。その表情も好き!

僕は微笑む。

「君、ダルシアンだよね?」

僕は、彼のシャツの胸ポケットに入れてあるカードを、勝手に引っ張り出して見る。

ダルシアン・リク

「やめてくれ。」

スッと取り返された。

僕は自分のカードを取り出し、彼に見せ、

「僕はルイス。今年入社した。君と同い年!よろしく!」

と、片手を差し出す。

彼は握手せず、トレーを持って席を立った。

「あれ?まだ残ってるじゃない。」

ダルシアンは、食器を下げて、食堂から出て行った。

嫌がられちゃった。

まあ、彼は大抵の人に不愛想らしいから。

才能があって、人から期待されるのは疲れるだろうし、うんざりもするだろう。




次の日も、

僕は食堂へ行き、ダルシアンを探し、

「やほ!」

彼の肩を叩いて隣に座った。

にっこりして話しかけようとしたら、

彼はトレーを持って、席を立った。

「ダルシアン、逃げるなよ。

少しくらい会話してくれたっていいじゃない!」

彼は両隣が埋まっているカウンター席に移動した……。

少しして彼の隣が空いたから、すかさず座ろうとしたら、ダルシアンも席を立って、食器を下げて食堂から出て行った。




次の日、僕は、ダルシアンの所属部署へ行った。

彼のデスクの席に座って、彼が昼飯から帰ってくるのを待ち伏せした。

割とすぐに、彼は戻ってきた。

僕は背もたれに寄り掛かり、足を組んでにっこり微笑む。

「早いね。もう食べてきたの?」

彼は、眉根を寄せてため息をつく。

「つきまとわないでくれ!」

僕はうれしくなる。

「やっとはっきりした声が聞けた!」

良い声だ! 

「悪いけど、忙しいんだ。早く仕事を片付けたいんだ。」

僕は机の上の画面を横目で見る。さっき僕が開いておいた。天才のくせにセキュリティ甘かった。

「ごめんね。勝手に開いて。君の予定が知りたくって。

仕事ってこれ?この表のとおりに薬品入れてけばいいの?

白衣借りるよ!」

背もたれにひっかけてある白衣を着て、

作業スペースへ行って、手際よく作業した。

彼は黙ってみていた。

僕は作業を終え、彼に尋ねる。

「これで全部?」

ダルシアンに席を返す。

彼はチェックして、驚いた表情をする。

僕を見上げ、

「君はどこの」

「ルイス。僕の名前はルイス。覚えて!」

「……ルイスはどこの部署希望なんだ?」

僕は希望を言う。

「もちろんここだよ!君がよければ、君の隣がいい。君と一緒に研究がしたい!」

と、にっこりする。それから、

「今日からでもここで働きたいな。

研修ってすごい退屈で。君の仕事手伝うほうが断然面白そうだからさ!

午後は?何するの?」

彼の座っている椅子の背もたれに肘を載せて、彼の顔を横から覗き込んだ。

間近で見る、ダルシアンの精悍な顔。

ああ、いいな。この角度。セクシーで、見・と・れ・る……。

「あんまり近づかないで!」

横目でにらまれた。

彼は根がやさしいから、かわいい威嚇だ。

「はは!怖い怖い!」

ダルシアンは画面の時計を見る。

昼休みが終わった。

「研修に戻る時間だ。」

と言われたけど、

「見学も研修のうちだよ!」

と、僕はにっこりして前髪を払う。(作業中は自前のヘアクリップで止めてた。)


僕は午後、ダルシアンの部署にいた。

彼の先輩研究者に、いろいろ質問したりして過ごした。

彼女はにこにこして楽しそうに僕の質問に答えてくれた。

僕ってかわいいから!



夜。

僕は研究室をのぞく。

みんな退勤したのに、ダルシアンだけ残ってる。

「あれ、君はまだ帰らないの?」

「……。」

彼の仕事用のパソコンには、退勤後の予定は書かれていなかった。

彼は黙々と実験をしている。

「それって、君の従妹のための研究?」

ダルシアンはぽつりと返事する。

「……そう……。」


噂で聞いたことあるし、さっきダルシアンの先輩にたずねて確かめた。


ダルシアンは、

コールドスリープしている、

従妹で恋人の少女を治療する方法を、

探している……。


ダルシアンの叔父、つまり、少女の父親がこの会社の社長だから、特別に機材を使えるんだろう。


「僕も手伝うよ。指示して。」

ダルシアンは隣の画面を見る。

「どれを先にやるべきか。」

「全部試せばいいじゃない。」


僕は、それらを同時進行でこなした。

実験ってのは、待ち時間がある。

手順を工夫すれば、いくつも同時にこなせる。料理みたいに。僕は料理しないけど。

作業が終わると僕は詫びた。

「ごめん、なれない道具と機械だから手間取って……。」

黙って眺めていたダルシアンは、

「ルイスは大学、何専行だったんだ?」

と、聞いてきた。

「医学部で内科医の資格を取ったんだ。本当は、君みたいに病気の研究をしたかったから、大学入りなおそうかと思ってたけど、この会社を受けてみたら、入れたんだ。ラッキーだよ!」

彼は驚く。

「それじゃ、こういう研究は、」

「初めてだよ。もちろん下調べはしてきたけどね。」

僕は、可愛く笑って見せる。

「……。」

「実験って楽しいね!」




次の日。

研修の担当講師から、僕の部署が決まったと伝えられた。

もちろん、配属場所は……


僕は足取り軽く、意気揚々とダルシアンのところへ行く。

いた!

「ダルシアン、よろしく!」

と、僕は片手を差し出した。

彼は

「こちらこそよろしく。一緒に頑張ろう。」

と、笑顔で握手してくれた。


見とれるくらい……

良い笑顔……!

ダルシアンって、こんな笑顔なんだ……!

かわいい!最高だ!


僕は、うれしくて笑った。

「はは!やっと君の笑顔が見れた!」

それから、

「ふふ!ようやく僕の魅力に気づいたわけか!」

顎をあげ、色っぽく微笑み、ポーズして、流し目で彼を見る。

彼はびっくりして手を放した。 

「!?」

「あはは!冗談だって!」

と、片手で彼の肩をゆする。

「ちょ、やめて!」

腕で払いのけられる。


有名人の彼は、

過去に何かあったのか、

気軽に近寄ってくる人間が、怖いと思っているらしい。

それに、どうやら、

僕みたいな人間から好意を寄せられるのも苦手らしい……。たぶんストレートだ。


「ああ、ごめん!」

僕は彼の肩から手を放してひらひらと振る。


彼女一筋で、ひきこもり。

僕はそれでもかまわない。

彼と、彼の才能に惚れているから。


彼となら、

必ず、

アドルフの病を治す方法が見つかる……!


僕のキラキラの眼差しから目を背け、

ダルシアンはため息をついた。

「はあ……。ルイス、今日の分の仕事だ。」

表を手渡された。


第一日目、僕は張り切って仕事をこなした。

もちろん、余裕で時間内に終わらせた。

余った時間に、ダルシアンの従妹、ファブリアーナさんを治す研究をした。




僕はステファンちにやって来た。

「ステファン!ステファン!」

「おい!いちいち飛び付いて来るな!」

「あのね、仕事がすっごく楽しいんだよ!」

「ああそう。良かったな。」

「ダルシアンがかわいくてカッコよくて、もう最高!彼は僕の美貌と器用さに、メロメロなんだよ!」

「ちっともなびかないって、この前は聞いたけど。」

「ちょっと実力見せたら、ぜひ俺と組んでくれ!ってひざまずかれてさ!僕とダルシアンって、相性良いと思うんだよね!最高のパートナーになれると思うんだ!」

「はいはい。」

「奥手の彼をどう攻めるかって考えだすと、もう、夜も眠れないよ!」

「ちゃんと休んで仕事しろ。」

「あのねあのね、昨日気付いたんだけどさ、ダルシアン、腕のこの辺にほくろがあるの!良いよねえ!萌えるよねえ、ほくろって!アドルフもかわいいとこにあったよね!僕はさあ、良くも悪くもシミ一つないから、羨ましいんだよね!あ、リョーヤさんもあるでしょ!ほくろ!ねえ、どこにあるか教えてよ!」

