量子力学的神話
「お父さん!」
寒空の中で夜空を、そこにきらめく星々を眺めていた一郎は父に向かって声を上げた。一郎が見上げた先には巨大なオリオン座が見える。
「僕たちの体は原子という、小さな粒で出来ているんでしょう?」
「ああ、そうだよ」
「それもさらに小さな素粒子と言う粒で出来てるって言ったよね」
「急にどうした?」
父は一郎の不意の質問に当惑しつつも、頷いて見せた。
「でもさ、星だってとっても大きな人から見たら、粒みたいなものでしょう。もしかしたら宇宙はさ、その世界の粒で、そこに僕たちとそっくりな巨大な人が生きていたりしないかな?」
「さあ、どうだろうな? その巨人は僕らからすると、神様みたいな存在かもしれないね」
「えっ、神様?」
父の言葉に、一郎は首をひねって見せた。
「実際に確かめることはできないからね。だけどそれを感じた一郎の心、それもこの世界、神様の一部だよ」
「そうか!」
一郎は父の方を振り向いた。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「僕も父さんも、母さんも、みんな神様の端っこなんだね!」
「物質力学が支配する世界においては、巨大な構造と質量をもつ世界が広がっているのです」
教師の一人が、まだ若い意識体達に向かってそう告げると、彼らの意識を表す、粒子間の相互作用によるエネルギー変位が空間と時間の両方に広がった。
「その世界においては、あたかも物事は連続する変化量によって記述され、時間の変位は一方向のみに限定されることでしょう」
「先生!」
「その様な巨視的な世界において、私達と同じ様な知的な活動の存在はありえますでしょうか?」
生徒の一人である意識体が、位置、時間を激しく跳躍させつつ、教師に尋ねた。
「アイザック君、そんなに興奮すると、存在が揺らぎますよ」
「すいません」
「さあ、どうでしょう。おそらく構造が巨大かつ、相互作用が複雑すぎることを考えれば、我々からは認識不可能であることは確かです」
そう告げると、教師はそれぞれの意識体との間で僅かな相互作用を行った。
「それを踏まえれば、それは神と呼ぶべきものかもしれません。我々がその構造の一部でありながら、それを直接に感じることはできませんからね」
教師の神という言葉に、若い意識体達が再び激しく色めいた。そして自分たちが直接感じられない世界について、それぞれに思いを馳せた。