「ゼッテー教えねえ!」

「あはは!言うと思ったよ!じゃあねえ、当ててみせようか。」

ステファンの後ろに回り、

「背中のこの辺、」

と、当てずっぽうに突付くと、背後から肩を叩かれた。

「ルイス。俺は背中にほくろなんかないぜ。」

いつもより声が低いし、耳に近い……。ちょっとゾクッとする。

「あ、リョーヤさん!」

彼は口元を上げているけど、こちらをじっと見ている目が怖い……。

「はは、そうですか。残念!」

僕を見つめたまま、彼は言う。

「そんなに俺の身体が気になる?」

「いや……はは、すみません。」

僕は謎の圧にたじろいで目をそらす。

「……。」

リョーヤさんは、まだ僕をじっと見ている。

何か怒らせてしまったらしい。

ひとまず謝ろうとしたら、

「気にしてないから。くつろいでって。」

と、彼は微笑んで自分の部屋に戻って行った。

ちょっとほっとする。

「あはは、やっぱり僕、嫌われてるなー……。」

なんか知らないけど、地雷踏んだ感ある……。

「別に嫌ってるわけじゃねえよ。」

と、ステファンは微笑んで、リビングへ招いてくれた。



ステファンが俺の部屋にやって来て言う。

「謝っといてって、ルイスが言ってたぜ。」

「……。」

「あいつはお前の背中の事なんて知らないんだ。許してやってほしい。」

「……そうだろうな。」


俺は……

トラウマを克服した気になっていたけど、まだダメみたいだ……。全然ダメだ……。

もし、ルイスに知られたら、見られたらと思うと……

炎で背中を焼いてしまいたくなる……。

絵を背負っている苦痛と嘆きに、叫びたくなる。

この先も、ずっとこのままだろう……。

皮膚を取り替えない限り、呪いは消えないだろう……。

いや……、刻まれた呪いは消えても、親殺しの罪は、永久に消えない……。

毒を盛ったこの手を切り落としても、無くならない……。


そういう辛さごと俺を愛してくれてるステファンに、しがみつきたくなる。

「背中に触って、俺を愛して!」

って言いたくなる。

ステファンは、優しく抱いてくれるだろう。

絵に触れられて泣く俺を、哀れんでくれるだろう。

でも……それじゃ、ステファンを利用する事になる。


前に、聞いた事がある。

「俺と同じ目にあったら、ステファンならどうした?」

彼は、

「殺さなきゃ逃げらんねえなら、俺もやってた。」

と、答えた……。


その時は、スゲー嬉しかった。

共犯者を得られて、孤独じゃなくなって、

幸せだった。


だけど……

ステファンを共犯者に引きずり込んじゃダメなんだ……。

自分を哀れむたびに、抱いてほしいと縋って

利用してたらいけないんだ……。

そうして共感を得て安心したって、無駄にステファンを汚して傷つけるだけ……。


愛する人に罪を押し付けるほど、俺は人でなしじゃない……。


ステファンは、俺がそう思って突き放そうとすると、引き止める……。


「リョーヤ。一人で苦しむな。」

「……ステファン……」

優しく背中を抱えてくれる……。


俺を燃やす炎は……

ステファンにも燃え移る……。

二人で……

罪人を炙る炎に……

焼かれる……。





僕とダルシアンは、

半年後には、どのチームよりも速いペースで研究が進むようになった。


次々と成果が上がり、どの内容も製品化できるようになっていった。


最初のころ、僕はよくダルシアンに質問した。

「なんで今はこっちを進めてるのに、これのデータがいるの?」

「足りないものはそれだと思うからだ。」

「へえ?」


僕は、わからないなりにも、ちゃんと仕事をした。

こなしているうちに、だんだんわかってくる。


「ああ!だからあの時あの作業が必要だったわけか!」

単純なことは言われなくてもできるようになっていった。


そのうち、

ダルシアンに作業工程を考えてもらわなくても、方法を考えられるようになった。


ダルシアンは、使える時間が各段に増えたと話した。

彼、不器用で実験には向いてないから、発明に頭をひねるのに時間を使った方がいい。


彼は、あらゆる資料や論文を読み、

問題点について考え、

仮説を立て、

僕に指示する。


この数値が出るようにしてほしいと、結構丸投げされる。

突破できれば、また次の……。


僕ら二人の研究は、

ぐんぐんと樹木の枝が四方八方に伸びて成長するように、

進んでいく。


この調子なら、遠からず、ファブリアーナさんを治療する手掛かりをつかめる……。

そして、その先には、アドルフの治療法が……。


「やったことを全部報告してほしい。

できたかできないかじゃなく、内容が知りたい。」


それは、ダルシアンからはじめに言われたこと。

僕は、作業内容を書いて報告する。

細かいことも、役に立つときがあるからと、彼は隅々まで読んで、頭に入れてるらしい。


実験がうまくいかないこともある。

僕には考え付かない障害があるってこと。

ダルシアンは、スムーズになるよう考え直す。

僕も時々意見を出す。


そうして出来上がったプロトタイプと、作業工程の資料を上司に提出し、チェックが通れば、その研究はいったん終わりになる。

ほかの作業員が、資料通りに作ってみて、ちゃんとできれば、実際の工場で試料が作られ、特許になる技術があれば申請され、審査を経て商品になる。

医療機器や、治療システムができ、それらによって、人を治療し、命が救われる……。


ダルシアンは言う。

「俺たちが何とかして編み出さない限り、

人の助けになる物は、何もでき上らない。

何も、人に届かない。」


ファブリアーナさんを助けるという、長期的な目標はダルシアンに任せて、

僕は、その過程で発見した細かな事象を論文にしたり、

特許をもぎ取ったり、

使えるものを製品開発部へ届けたりする役目をしている。

ダルシアンの発明は、多岐にわたっていて、

かなり忙しいけど、

すごく楽しい!

向いてる仕事をするのは、ほんと気持ちがいい!

ダルシアンは最高にカッコいいし!





ある日、飲み会で、

「ルイス君、この子だよ。」

と、上司が僕に写真を見せてくれた。

ダルシアンと、ファブリアーナさん。

十四歳くらいのときらしい。

まじめな優等生に見えるダルシアン。

学制服姿だ!かわいい!今より髪が長い!彼、癖毛なんだ!

ファブリアーナさんは、その隣で得意げにほほ笑んでいる。

彼女も制服を着ている。まっすぐの長い髪。

明るくて、賢そう。

ダルシアンの従妹、ファブリアーナさんは、僕らの勤めている会社の社長令嬢。

彼女は、脳の病で十六歳の時からコールドスリープしている……。


「かわいい子ですね。」


この子がファブリアーナさん……。

……ダルシアンが全力で治そうとしている……

……彼の、最愛の人……。

そっかあ……。こういう子なんだ……。

あー、勝てそうにないな……。


「ありがとうございます。」

手帳を上司にお返しする。

……酒を自分のグラスに注ごうとしたら、隣に座っている同僚に止められた。

「ルイス!お前はそれ以上飲むんじゃねえ!」

「え?」

「え?じゃねーよ!泣き上戸の上に、キス魔だろうが!」

僕は笑う。

「ひどい言いがかりだな!」

確かに前回も記憶飛んでるけど……。

「はは!僕は、そんな可愛げのある酔い方する人間じゃ、あれ?」

酒がみな遠くへ移動している。



ダルシアンは、飲み会になんか来ない。

研究一筋の、暗いやつ……。


けど、十四歳の彼は、幸せそうな明るい目をしていた。


ファブリアーナさんが眠ってしまって、

彼の中でも何かが暗く、眠ってしまったのだ……。


……彼と僕は、共鳴するところがある。


愛する人との離別の悲しみと、孤独を知っている……。


ここから彼が、目的地へどう走っていくのか、僕は見届けたい……。

僕の婚約者は……アドルフは……

当時、ちょうどコールドスリープの運用が始まって、話題になっていたけど、

二十六歳までという年齢制限をとっくに過ぎていたから、

遠い世界の話だった。


でも、

ダルシアンは違う……

ファブリアーナさんは、間に合ったし、適応年齢だった。


彼は、

いつか必ず、ファブリアーナさんと再会できる。

僕はそう確信してる。


もし、もしも……

アドルフがコールドスリープできていたら……

そして、僕がアドルフの病を研究して、治せたら……。

今まで、何度も思ったことがある……。

考えても悲しくなるだけだけど……。


だから……

僕がかなえられなかった夢に向かうダルシアンが、羨ましくも、嬉しく思う。

彼の底力に、

僕は慰められているし、

協力したくなる。



仕事を始めようと、パソコンに向かったダルシアンに、僕は言う。

「君の眠り姫の写真、上司に見せてもらったよ。」

「……。」

ダルシアンは、暗い目でこちらを見る。

僕は微笑んで言う。

「美少女だね!

……僕はさ、応援してるから。がんばって!」

少し猫背の彼は、画面を見ながら言う。

「……俺が頑張ったら、その分ルイスも大変なんだけどな。」

「はは!そうだね!鍛えられていい!」

「……。」

彼は、僕の端末を指さす。

「読んどいて。」

指示書きを送ったらしい。

「ああ、今読むよ!」


彼の計画は、いつも新鮮さがある。


実験は、発見と、驚きに満ちている。


僕は毎日、楽しくて退屈しない。





俺は心配になって聞く。

「ルイス。ダルシアン博士に迫って嫌われたり、仮眠の寝込みを襲って解雇されたりしてねえか?」

「してないよ!ひどいなステファン!人を色恋と下半身ばっかりで生きてるみたいに言わないでよ!」

「違うのか?」

「失礼だな!……ダルシアンはさ、最高にカッコイイし、すごくいいやつで、すっごく好みだけど、恋愛は無理なんだ……。

仮眠してる彼に、キスしたいとか、肩と背中と腕以外も触りたいとか、いろいろ思うけど、そんなことしたら、もう、友達未満関係も、仕事関係も、壊れるよ……。

あの笑顔が見れなくなる……。

信頼できる仕事のパートナーの、僕だけに見せてくれてる笑顔なんだ。

だから、僕はダルシアンの恩人であり続けたいんだ……。」

「けなげだな。応援してるぜ。」

「でしょ!そう思うんならキスして!」

かがみこんで、キスしてやる。


……離れると、

ルイスは悲しげな表情で、眼に涙がたまっていた……。

「でも……僕はいつか、いらない人間になるんだ……。」

涙が零れ落ちる。


「え?」

いらない人間……?

「僕の技術は、いつか機械にとってかわられる……。

器用に実験をこなすしか、取り柄のない人間は、

必要なくなる時代が来る……。


そしたら僕は……


どうしようかな……。」


ルイス……

そんなこと考えてたのか……。

いつかダルシアン博士に捨てられるって……。


「ダルシアンには発明力があるし、

ステファンには、大勢のファンがいる。

でも僕は……

ただ器用なだけで……

そのうち有用じゃなくなる……。」

「ルイス……。そんな悲観する必要ないぜ。」

彼は口元を上げる。

「そうだね……。ダルシアンのおかげで輝けてる今を、精いっぱい楽しむよ。」


俺は、泣いてるルイスの髪をなでる。


「ほんとお前って……

難儀な奴だな……。」


彼を抱きしめた……。


「……でも時々、うっかり間違えてダルシアンの白衣を着たり、うっかり間違えてダルシアンの飲みかけのコーヒー飲んだり、うっかり彼の帰り道ついて行っちゃったりはしてる。」

「……ストーカー行為だそれ……。」





ある日の夕食後、ステファンが言った。

「リョーヤ。

ルイスの就職祝いをするんだけど、リョーヤはうちにいる?」

「いや、俺も行くよ。」

ルイスは医学部卒業したから医者になるのかと思ったら、エンジニアになった。


当日。

店の駐車場に車を止めると、店の前にルイスがいた。

「ステファン!リョーヤさん!」

今日もテンション高え。俺は注意する。

「ルイス。大声で呼ぶのよせ。」

ステファンが身バレする。彼はすまなそうに、

「あ、ごめん。」

ステファンは俺の肩に手を置く。それからルイスに、

「元気そうだな。」

と、微笑む。

「うん。今日は徹夜明けじゃないよ!二人がおごってくれるんだよね?たのしみ!」

店に入り、個室に案内され、席に着くと、うまそうな料理が運ばれてきた。

酒を注いで、ステファンが言う。

「ルイス。就職おめでとう!」

「ありがとう!これからがまた大変だけど!」

「きっとすぐ見つかるさ。」

ダルシアン博士の、従妹の治療法がだ。

「だといいな。」

研究職って、俺には縁遠い職業だから、話を聞いてておもしれえ。

ダルシアン博士ってのは、マジで天才らしいし。

「ダルシアンもおいでよって誘ったんだけどさ、

来る気はあったみたいなんだけど、何かひらめいたみたいで、来れないって。

食べたら僕も行かなきゃ。」

ステファンが笑う。

「相変わらずだな。そのうちお会いしたいけどな。」

ダルシアン博士は人付き合い悪いらしい。

「うちのルイスがお世話になっておりますって言う気だ!」

「言わねーよ。」

「こいつ役に立ってますかって!」

「お前は器用だから、仕事のほうは心配してねえ。」

「ふふ!ありがとう!ちゃんと実績を見てくれてるんだ!」

入社二ヶ月で、すでに二人で作った製品が世に出てるらしい。

「僕もステファンの出てるドラマ、ちゃんと見てるよ!

食事の時は、さすがに休めるから。」


ステファンが用足しに席を立った。

酒の入ってるルイスが、嬉しそうにニコニコしながら、俺のほうに乗り出してくる。

「リョーヤさん、リョーヤさんとお酒飲むの、二度目ですね!」

ステファンから、初めてルイスを紹介された時以来だ。

「前から気になってたんですけど、一つ聞いてもいいですか?

ステファンに何度聞いても教えてくれなくって。」

個室だから必要ねーのに、これだけ近づいてきて、小声で言うってことは。

「リョーヤさんのほうが、ネコですよね?」

「……。」

俺は酒を一口飲む。

ルイスは含み笑いしながら言う。

「リョーヤさんって〜、割と小柄ですけど、ステファンは長身でー、細く見える割に、体格いいじゃないですか〜。

受け入れるの、つらいですよね?」

小柄って。背は百七十五だから、ルイスとほとんど変わんねえんだけど。

酒臭いルイスは、目をキラキラさせて、さらに顔を近づけてくる。

「ステファンとのエッチって〜、どんな感じですか?」

俺は笑顔を作って、ルイスの眼を見る。

「知りたい?」

興奮してルイスが高揚する。

「教えてください!」


耳元で、小声で言ってやる。


「ステファンとのセックスはな……、

痛えけど、

めちゃくちゃ優しくて……、

スゲー気持ちいいんだぜ……。」


ルイスが嬉しそうに顔を赤くして、テーブルに突っ伏す。

「いーなー!!僕もされたい!!」

楽しそうに悶えてる。


俺は心の中で毒づく。

……無邪気すぎて人の気持ちを考えねえ悪い子は、ステファンに雷落とされろ!


ルイスは両腕に突っ伏して、幸せそうに震えてる。

小さく喘いでいる。

「……あっ……あっ……!ステファンっ!」


あ―かわいーなー。

憎たらしーなー。

耳まで綺麗に染まってるよ。


ルイスのキラキラの髪をつまんでいじっていると、ステファンが戻ってきた。

「ルイス?また酒を飲みすぎたのか!?よせって言ったのに!」

ルイスは赤い顔をあげて、

「ステファン、トイレってどっち?」

「出て右奥。」

「あ、俺がついてくよ。」

と、俺も席を立つ。

「……悪い。」




「ステファンとのセックスはな……、

痛えけど、

めちゃくちゃ優しくて……、

スゲー気持ちいいんだぜ……。」


リョーヤさんが、耳元で教えてくれた。

彼の口調が、僕の妄想を掻き立てる……。


ステファンが間近で言う。

「ルイス……。

今日のお前は、なんだかかわいく見えるぜ。」

頬をなでられる。

「え!ステファン、どうしたの⁉」

楽しそうに笑っている。

「キスさせろ。」

キスされる……。

「んン……。」

いつもよりノリがいい……。

「ルイス……。」

ステファンが甘く微笑んで、僕の服の中に手を入れてくる。

「あ、ステファン……!?」

ステファンが僕に興味持ってくれてる……!?

驚いていると、

「ルイス……。させてほしい……。」

「ええ!」


ステファンの熱い息。

耳を食まれる。

情熱的なまなざしに、

僕は一気に気分が高まる。


「うれしい!」


僕は……


ステファンに……


抱かれる……



「は、あ、ああ……!」


突然、ドアを叩く音がして、ビクッとする。

外のドアが開く音がする。

「ルイス!外まで声が漏れてるぜ!」

すぐまたドアが閉まる。

リョーヤさんだ。

そうだった。ここは店のトイレの中……。

さすがにリョーヤさんに悪いなと思うけど、

彼が耳元でささやいた言葉を思い出すと、

ゾクゾクするし、

キュンキュンが止まらなくなる……。


妄想のステファンが言う。

「ルイス?良くないのか?」


やさしくなでられる。


「ああ……!良いよ……!

……!……!」


…………


ぐったりして、数分放心してた……。


……。


本物のステファンは……、

絶対こんなことしてくれないんだよね……。

寂しいことに……。


僕がどれほど夢見ても……

ステファンは、僕じゃダメなんだ……。


「ほんとリョーヤさんがうらやましい……!」


でも、それがステファンの良さでもあるんだけど……。

恋人になってくれない代わりに、一生、親しい友達でいてくれるだろう……。


リョーヤさんが外のドアを開ける。

「おい、ルイス!そろそろ他の客が来るぞ!」




ルイスがトイレん中でエロいことしてる間、

俺は人が入らねえよう、外で見張ってた。


うっとりした表情で出てきたルイスは、

「ほんとリョーヤさんがうらやましい!」

俺の腕に抱き着いて、しなだれかかってくる。

「すみませんでした。でも、止められなくって……。はあ……。うふふ。」


酔っ払いが。

どんだけ都合のいい妄想したんだ。

ルイスって、会うたび殺意が沸くんだよな。

どうやって殺すか、百通りは思いつくな。


ただのデリカシーのねえバカに見えるけど、

コイツなりに、俺に八つ当たりしてるんだろう。

どんだけステファンが好きでも、ステファンに選ばれてるのは俺だ!

いい加減負けを認めて去れ!

って言いてえ……。


部屋に戻ると、ステファンが心配そうに、

「大丈夫か?吐いた?」

「大丈夫だよ!あはは!」


ルイスは、俺が吹き込んでからずっと笑ってる。

「今日のルイスは、笑い上戸だな……。」

「うふふふ!ステファン〜!」

ステファンに引っ付いては、

「しつこい!ウザい!」

と、叱られて肘であしらわれている。


もっとしつこくして嫌われろ。


色っぽい笑顔で、ルイスがねだる。

「ステファン〜!家まで送って!」


店を出て、ステファンの運転で、ルイスのマンションへ向かう。

マンションにつき、ステファンはルイスを担いで車を降りる。

ルイスはくすくす笑って、ステファンに抱き着いている。

「ステファン!僕にも優しくして!」

「十分優しくしてるだろうが。鍵開けろ。」

部屋へ入り、ルイスをベッドへ連れていく。

ルイスを座らせ、靴を脱がせてやり、

「あとは自分で着替えろ。」

「やだ!脱がせて!」

「ちゃんとダルシアン博士に連絡しろよ。行けなくなったって。」

「僕の勤務時間は九時から二十時だよ!ステファン、泊まってって!」

「元気そうだな、じゃあまたな。」

ルイスは立ち上がり、

ステファンの首にしがみついて、

ベッドに引き倒して、

キスする。

「ちょ!やめろ!」


ルイスがステファンの腹に乗り上げ、色っぽい声で、甘ったるく言う。

「ステファン~。僕にも、痛くて気持ちいいことを、やさしくして……!

リョーヤさんにするみたいに!

寂しい僕と、エッチしてよ〜!

お願い!お願い!」


「!?」

ステファンが俺を見る。


「あっはっは!」

やっと気づいた!

鈍いっつーか、懲りねえっつーか。


見る間にステファンの顔が赤くなる。

「それで今日のコイツはこんななのか……!」

と、ルイスの顔面を片手でつかんで、足を引っかけてルイスをひっくり返し、マットレスに押し付けた。今度はステファンが上だ。

「やめて!鼻がつぶれる!」

と、じたばたするルイス。

ステファンは深くため息をついて、

「はああ……。あのな、ルイス。

……俺のほうが……ネコだ。」

「ええ!?」

ルイスが驚いて、手を引きはがす。

「だって、ステファン、キスは能動的じゃん!」


「キスは俺からのほうがいいんだよ。だけど、途中から……」

ステファンがますます顔を赤らめて、横を向く。


「そんな……!え、演技だよね!?演技って言って!」

と、ルイスがステファンの肩をつかんでを揺さぶる。


ステファンが怒鳴る。

「バカヤロウ!こんなこと、二度ときくんじゃねえ!!」


ルイスはビクッとする。

「そんな……!」

ショックを受けてへたり込んでいる。


「あっはっはは!」

ざまーみろ!

あー楽しい!



帰りの車で、信号待ちの時に、酔いがさめてきた。

俺は謝る。

「ステファン、ごめん。」

結局、俺の方が八つ当たりしたわけで。


「いや。……俺のほうこそ、ごめん……。」


俺はふっと笑う。

は……。ルイスの保護者か。

その一言で、俺がどんだけ傷ついて血が流れるか、ステファンはまだ気づかねえのか……。


「……ステファンが謝ることなんか、何も」


「俺が、アドルフを忘れられないって知ってて、リョーヤはそばにいてくれてる。」


「……。」

ああ……そうか。

そのことか……。

そう、確かに、それも含めて、思い通りにならねえのが嫌で、ルイスをあおった……。


俺はうなずく。

「じゃあ、受け取っとく。」


彼は何か言いかけてから、

「……ありがとう。俺といてくれて。」


前に、

『謝罪を受け取ったのに、重ねて謝るのは自己満足だ。』

って指摘したから、学んだらしい。

誰だって、謝罪を押し付けられるより、感謝がほしいだろ。


ひとまず和解した俺たちは……

片手を重ねる……。


俺だけを見て。

俺のことだけ考えて。

なんて、人間無理なんだってわかってる……。

わかってる。けど……。なんだよ……。

また、相手がルイスもってのが……。

……。

「……ふふ。」

俺は思い出し笑いする。

ルイス、エロかったな!

あの悪意のねえ目と声がまた、かわいいかわいい!憎たらしい!今も妄想してんだろうな。

ああ、締め殺したい……。


「……ステファン、ルイスとそい寝してて、よく襲われずに済んでるよな!」

「……あいつはあれで怖がりだからな。

信頼無くすようなことはしねーよ。」


いや、ステファンが気づいてねえだけで、ぜってー、寝てる間に見られて触られて遊ばれてるって。


「一回ぐらい、ご褒美あげたら?」

返事はわかってる。

「何度も言うけど、俺はルイスとは嫌なんだよ。」


……たぶんステファンは、ルイスとセックスしたら、アドルフさんの信頼を裏切るとでも思ってんだ。

それならそれで、俺は都合がいい。


「そう?じゃあ俺は安心してていいわけ?」


ステファンの無意識が、ルイスをどう思ってんのか、俺にはわからねえけど……。

可能性のドアがどうとかってのも、惚れてるうちに入んのか……。

そこを考えだすと、ハゲそうだからやめておく。


「ああ、俺はリョーヤが……」

微笑んでキスしようとして、

やめる。

信号が変わった。

それに、どこからカメラが見てるか、わからねーから。



俺は、風呂から出て、髪を乾かす。

浴衣を着ていると、廊下からステファンがやってきた。

「すぐ行くよ。」

帯を結んでいると、

ステファンが近づいてきて、

片手であごを上げられる。


キスされた……。


もう一度……、


もう一度……。


首をなでられる……。

帯が緩む。


「あ……」


もう一度……。


押されて背中が壁につく。

「……はあ……ステファン……」


彼は、つばを飲み込んでから言う。

「きっとルイスは、次会った時、本当の事を教えてって言うだろうな。」

「はは!そうだろうな。教えてやったら?」

「いいのか?」

「いくら言葉で伝えようが、妄想しようが、盗撮しようが、

リアルなことは、俺たちしか知らねえんだ。」

「……よくそれで小説家やってるな。」

「言葉がほしい人は大勢いるのさ。さっきのルイスみてえに。

そういうやつらには、聞きたい言葉を言ってやりゃあいいんだ。

もちろん、それだけじゃないぜ。

俺だって誰かを救いたいと思ってる。

そのための言葉だ。」


でも、救う言葉だけじゃ、話が進まねえんだけど。


ステファンは愛しそうに微笑んで、

俺の髪と首をなでる。

「俺は十分救われてる。リョーヤ。」


俺も微笑む。

「ステファン。」

そう思っててくれなくちゃ。


俺たちは……

抱き合ってキスする……。


……片袖を脱がされ……

肩にキスされる……。


首に、胸に、

ステファンの息と体温が、

まぶされる。


背中を、腰を、

力強い手で、

やさしくなでられる……。


ステファンは……

夢中になってるときも……

やさしい……。


ステファン……

やさしいほうがエロいって、わかってる……?


いや、

彼はそういう毛色の人間なんだ……。


俺がタチの時は、

スゲー恥ずかしがってかわいいし……


俺が骨を噛むのは、

彼が、跡を恥ずかしがるのが楽しいから……。


そういうやつだから、

俺はステファンが……

たまらなく……



俺は、

壁の高いところに両手をついている。

ステファンが

背後から被さってくる。


「……あ……!」

両腕をつっぱり、

爪を立てて壁をひっかく……。


ステファンの熱で

何度も足腰が砕けそうになるのを、

必死に踏ん張って耐える……。

「は……っは……っ」


汗が滲んで、浴衣が湿る。

ステファンの熱い片手が、俺の肋骨を掴む。


苦しい。最高。死んでも良い……!


「……リョーヤ……」

優しく……

愛でられ、

揺すられる……。

「んっ……ステファン……!」


燃えて、

溶けて、

一つに混じって……


果てる……



…………


…………

俺は、

ステファンの……

膝の上で目覚める……。





旅行中。

オリエンタルなベッドに寝そべってるルイスが言う。

「それで?ステファンはどっちなの?」

「何が?」

笑いながら、

「しらばっくれないでよ。ステファンはタチでしょ?」

俺はため息をつく。

「……ルイスといるとき……

アドルフがどうだったか知らねえけど、

俺といるときは……

七割くらい、ネコだった……。」


ルイスは遠い目をする。

「……ああ……そう……。

……僕といるとき……

……アドルフは……」

「言わなくていい。」


「……そうだね……。

今気づいたよ……。

ステファン、教えてくれてありがとう。」

と、ルイスはすまなそうに微笑む。

「はあ……やっと一個大人になったな。」


やれやれ、

そういう話は大事にしまっておきたいものだって、

ようやく気付いたか……。


「ステファンは演技じゃなかったし、

リョーヤさんも本当のこと言ってたんだ……!」

と、目をつぶってうっとりしてる……。


俺はがっかりしてため息をつく。

「はあ……。お前な、もう少しデリカシーを身につけろよ……。」

ルイスはにっこり笑って言う。


「ステファン、アドルフって、最っ高だったよね!」


「……。」

ルイスの胸元に、指輪が光っている。

俺は、自分の小指の指輪に触れる。


「……ああ。もちろん、最高だったさ……。」


本当に……。

涙がにじんでくる……。


ルイスは自分の指輪に触れて言う。

「ふふ。アドルフ!

僕はいつか、アドルフの病気の治療法を開発するよ!

ダルシアンと一緒に!」


「二人なら、きっとできるだろうな。応援してるぜ!」

「ありがとう!」

ルイスは、

笑顔で俺に、両腕を広げる。

俺も微笑んでかがみこみ、

ルイスにキスした……。


アドルフの病がなくなる事を、祈ってる……。


「ネコのステファンも〜、可愛くって良いと思うよ!」

「お前、今日も脳に虫わいてんな。」





不思議な夢を見た。


うつぶせに眠っている

リョーヤの背中が、

青白く光っていた。


彼の背中に、青くきらめく水が流れていて、

鮮やかな紅色の花びらが、流されていく。

水面を、銀色の魚が一匹、悠々と泳いでいた。

手を伸ばせば触れられそうだった。


美しくて、ずっと眺めていたくなったけれど、

俺は気づく。


俺は、この魚と会話できる。

身を乗り出し、尋ねようとした。


そこから離れることはできないか。

リョーヤを開放してやってほしい。と。


けれど……

尋ねる前に、問の答えが、頭に降ってきた。


私がいなくなれば、宿主も死ぬ。



朝、リョーヤが着替えているのを見て、

魚がまだそこにいることを確かめ、ほっとした。


「この絵を消すには、皮膚移植するしかねえもんな。

こんなん保険適用外で、バカ高えから無理だな……。

あとは、レーザーで少しは薄くなるみたいだけど。」

「それでリョーヤが楽になるなら、受けてもいいと思うぜ。」

そんな話をしたばかりだった。


「リョーヤ、この間の話だけど……背中の……。」

「何。なんか心配なの?」

「……。」

レーザーで魚が薄くなったら、リョーヤの命も薄命になる気がして……。

そんなこと、彼には言えない。

「俺は今すぐにでも剥ぎ取ってせいせいしてえけど、

ステファンはコイツのことも気に入ってるもんな。」

「いや。リョーヤを楽にしてやりたいって、ずっと思ってる。」

「当てて見せようか。

こいつが消えたら、俺が不幸になるとか、死ぬって思ってんだろ。

コイツには縁起のいい意味があるって、話しちまったからな。」

俺はため息をつく。

「……はあ……そうだ。」

どうしてわかるんだ……。

「はは!こうしよう。

ステファンが俳優辞めて、俺の背中と皮膚を交換する。」

名案だ。リョーヤが望むなら……

「……そうしよう。」

俺たちはキスする……。

「でも辞めないで。ステファンが呪いを背負う必要ないぜ。」

「もう背負ってる。」

「はは!そうだったな。」


リョーヤに触れ、

俺の身体にも、水が流れ、花びらがたゆたう……。

魚は……

俺とリョーヤの身体を、行ったり来たりする……。

頼む、魚、俺に留まれ……。

リョーヤを解放してやってくれ……。





三度、

ステファンは酔っぱらったルイスを連れ帰ってきた。

そのたびに、俺も面倒を見てやった。

けど、最近は来ない。

ルイスは就職して、仕事のパートナーを見つけたから。

ダルシアン・リクというその男は、天才なうえに努力家で、

ルイスと同じ二十二歳にして、社内屈指の発明家らしい。

ルイスは、彼のことが好きなんだそうだ。

ダルシアンも、ルイスの器用さを高く買っていて、いい関係で仕事出来てるらしい。

勤勉すぎて、めっちゃハードスケジュールらしいけど。

その分、ルイスもふらふら飲みに出歩く時間がないらしい。

あー!楽だ!



半年に一度、ルイスと旅行しているステファン。

今日、帰ってきたとき彼は、

「ルイスは毎度ながら、ダルシアン・リクの話ししかしてなかった。」

と言った。

よほど夢中らしい。俺は微笑んで言う。

「よかったな。死にたくなくなって。」

「ああ。本当にほっとしたぜ。」

ほぼ保護者のステファンは、心底安心したらしい。

やれやれ。

「ステファン、今日は俺の部屋来れる?」

と、誘ってみる。彼は、

「ああ。行くよ。」

と、微笑んだ。

「久々に、俺がタチでいい?」

と言うと、

「……うん……。」

ステファンは、恥ずかしそうに目を背けた。


風呂から出たステファンが、俺の部屋に来て、

ベッドに座っている俺にキスする……。

「横になって。」

俺が注文すると、彼はうなずいて、俺のベッドに横たわる。

俺は……

彼の首を、吸血鬼みたいに食む。

噛み跡がつかないよう、気を付けながら。

それから鎖骨を甘噛みし、

舌を滑らせて、心臓へ。

バスローブを解いて……

心臓から……へそまでキスする。

へそのピアスを噛んで楽しむ。

それから、インナーをくわえて引っ張ってずらし、

腸骨を噛む。

少しずつ深く……

歯を食い込ませる……。

「……っ」

筋肉が収縮する。

痛えだろうな。

離れる。

血は出てねえけど、跡がついてる。

俺はそこを、何度も舌でなでて吸う。

彼を横向きにして、後ろへ移動し、

彼のインナーの前に少し手を入れて、

「うつぶせになって。」

俺の手を下敷きにして、うつぶせたステファンの背骨を食む。

「……ん……、」

インナーに差し込んでいる指先を、そっと動かす。

ステファンがうめき始める。

俺は楽しいし、幸せだ。ステファンも……。

「そろそろいい?」

「……。」

彼はうなずく。

俺が触れてると、恥ずかしくてしゃべれねえらしい。

スゲーかわいいヤツ!

「じゃあ、起きて。」

彼は、息をして起き上がる。

背を向けたまま膝立ちになる。

受け身の時のステファンは、顔を見られたくねえらしい。

俺は見てえけど、まあいいや。

壁に手をついてもらう。

鍛えられた綺麗な背中が見れていい。

俺はうれしくて微笑む。

この瞬間が、好きだ。

俺を待ってるステファンの、肩と腰に触れるのが……。

必ず彼は、恥ずかしそうにうつむくから。

乙女か!

俺は浴衣を脱ぎ、

彼の腰と、肩と首に触れ、

そっとなでてやる。

「……。」

……うつむいている彼の背中に身を寄せ、耳元で言ってやる。


「ステファン。可愛いぜ……。」


ステファンのほうが年下だし、いつだって可愛いと思ってるけど。

俺はめったに言わねえから、効果ある。


言うだけで、

彼は耳まで赤くなる。

息が熱くなる。


俺は笑いがこみあげてくる。

最高だぜステファン!


あーかわいいかわいい!

あー楽しい!


ルイスのことも、

アドルフさんのことも、

全部忘れちまえ!


何もかも、俺一色に染め上げてやる……!


「……リョーヤ…………っ……!」

俺はステファンの耳に、やさしくキスしてやる……。

「ステファン?もっと欲しいだろう?」

俺がもっと幸せにしてやるぜ……。

彼の首の前を掴むように片手で押さえ、汗ばんでいるうなじを舌で撫でる……。

「は……あ……!」

ステファンはビクッとして、身をよじって俺から逃れようとする。

俺はステファンほど優しくねえ。

ジワジワ追い詰めるのが好きだ……。

そうしているうちに、ステファンは恥ずかしさを超えて、俺にされるがままになる……。

何もかも取り払って、俺と、一つになる……。


その一瞬が……

スゲー好き……。


ステファンは、付き合い始めた最初のうちは、

「受け身は苦手なんだ!悪いけど……!」

と、逃げ回っていて……

俺が壁ドンするだけで、焦って赤くなって、キスもさせてくれなかった……。

そんな可愛いやつだなんて、レミーんちで出演作を見てた頃は知らなかった。


「あはは!どんだけ俺が好きなの?」

やべえ。マジで乙女じゃん!


だから、ここまで慣らすのに、結構かかったけど……

そこがまた、可愛くて、愛しい……。





撮影現場の休憩所で、俺はファストフードのハンバーガーを一口食べる。

「懐かしい……。」

思わずつぶやいた。

「お好きですか?」

顔を上げると、俺よりずっと頭のいい、若くて美人のマネージャーが俺を見ていた。俺は微笑んで話す。

「昔の恋人と、初めて会った時、おごってもらったんだ。同じ味だ。」


アドルフは、休日で、普段着だったけど、なんとなくサラリーマンと分かる風情だった。

俺はすぐ後ろを歩きながら、髪色が好みだな、とか、うなじ綺麗だな、とか、シャツもチノパンも綺麗にアイロンかけてあるな、とか、観察していた。

すると、彼のカバンから手帳が落ちた。

何か運命めいたものを感じながら拾った。


「アドルフが初めて俺を見た表情がね……一目ぼれ。」


俺はうれしくて、手帳を揺らしながら、微笑んで言った。

「ただじゃねえ。」


「それでごちそうしてもらったんですね。」

「丸一日食ってなかったから、めちゃくちゃうまくて、ほおばって食べたよ。」


アドルフは、幸せそうに微笑んでみていた……。


「だけど、彼の手料理の方が、絶品だった。

レシピを受け継いだけど、アドルフが作ったやつの方が、美味かった……。」


アドルフが作ってくれた嬉しさが、より美味しくさせていたんだろう……。


「だから……当時と同じ味に感じるのは、こっちなんだ。」

と、俺はコーラを持ち上げた……。





ルイスが就職して一年がたったころ。

ステファンが俺に言った。

「リョーヤ。今後の将来設計について、少し話し合わないか?」

「ステファン……!」


彼が、俺たちの将来に目を向けてくれたことが、スゲー嬉しかった。

でも、まだ俺は安心できてなかった。

すぐにどうこうなんて、考えられなかった。


「リョーヤは、このままずっと俺と二人暮らしでいいのか、

それとも、子供を欲しいと思ってるのか。教えてほしい。」


子供……ステファンと俺の……


「俺は……」

「うん。」

ステファンは、穏やかな表情で、俺の言葉を受け止めようと待っている。


「俺は……ステファンの子供に会いたい気持ちはあるよ。

でも、今の俺たちに育てられるかは疑問だぜ。」


何度か考えたことはある。でも、夢のまた夢だと思っていた。

ステファンは、アドルフさんを忘れられねえし、ルイスの保護者してるし。

パートナーになってしばらくたつのに、こんな風に、将来について話し合ったこともなかったし。

だから、そんなステファンが、俺と子育てしたいと思っているとは思えなくて、俺も黙っていた。

今も、不安が強い……。


ステファンは微笑んで言う。

「そうだな。お互い仕事忙しいもんな。

俺も、リョーヤの子供に会いたいけどな。」


……奇跡みたいに幸せな言葉だ……。

ステファンが、俺の子供に会いたいだなんて……。


今の時代、同性同士でも、子供を望める。

お互いのiPS細胞から卵子と精子を作って受精させ、代理母の腹で育てる。

だけど、受精卵作るのも、代理母を頼むのも、同じくらいバカ高い費用が掛かる。

保険適用外だから。補助は出るけど、少ない。


俺はステファンの眼を見て話す。

「それなら、俺が生むって手もあるぜ。

そうすりゃ、費用を抑えられるし……。」

「……え……?」

ステファンがフリーズしてる。冗談だと思ってるらしい。どうやら知らねえらしい。


俺は噴き出して笑う。

「あはは!まだ動物実験の段階だけど、オスに子宮を移植して、帝王切開で子を産む方法が研究されてる。

人でもそのうちできるようになるぜ。」


ステファンは怖いくらい心配顔だ。

「そんな……そこまでしなくていい……!」


「なんで?あぶねえから?女はしてんのに?

子供作るんなら、他人に委託するより、俺の身体と血で育てたい。

ステファンの子供が腹にいるって、スゲー幸せだろうなって思うけど。」


好きな人の子供を宿す機能があるなんて、女がうらやましい。

もし俺に子宮があったら、ステファンの子を産みたい……。

二人で育てたい……。

腹を切られたって、かまわない……。


本気でそう思ってるけど、覚悟を見せて、ステファンを繋ぎ留めたい下心もある……。


「……リョーヤ……」

抱きしめられる……。


「ああ、でも、俺は構わねえけど、ステファンは、俺が女性化するの嫌だよな。」


妊娠中は女性ホルモンの投与が必要。声も高くなるし、胸も膨らむ。

もし、ステファンがそんなんなったら、俺だってショックだ……。


俺は微笑んで見せる。

「じゃあ、まあ、また考えるタイミングが来たら話し合おうぜ。」

「ああ。そうだな。」

「……ステファン、そんなずっと抱きしめられてたら、欲しくなってくる……。」


優しくキスされた……。

俺も……キスする……。


そのまま……俺だけを、見ていて……

ステファン……。





久々の休日。

僕は、マンションの自分の部屋のベッドに寝そべって、

手帳の画面を見ている。

……返事が来ない……。

僕はため息をつく。

「また、ふられた……。」

天井を見上げ、目をつぶる。

わかってたけど……。


僕は毎日、天才ダルシアンの片腕として、研究している。

彼は僕にほとんど興味ないみたいだけど、

僕は彼が好きだ。大大大好きだ。

もう、組んで二年近くたつ……。

ずっと忙しく働きまわっている。


ダルシアンとは、いまだに仕事仲間の関係で、友達にすらなれてない……。

でも、彼はいいやつだし、相棒として、良好な関係を築けているから文句はない。


たまの休みに、僕は夜の街へ出て、出会いを求める。

僕は、寂しがり屋だし、見た目がいいし、社交的だから、割とかまってくれる人はすぐに見つかる。

でも、続かない。

休みの日でも、ダルシアンに引っ張り出されることもしょっちゅうだし、疲れて出かける気にならないこともよくある。

そんな僕の、僕だけの恋人になってくれる人は、そうそういない。

一晩限りの関係で終る。

寂しさは、埋まらない……。

「……ダルシアンも、本当は寂しいだろうに……。」

たった一人で、恋人を治す方法を、ずっと探している。

寂しさなんか感じないほど、一生懸命に……。



僕は、

僕のこなした実験結果を見て、ダルシアンがどんな反応をするか、

毎回少し緊張して待つ。


少し目じりをあげて、ため息をつくか、

「ありがとう。」

と、次の実験を頼んでくるか、


……あの……

何かを突破した時の……、

口元を少し上げた、

目の奥に閃光が走るのが見えそうな、

あの嬉しそうな表情で、

すごい勢いで何かを考え始めるか……。


そんな彼を目の当たりにすると、僕もドキドキしてくる。

でも、邪魔しないよう、そっと離れる。


そのうち、

彼はいい笑顔で、

僕にねぎらいや、お礼の言葉をかけてくる。


「ありがとう!ルイス!」


その一言が、聞きたい!

ダルシアンの笑顔が、見たい!


恋人を救う方法がわかって、彼女がコールドスリープから目覚め、元気になったら、たくさん聞けるし、見れるだろう。


ルイスのおかげだ!

とか言って、

泣いて抱きしめてくれるかもしれない。

きっとそうだ!


……ファブリアーナさんが治ったら、

……ダルシアンは彼女と幸せになるだろう……。

……そのあとも、ダルシアンは、僕を頼り続けてくれるだろうか。

そうなるよう、全力で期待にこたえ続けなきゃ。


『ルイス。ずっと相棒でいてほしい。

俺の研究は、お前にしか任せられない。』


ダルシアンから、そう言われたい。

それがほしい。


……僕は彼が好きだけど……

両想いになれたらと思うし、

キスしたいとか、デートしたいとか、イチャイチャしたいとか、

いろいろ、それはもう、いろいろと思ったりするけど、無理だ。

彼の従妹には、はじめから、到底かなわないと、わかりきっている。


壁にぶつかったり、疲れて仮眠している彼に、優しくキスしたいけど、

ダルシアンって同性から性的な事されるのが苦手みたいだから、

時々、肩とか腕とか背中に軽く触れるだけにして、紳士に見守っている。



ダルシアンは……

ファブリアーナさんが元気になったら、こんな無茶な研究はしなくなるんじゃないか。

そしたら僕は、

僕も、落ち着いてパートナーを探せるだろう。

寂しくなくなるだろう。


それまで僕は、隣で彼を見ていてあげよう。


いつか……

彼が、

どれだけエネルギーと時間を使って、必死に発明していたかを、

ファブリアーナさんに話してあげるんだ……。


「……僕がオジサンになる前に見つけてよ!

頼むからさ!」

と、僕は苦笑して、髪をかき上げる。





ダルシアンと組んで二年が過ぎた。


いつもは暗~いダルシアンが、

今日は気分良さそうに、口元を上げて、ほほ笑んで言った。

「ルイスはほんとに実験のセンスがいいな!」


「え……!」

そんな褒めてくれたのは、初めてだ!

彼の嬉しそうな笑顔を見たのも、久しぶり!


僕は思わず声を大きくして聞き返す。

「ほんと!?」

「うん。」

「僕、センスいい!?」

彼は、僕を見てほほ笑んでうなずく。

「ああ。」

僕は舞い上がる。

「すごいうれしい!!」


僕は勢いのままに、彼を抱きしめる。

『ダルシアン!僕、がんばるよ!』

ダルシアンは嬉しそうに笑って、僕の髪をなでてくれる。

『ありがとう。頼りにしてるよ。ルイス。』

そして、キスしてくれる……。

ダルシアン〜〜!!

僕も彼にキスする。何度も。


……ってしたい……。されたい……。


ぼーっと立っている僕の肩を、ダルシアンは軽くたたく。

「じゃあ、今日も実験よろしく。」


微笑んで僕を見つめて褒めてくれたダルシアンは、

もう、僕ではなく、ファブリアーナさんを見ている……。


僕は実験の準備をしながら、ダルシアンを見る。

パソコンに向かって、何か考え込んでいる。

髪が伸びてきていて、あちこち跳ねてる。

最初のころは、彼がくせ毛だと知らなかった。

伸びて跳ねた毛先を見るたびに思う。

彼の髪に触りたい……。

彼はすぐ短く刈ってしまうけど、僕はもっと伸ばしてふんわりさせた方が似合うと思う。

絶対可愛い!

ダルシアン!僕は君が大好きだ!

君は気づいているのかいないのか、やさしくて親切だ。

もともとそういう人柄なのだろう。

僕は、天才の仕事の邪魔をしないように、おとな〜しく実験して、彼を支えている。





暗~い雰囲気のあるダルシアンに、

僕は思い切って提案した。

「あのさ、ダルシアン、たまにはさ、二人で飲まない……?」

『ルイス……』

「君が、人との交流とか、飲み会より、何より、研究を大事に思ってるのは知ってる。

ただ、僕は、そんな君がどんな人なのか、

どんな風に年を重ねてきたのか、知りたいなと思ってて。

他の人たちから聞いた情報だけじゃ、君の内面はわからないから。

つまり、君の話が聞きたいんだ。

思い出話してる場合じゃないかもしれないけど、

そういう気分転換もあってもいいんじゃないかな。

僕も、自分のこと話すよ。

一緒に働いてるパートナーが、どんな人間か、知ってる方が安心じゃない?」


「……確かに。今気づいた。俺はルイスのこと何も知らないな……。

そうだな。お互いを知る機会を設けたほうがいいな。」


「うん……!うん……!ありがとう!」


翌日に、

仕事の後、研究所で飲む事になった。



僕は、氷を入れたグラスに、ジンとレモンの絞り汁を注ぐ。

炭酸水を足してマドラーで混ぜ、ダルシアンに差し出す。

「ありがとう。」

ダルシアンは、味わって飲んでいる……。

僕はうっとりとその様子を眺める。

「美味いよ。」

「良かった!」

僕はチェリーリキュールで作ったサワーを飲んでいる。

『ルイスはお酒弱いんだな。』

僕はほろ酔いだ。ふわふわする。

「うん、もうソフトドリンクにするよ。

君と過ごしてるこの時間を、忘れたくないもん。」

若干、ろれつも怪しい。

「……。」

「僕、深酒すると記憶が飛ぶんだよね。」

「本当にそんなことあるんだな。」

ダルシアンは驚いている。

僕はクスクス笑う。

「ダルシアンはお酒強そうだね。」

「量、飲んだことないからわからないけどな。

少し気分が軽くなってきた。」

ダルシアンは、水割りとサワーを飲んだ。僕は二杯目。

「ふふ。じゃあ、時々飲も。」

「そうだな。これくらいならあまり害はないかもな。」

それからダルシアンは、びっくりすることを言った。


『ルイスは

少しリアーナに似てるよ。』


一瞬、聞き間違いかと思った。

少し微笑んでいるダルシアンをまじまじと見る。


「ええ!?そうなの!?ど、どの辺が!?」


「なんていうか……

感情表現が豊かで、おしゃべりで、一緒にいて居心地良い感じが。

心が繊細で純粋なところも似てる。」


「……うれしいな……。」


だって、それって……

かなり好感持ってくれてるってこと……!

タイプってこと……!!


「ごめん、誰かに似てるって、失礼だな。」

僕はぶんぶんと首を振る。

「うれしいよ!

ダルシアンが、自分の思ってることを僕に話してくれたってことが、

すごくうれしいんだ!」

「そうか……これからはもっとコミュニケーション取るようにするよ。

今まで気遣いが足りてなくてすまなかった。」

「あ、重く考えないで!

こんな僕でも、話し相手くらいなれるし、息抜きに気軽に話せたらなって。」


「……ルイスがいてくれてよかった。」

「え……」

急にしみじみ言われるとドキッとする。


「俺は、リアーナのところへ行きたいと思っていて、

それが叶うのは、研究することだと思うようにしてるけど、

俺のすぐ後ろには闇があって、飲まれそうになることがある。


そういう時、ルイスがいる、研究しなきゃって思うと、踏ん張れるんだ。


それは、他でもなく、ルイスだから、

ルイスが、明るくて頼もしいパートナーだから、

絶望に落ちずにいられるんだと思う。」


と、澄んだ眼差しで微笑む。


「ダ……ルシアン……」

僕はぽろぽろ涙をこぼす。


彼は心配そうに言う。

『ルイス、いつも苦労を掛けてすまない。』

「ううん、気にしないで。

君の役に立ててるってことが、うれしいんだ。」


「……ルイス、だいぶ顔が赤い。水を飲んでもう休んだ方がいい。」

と、僕を見つめる……。


「ははは、ありがとう。ちょっと外の空気吸ってくるね。

大丈夫。すぐに落ち着くから。十分で戻るから待ってて!」

僕は外に出ると、自販機に縋り付いて泣いた。

「ダルシアン~!好き!大好き!わ~ん!」


少し酔いが覚めたので、戻ると、

「大丈夫か?気分悪くなってないか?」

親身に心配してくれてる……。

「うん。平気だよ!」

「夜中は?同じ部屋で休んだ方が対応できる。」


そんな!急に過保護!嬉しすぎる!


また顔が熱くなってきたので、手で隠して、

「ははは、僕は医大出てるんだよ?自分の体調は自分で管理できるよ!

具合悪くなって、どうしても手助け必要になったら呼ぶからさ。

安心して休んで!」

「……そうだな。じゃあ、おやすみ。」

ダルシアンは仮眠室へ入った。

僕の分のマットレスは、このテーブルの横にある。


僕は頭を抱える。

あああ……!

ダルシアンと一緒に寝れるチャンス逃した……!


でも、僕、彼が隣にいたら、絶対眠れないし、

明日からの実験はまたハードそうだし、倒れて心配かけたくないし、でもでも……

…………

ははは、すごい嬉しい事、たくさんあったのに、さらに欲張ったら、代償払う事になるぞ!


でも、興奮してて寝付けそうになかったから、睡眠導入剤を飲んで寝た。





ダルシアンは最近、少し雰囲気が明るくなった。

ある日。彼が微笑んで僕に言う。

「ルイス。何か欲しいものとか、あるか?」


ドキッとする。

ええ!?どうしたの!?ダルシアン!


でも、もちろん仕事の話だ。

「え、ゴーグルがほしい。」

ダルシアンは明るく微笑む。

「実験に必要なものはもちろん買うよ。

そうじゃなくて、もう二年も俺の研究に付き合ってくれてるから、

ルイスにお礼がしたいんだ。」


ええ……!!?

ほんとに……!?

びっくりだ!!

ダルシアンが!!

そんなこと言ってくれるなんて!!


「……それってボーナスってこと!?」

「俺はルイスの雇い主じゃないよ。」

「上司から個人的にって事。」

ダルシアンは僕の上司の立場だ。

「まあ、そうだな。でも、俺の気持ちとしてだよ。」

「えー!どうしよう!何にしよう!」


うれしすぎる!


「考えといて。」

「うん!ありがとう!」

「礼を言いたいのはこっちだよ。ルイス。」

と、彼はニコッと笑った。


ダルシアン!!もう、その笑顔だけで十分……!!


でもこの際だから、僕は思い切って提案する。

「じゃあ、息抜きにどっか行かない?二人で!」

「ん?いいよ。じゃあ、今度の休みにでも行こうか。」


「……やった!!」


僕は両手のこぶしを突き上げ、飛び跳ねて喜ぶ。

僕の喜びようを不思議に思うらしいけど、ダルシアンもつられて笑った。

そして、

「ごめんな。そんなに休暇がほしかったなんて。

これからは、ちゃんと週休二日にするから。」

僕は首を横に振る。

「休みがうれしいんじゃなくて、君と出かけるのがうれしいんだよ!」

あ、言っちゃった!

彼はちょっと驚いた顔をする。

「……そんなに喜ばれると、なんだか俺もうれしいよ。

これからはもうちょっと友達らしく、仕事以外の話もしよう。」

すまなそうな笑顔。


友達……!

二年かかったけど、ダルシアンの友達になれた!


僕は、背の高い彼の正面に立ち、彼の両肩に両手を置く。

「ダルシアン。すごくうれしいよ!

でも、無理はしないでほしい。

僕は僕で、勝手にやってるから、気を使わないで。」


彼の重荷にだけはならないように、と思っている。

僕は、ファブリアーナさんごと、ダルシアンを愛してるから。


「ありがとう。ルイスのそういうところ、助かってるよ。」


「ダルシアン、肩凝ってるね。」

ついでにちょっと肩をマッサージしてやる。

こんなときじゃないと彼に触れない……。


「……ルイスはマッサージも上手いんだな。俺はよく肩が凝るんだ。」

「はは!ダルシアンは猫背で、いつも頭が少し前に出てるせいだよ!」

「そうか……。」

と、姿勢を正す。

「もう少しほぐそうか?」

「……頼んでいい?」

「もちろん!」

ダルシアンは僕に背を向けて椅子に座る。


僕はうれしくてしょうがない。

出会った最初の頃は、触れるたびに避けられてたけど、

いつの間にかコツコツと、彼の信頼を勝ち取っていたわけだ!


彼の肩から背中にかけて、やさしくほぐしていく。

「ふふ。また猫背気味。」

「ああ、そうか。」

と、背筋を伸ばす。


二年前より、少しだけ肩幅が広くなったダルシアン……

その美しい背中に触れたいと、ずっと思ってた……

彼が歩み寄ってきて、

僕に体を預けて、

触らせてくれるなんて……!

なんて嬉しい……!

最高……!

ああ、こんな幸せな日が来るなんて……!


と浸っていると、彼が言った。

「ルイス。

ファブリアーナを起こすのは、急がないことにしたんだ。

俺にもルイスにも、休みは必要だ。

週二日休みにするし、旅行以外の連休も取っていいから。

ルイスは友人や恋人と過ごす時間だって、今までなかっただろう。

ごめんな……。」

「ダルシアン……。」


友達でも相棒でもなんでもいい。


君が僕を見てくれるなら、

休みなんかいらない……。


「ルイスがもっと幸せに暮らせるよう、考えるべきだって、

今更気づいたよ……。」


「……。そんな、僕のことまで考えてくれなくても……」

「今のままじゃ、ファブリアーナが目覚めたとき、彼女に叱られるし、

献身的に俺の研究を支えてくれてる、ルイスの心身の健康が心配なんだ。」


ダルシアンが、僕の心配をしてくれてたなんて……!

「……うん。ありがとう。」


僕の健康は気にしなくていいけど……

ダルシアンの体調が心配だったから、休みが増えるのはいいことだ。


「これから先も、

ルイスを頼りたいから、

ちゃんと元気でいてほしい。

仕事のパートナーとしても、

友人としても。

そう思ってる。」


「……ダルシアン……!」


そんなこと言われたら……

僕は……

抱きしめずにはいられないじゃないか……!!


「どうもありがとう。軽くなったよ!」

僕の手が止まったからか、ダルシアンは立ち上がり、肩を回す。それから、

「ルイス?」

感動している僕を不思議に思うらしい。

僕はごまかす。

「ああ、大丈夫!こう見えて、僕はタフなんだ!」

彼は、ふっと微笑む。

「だとしても、休みは必要だよ。

お礼に、今度は俺がルイスの肩をほぐすよ。」

耳を疑う言葉だ!

「え!?あ、ありがとう!」

「下手だけど、温めて動かせば血行が良くなって調子が良くなるってことだよな。」

「うん……。」

僕は、今まで彼が座っていた椅子に座る。

座面に彼の体温が残っていて、ドキドキする……。

彼の、大きい美しい手が僕の肩をさする。

「……。」

「どう?」

「気持ちいいよ……。」

多幸感で涙が出てくる……。

「ルイスは身長の割に、骨が華奢だな……。」

背後から降ってくる、ダルシアンの優しい声……。


「……。……ダルシアン。」

「ん?」


「気兼ねなく、僕を頼ってほしい。

何一つ、君の考えは、無駄じゃないから。

僕を気遣って減らした実験の中に、大事なものがあったりしたら、

僕は悔しいんだ。」


「……ありがとう。ルイス。」


ダルシアンが……

やさしくなでてくれてる……。

もっとなでて……

もっと僕をねぎらって……

いつくしんで……


彼の手が……

肩甲骨から……

背骨へ……


「んうっ……!」

ビクッとする。

「ごめん……!」

彼が慌てて手を放す。

「くすぐったかった?」

「うん、僕、背中が弱いんだ……。」

「そうか。俺もわき腹とかくすぐられるの弱いんだよな。」

と、彼は笑う。

その弱いとちょっと違うけど。

また彼は、僕の肩をなでてくれる。


ああ……

そのまま全身なでてほしい……


でも……

「ありがとう。もういいよ。」

僕は立ち上がる。

「ルイス、顔が赤い。くすぐったかった?」

「いや、ダルシアンがうまくて血行が良くなったんだよ!はは!ああ、熱い!」

僕は笑って退室する。


やばい……


廊下を小走りで進み、ロッカー室へ。

誰もいない室内に入り、

僕は、自分で自分の両肩を抱く。


っ好きだ!!

好き好き好き好き!!ダルシアン!!!


僕は自分のロッカーの扉に額をぶつけてすりつける。

涙がこぼれる……。


君に好かれたい。


君を、

僕のそばにとどめておきたい。


でも、

そんなことしちゃいけない……。


君の発明力が、

僕は大好きだから……。


今の友情関係のまま、

君と、

ずっと一緒に研究していたいから……。


「ああ……でも、幸せ……!」

まだ彼の手の感触が残っていて、身もだえる。

「はぁ……ボーナス楽しみ……!」



次の日。

「ダルシアン……。」

「ルイス?」

「あのさ、また肩が凝ったら言って。昨日みたいにマッサージするから。」

彼は良い笑顔で、

「ありがとうルイス。時々頼むよ。」


もう、ルンルンで実験した。





恋人作って、イチャイチャ……したい。

人肌恋しい……。

でも、休みが増えたって、サイトで探すのも、バーへ行くのも……なんだか気が乗らない……。

なので、ステファン家へ行った。


「ステファン!久しぶり!」

「おう。ルイス。今日はどんな悩みだ?」

「はは!」

僕はリビングの椅子に腰かけ、テーブルに腕を置く。

「ダルシアンがやさしいのが悩みだよ……。

僕の気持ちに……

気づかれたいけど、気づいてほしくない……。」


気づかれたら、きっと、

『ごめん……』

と、すまなそうに言われる。

僕をふってしまったという気持ちのこもった目で見られ続ける。

そんなのは嫌だ。


「……」

「昨日、ダルシアンと二人でデートしたんだ。

ボーナスで何か買ってくれるっていうから……。」

「へえ。何か変わったんだな。」

「今のままじゃ、ファブリアーナさんにしかられると思ったらしい。」

「はは!確かに。

理由は何であれ、殻にこもりっぱなしじゃなくなったわけだ。良かったな。」

「うん。

このまま友達として、いい関係でいられたら……。

ファブリアーナさんからダルシアンを取る気なんて全くないし、

むしろ、彼女のほうを向いててくれなきゃ困る。

全部、彼女のための研究なんだ。

ブレずにいてくれなきゃ。

賢明に戦った王子がお姫様を目覚めさせて、めでたく結ばれるべきなんだ。」

「ルイス。休みが増えたんなら、ほかにも交友関係を作るとか、趣味を深めるとか、したらいい。」

「うん、そう。

でもね、恋人はすっごくほしいけど、なぜか積極的になれないんだ……。

趣味も……自撮りの時間が増えたのはうれしいけど、ほかには特にないし……増やす気もない。」

「それでここに来たのか。」

「うん。ステファンとなら、積極的に関係を深めたいな。」

「……。」

彼は椅子から立って、近くに寄るよう合図する。

僕は喜んでそばへ行き、

彼の腰に腕を回す。

ステファンは、微笑んで僕の頭をなでる。


「ダルシアンと友達になれてよかったな。

お前が幸せだと、俺もうれしい。」


「ありがとう。ステファン。

いつも僕のこと心配してくれてて。」


僕は少し背伸びして彼にキスする。

彼はちゃんと応じてくれる……。


ステファンは、僕に優しい……。


僕には、アドルフが開けた、可能性のドアがあるから……。


僕が元気だと、ステファンも気分良く働けて、生活できるらしい。


僕もステファンに元気でいてほしいから、

ドアだろうが何だろうが、役に立ててうれしい……。

でも、やっぱりちょっと寂しいけど……。


「!?」

ステファンがビクッとする。

腕をつかまれる。

「やめろ!あんま触んな!」

背中を撫でていた手だ。

「うふふふ!ステファンの弱点、一個見つけちゃった!」

ちょっと顔の赤い彼は、ため息をつく。

「はああ……。……夕飯は?食ってく?」

「うん!食ってく!」



夕方。

ステファン家からの帰り道。

僕は会社に寄る。


やっぱりだ……。


研究室の明かりがついてる。

ドアから覗き見ると、

ダルシアンが、パソコンに向かって研究してる……。


一息ついて、背もたれに寄りかかったダルシアンに近づくと、彼は僕に気付き、少し驚いた顔をする。

「ルイス……。」

「何かやることある?暇なんだ。実験させて。」

「でも、今日は休日なんだ。ルイスは帰って休んで。」

「君は休んでない。」

「俺は、これが俺のすべてだから、」


「じゃあ、僕もそれだ。

今の僕にとって、君との研究がすべてだ。」


何よりクリエイティブで、やりがいがある。

それに、ダルシアンのそばにいられるだけで嬉しいし、役に立ちたい。


僕を見上げている目が、少し見開かれる。

黒曜石の瞳に、僕の笑顔が写り込んでいるのが見えそうだ。


「……。」

彼は目を伏せ、

「だけど……」


僕は微笑んで言う。

「何でも言って。休みたいときはちゃんと言うからさ。」

「……。……じゃあ、」

彼は指示書きを作り始める。


僕は笑って、

「着替えてくる!」

足取り軽く、ロッカー室へ向かった。



昨日。

ショッピングモールで、ダルシアンとデート中の時。

ダルシアンが聞いてきた。

「ルイス、何か欲しいものある?」

「これから冬だし、マフラーかな。」

「じゃあそれにしよう。」


「どれにしようかな!選べないや。ダルシアン選んでよ!」

「え、俺センスに自信ないけど……」

「大丈夫、選んで!」


ダルシアンは真剣に選んでくれた。

「これが似合うんじゃないかな。」


「センスいいよ!ありがとう!気に入ったよ!あはは!」



ロッカー室で。

僕は、ダルシアンがプレゼントしてくれた、生成り色のふわふわのカシミアのマフラーを首からはずし、

大事にロッカーにしまい、白衣に着替えた。


もう……ダルシアン……こんなかわいいの選んでくれるなんて……!

これが似合うと思うなんて、僕のこと、かわいいって思ってくれてるってことじゃん!!

ダルシアン、君って最高すぎるっ!!

絶対、またデートに誘おう!!





飛行機が着陸し、空港に着いた。

ステファンとの、旅行の一日目だ。

僕は伸びをする。

「ああ……良く寝た……!」

サングラスしたステファンが言う。

「爆睡してたぞ。」

「んん、徹夜して実験してたから……。」

「お前の相棒、やっば研究の鬼だな……。相変わらず、休みもらえてないのか?」

「ダルシアンは鬼じゃないよ!すごく優しいんだ!

彼の閃きを実験するのが僕の役目なんだから、旅行後に回すより、今からやるって、僕のほうから申し出たんだ。

ダルシアンは心配して止めてくれたけど、特に集中力がいる実験でもなかったから、上げてきた。」

と、僕がにっこりすると、ステファンは笑って。

「ルイスは実験とダルシアン博士が大好きだもんな。」

「そうだよ!僕の生き甲斐なんだ!」

「良かったな。」

ステファンはかわいい弟に微笑む。

「ふふ!さぁ早く絶景見に行こう!すごく楽しみにしてたんだ!」

「……。」

彼は黙ってしまった。

「あれ、もしかして、ステファン怖いの?」

「怖くねーよ。」

「あはは!重心低いよ!」

「どのバスに乗るって?」

と、ステファン。

「あっちだよ。」


バスの中で僕は言う。

「ねえ、ステファン。もうそろそろ、僕の恋人になってよ。」

「俺にはリョーヤがいるし、お前とはありえねえ。」

「そんなこと言わないで、掛け持ちでさ。

僕のほうが若いし、器用だし、年収良いよ?」

ステファンは、サングラス越しに僕をにらむ。

「はは!冗談だよ!

ああ、でも、ほんと何年たっても恋人できなくてさ……。」

「休みがねえからフラれんだろ。」

「ううん。でも、僕が実験こなさないと、何も形にならないんだよね……。

ダルシアンは、アイデアが尽きるってことがないから……。ほぼ百発百中なんだよ!すごいかっこいいよね!」

「人員を増やせよ。」

「ううん。試したけど、連携って結構大変なんだよね……。」

「楽しそうだな。」

「うん!もちろん楽しいよ!」

「学生の頃より元気だな。」

「うん!安心して?」



「見てみて!ダルシアンの写真だよ!」

「え?」

ルイスは会うたびに相棒の写真を見せてくる。ルイスから受け取った手帳には、

長いすで仮眠している長身の男が映っている。

短い黒髪で、精悍な顔つき……。

確かにイケメンで、神秘的とも言える美しさがある。

「こっちは考えてるとこ。」

少しうつむいて、立ったまま考え込んでいる。

「考えてるときは、話しかけても、気づかないんだよね!すごくない!?」

「気づかなくても邪魔するなよ!」

「ダイジョブ。これは隠し撮りだから。」

「それ犯罪だぞ!」

毎度ながら、注意する。

「セキュリティーのカメラだから、犯罪じゃないよ!昼寝は手帳で撮ったけど。」

「はあ……俳優やってるとな、そういうのにも神経使うんだよ……。」

「僕は自分で見るだけで、ばらまいたりしないよ!」

ダルシアン博士は、ルイスと同い年ながら、天才発明家で、

今すでに、医療の現場で、彼の発明品がいくつも使われてるとか。

「まだ二十五歳なのにすげえな。」

「ステファンだって、二十歳から活躍してるじゃん。」

「俳優は大概、若い時のほうが稼げるんだよ。」

「ステファンなら、年とっても仕事あるよ。」

「だといいけど。」



僕達はジープに乗り換え、現地のガイドとともに、草原にやって来た。

「……。」

双眼鏡で、草原を見渡しているステファンに言う。

「大丈夫だよ。ライオンより、この車のほうが走るの早いから。」

「もしパンクしたら……」

「ああ。横転するかも。」

ステファンは不安そうに双眼鏡を降ろす。

「……。もう帰ろう。」

「あはは!まだオリックスしか見てないよ!

シマウマも見たいし、キリンも見たいよ!

……あ!いた!」

ステファンがビクッとする。

「シマウマだ!僕好きなんだよね!

ストライプ柄なんて、すごくしゃれてるよね!

昨日空港の売店で見かけたぬいぐるみが、かわいかったな〜!」

「帰りに買ってやる。」

「え!うれしいな!ステファンは?何の動物が好き?」

「俺を狩らないやつ。」

「じゃあ、トリケラトプス。」

「なんで恐竜なんだ。」

「本物見たいなーと思って。その辺歩いてたらかっこいいと思わない?

あ!いた!」

「何が。」

「チーターだ!」

「!?やばいやばい早く車出してくれ!」

と、ガイドと運転手に言う。

「あはは!チーターはこの車より足早いよ!」

ステファンがガイドからライフルをもぎ取り、構える。

「どこだ!?」

「かっこいい!あはは!」

僕は、手帳でステファンの写真を連写しながら言う。

「このエリアにはチーター住んでないよー!」

ステファンが僕をにらんでライフルを降ろす。

「……オオカミ少年はオオカミに食われんだぞ。」

「はは!オオカミになら食べられてもいいや!

大型肉食動物って、ゾクゾクする!

ステファンもね!」

「はぁ……。」



次の日。空港で。

「ルイス。」

と、ステファンから袋を渡される。

「何?わあ!ほんとに買ってくれたんだ!ありがとう!かわいい!」

シマウマのぬいぐるみ。

僕はパーカーの襟元に、ぬいぐるみの顔をのぞかせてしまう。

「じゃあ、僕からも。はい。」

ステファンに袋を渡す。

「……は?」

猛獣注意の看板がプリントされた黒いTシャツ。

ステファンは嫌そうに言う。

「……俺は猛獣じゃねえ……。」

「サングラスかけてこのTシャツ着たら、絶対ファンがどよめくよ!」

ステファンはため息をつく。

「はあ……」

「一回くらい着て見せてね。写真送って!」

僕は胸元の子の耳をいじる。



後日。

嫌そうにTシャツを着てるステファンの写真が、送られてきた。

ステファンに、虎の耳としっぽが生えている。

リョーヤさんの落書きだ。

「あははは!かわいい!襲われたい!」



ステファンが言う。

「リョーヤ、このTシャツ着る?」

猛獣注意……。

ルイスが買ったのなんか、誰が着るか。センス悪っ。

俺は微笑んで言う。

「いや。着ねえの?」

もういいじゃん?一回着たから。捨てて?

「俺よりリョーヤの方が猛獣だよな。」

「あはは!言うねえ!」

Tシャツに噛み付いて、引っ張って、振り回してやった。

「あはは!リョーヤも着ないんなら、いつもの古着屋で引き取ってもらうぜ。」

ああ。そうして。

「あ、俺も行きてえ。」

ステファンの服、見立てんの好きだし、俺にも見立てて欲しい。

「あの店好きだな。店長、いい人で信頼できるし。」






俺は母子家庭で育ったけれど、

十歳の時、母親が亡くなり、

叔父夫婦の家に引き取られた。

叔父には一人娘がいる。

名前はファブリアーナ……。


同い年で、大人しい性格の、いとこのリアーナ(と、俺は呼んでいる。)は、俺を見つめて言った。


「別の世界に行きたい……。

シアンは、そう思うこと、ない?

……どこか違う世界の、誰もいないところに……。」


続けて、


「ただ、自由で穏やかな毎日がほしいの……。」


リアーナは、両親から勉強を強要されていた。

一緒に住むようになってからは、俺も。


自由がほしい……。


俺はうなずいた。

彼女の綺麗な横顔を見る。

紫がかったグレーの瞳。

長く、まっすぐな茶色の髪が

頬にかかってる。

彼女は

頬の髪を

形のいい華奢な手で、耳にかける……。


俺は言う。

「ここから出て、どこか違う場所で、二人で暮らそう。」

リアーナは俺を見る。

「それって……プロポーズみたい……」

そうか……確かに……。

「そう……だね……。」

彼女の目が見開かれ、表情が輝く。


結婚の……約束……。

それは、俺にはまだ夢のようで、

だれにも縛られない、明るく幸福な、

どこか違う世界に二人でたどり着きたいという、

子供の願望なのだけど。


「俺は、リアーナとずっと一緒にいたい。」


リアーナが喜びに輝く。


「私も……!ずっと、シアンと一緒にいたい……!」


俺も幸福で……


「リアーナ……!」

「シアン……!」

俺たちは、お互いを抱きしめた……。



そのころの日常は過酷だった。

俺たちが、ほかの子供達より少しIQが高いために、

周りの大人たちから、将来は多くの人を救う人間になるだろうと期待され、

たくさん勉強させられていた。


……勉強がつらかったわけではない。

二人で上位を取り合って競うのは、楽しかった。

けれど、

大人たちの期待もその分、高まって行った。

多くの人を救うために頭脳を使うのが、あなたたちの役割だと言われた。

みんながそういう目で見た。

熱のこもった、期待の眼差し。

大人はそういうものなのだ。


俺たちは、彼らの言う通りの道を進むしかないのだろうか……。


選ぶ自由も

逃げ道もなく

褒め急かされて

大人たちの乞う方向へ走らされ

たった一人で檻に閉じ込められ

期待に応えて、人を救い続ける人間にならざるを得ない……。


まだ、どう生きていきたいか定まらない、十代前半の俺たち。

何を夢見ることも許されず、

この先、俺たちの自由はどれほどあるのだろう……。

不安を抱え、俺たちはいつも手をつないでいた。


リアーナは、星空のVRが好きだ。

生命のいる可能性がある惑星からの、星空の眺めをプログラミングして、作ったりしていた。



「頭が壊れたら、許してもらえるのかな……?」


と、声に出す前に、彼女は答えがわかっている。

聞き終わる前に、俺も。


俺は、大人たちに反抗することも、

過度な期待と愛情の混ざったものが、俺たちに向かないようにすることもできず、

二人でどこかへ逃げることを、何度も考えた。


皮肉にも、勉強に集中している時は、大人たちのことを忘れられた。



十六の時。


「望んで信じているだけで願いが叶うんなら、

そんなに楽なことはないって思ってたけど、

……こういうこともあるんだ……。」


CTの画像を見て、彼女は言った。


彼女は、脳の病気でコールドスリープすることになった。


「運用が始まったばかりの技術に間に合って、幸運です。」

と、医師は言った。


幸運……?


大人から見れば、不幸中の幸いなのかもしれないけど……

俺にとっては、場違いな、言われたくない言葉だった。


リアーナはため息をつき、

「思ったとおり、みんながっかりしてて、ほんとうんざり。

別の世界に目覚められたらいいんだけど。

シアン、もしそうなっても、悲しまないで。」


別れをほのめかす事を言われた。

その通り、二度と会えないかもしれない。

リアーナは、自分のことより、俺を案じていた。

平気なふりをしていたけれど、俺よりずっと怖かったはずだ……。


「リアーナ。必ずまた会える。

そしたら、二人で自由に暮らそう。

待ってるから。安心して。

きっとすぐに治療法が見つかるよ。


……そうだ……

俺が見つけるよ。


俺が、リアーナを治す。」


そうしよう。決意して彼女に微笑むと、


「シアン……!」


彼女は、俺の片手を両手で握って泣いた。


研究に、何年かかるか、わからない。

でも、小さな光を見つけた。


俺のために、言葉を飲み込む彼女。

肩を抱き、


「心配しないで。リアーナ。」

涙にキスした……。


「……あ……りがと……ごめんね……シアン……!」


華奢な両手に力を込めて、俺の左手を握っていた……。




最後に、リアーナは少し微笑んで、俺に手を振った。

俺は少ししか振り返せなかった……。




……彼女の時が、止まった……。



いつもの場所に、彼女がいない……。


……彼女は、凍り付いて眠っている……。


俺は

それがとても悲しく、

寂しく、

つらすぎる……。


悲しみを、勉強するエネルギーに変換した。


けれど、リアーナとの思い出の詰まったこの家にいると、しょっちゅう涙が止まらなくなる。


今年入学した大学の寮へ、入ることにした。

引き止められたけれど、俺は深く頭を下げ、叔父の家を出た。


……俺は……

リアーナの望みを

かなえてあげたい。


大人たちの期待の重圧を、

はねのけてやりたい。


自由をあげたい。


そして、

自分も。


……まずは彼女を治したい。


けれど、

育ての親である叔父の会社、医療用AIや人工臓器などを作る会社に入社することは、

避けて通れない。

なら、最大限活用して、得られるものを得よう。



仕事の後に、一人、リアーナを治すための研究に没頭する生活が始まった……。





ルイスは変な奴だ。

よほど俺に興味があるらしい。

しょっちゅうにこやかに話しかけてきて、俺の隣に座ろうとする。

俺に話しかけてくる人は今までもいたけど、ルイスほどしつこくて熱心な人は、初めてだ。


彼は目を輝かせて言った。


「君と一緒に研究がしたい!」


直毛の、暗めの金髪、

うっとうしそうな前髪を斜めに流している。

痩身、色白で

年より若く見える容姿

瞳の色は濃い青。

なぜか女性並みに声が高い。そういう体質なのだろう。


触らないでほしいと言ったけれど、

ルイスは俺の肩や腕に触ってくる。


俺たちを見て、女性たちが何か噂している。


そんなだから、はじめは、研究は口実なのだと思った。

同性愛者に気に入られてしまったと思って逃げた。

けれど、

実験を手伝ってもらったら、複数同時にこなした。

俺の短所が、彼の特技だった。

ルイスは本気で、俺と一緒に研究したいのだ……。


彼は、俺の構想から、手順、準備、実験、論文、

さらには再実験や特許の申請までスムーズにこなす。


俺が実験するより、数倍早い。


俺たちの研究の中から、いくつも製品化され、

人の助けになるものが作り出された。


それはうれしいことで、

俺は少しだけ、心の安定を得た。


ルイスがいれば、きっと、リアーナを起こせる……。





ルイスと組んでから六年経った。

十分会社に貢献したし、二人で独立することにした。

リアーナを治療する事が目的の会社を作るために。

研究の過程で得られた技術で特許を取り、収入にする計画だ。


しかし。

前からコツコツ研究していたけど、どうシミュレーションしても、リアーナを治せない。

多くの記憶を失ってしまう……。

俺に考え付く限りを量子コンピュータにシミュレーションさせたし、実験もダメもとで繰り返した。


とても疲れる……。


ルイスは楽しそうにちょくちょく横道に背れて、

何かしらの成功発表や特許をもぎ取っているけど……。


リアーナを治すには、

全く未知の

ブレイクスルーが必要だ。


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