第7話 対戦相手
七月上旬、蒼空が入部してから早くも二週間が経った。
IDの夏の大会は八月下旬と、他の部活よりは遅い時期の開催のためまだ練習期間が与えられている。
結衣、愛果もますます腕を上げ、それぞれ不利戦術の対策を練り始めていた。
そして肝心の蒼空はと言うと……
「やっぱりダメです……全然できません……」
軽いスランプに陥っていた。
元々簡単な技じゃないため、出来ないのは当たり前のことなのだが、蒼空と他の選手の差を埋めるにはこのクイックターンを極めるほかない。
「一旦休憩しよう。この暑さだ、無理は良くない」
体調管理もコマンダーの役目だ。
飛翔はクーラーボックスに入れていたお茶を、三人に手渡す。
とその時、タイミングよく遠坂がやってきた。
手には何やら紙の束が握られている。
「……まさか」
「あぁ、そのまさかだよ。夏の大会のトーナメント表が出た」
「「「「?!」」」」
ものすごい勢いで結衣と愛果が遠坂の元へと駆け寄る。
先程まで地面に寝そべっていたとは思えない俊敏な動きだ。
「そう焦るな。今ボードに貼り付けるから、みんなで見るといい」
そう言って遠坂は、二枚の大きな紙をボードに貼り付ける。
片方は個人戦、もう片方は団体戦とそれぞれ書かれている。
「個人戦は56人、団体戦は12チーム……か」
まずまずの参加数だ。
まずは個人戦のトーナメント表に目を向ける。
「あー、結衣ちゃんシードじゃん!」
「ふふん、まぁ前回の結果を見れば当たり前よね」
そう言って胸を張る結衣。
確かに結衣は前回ベスト16まで進出している実力者だ。
先輩方が卒業し、繰り上げでシード権を得たのだろう。
対して愛果と蒼空は一回戦から対戦表が組まれている。
「あれ、蒼空ちゃんの二回戦の相手って……」
蒼空は残念なことに二回戦でシードの選手と当たる。
たった八枠のシード選手と早々に当たるとは……。
(まあ初めての大会だし、勝ちに行こうとは思っていないが……)
だが問題は、そこではなかった。
「去年ベスト8を決める試合で結衣ちゃんを倒した子、だよね」
シードの欄に目を向けると、確かに見覚えのある名前が載っていた。
「高橋 綺羅……」
結衣が悔しそうな声でそうつぶやく。
悔しがるのも無理はない。
あと一点……本当に惜しい戦いだった。
負けた次の日、「もうIDやめる」と言い出した時には、愛果も飛翔も血の気が引いたもんだ。
あの結衣の心を折るほどの実力者、間違いなく今大会の優勝候補だろう。
「続いて団体戦だが……運がなかったな」
遠坂がそうつぶやく。
その理由は明白だった。
「嘘でしょ……」
飛翔達 青藍高校の位置はなんと、左上シードの真下、最悪の位置だった。
「一回戦で負けておきましょ……」
「おきましょ……」
珍しく二人が弱気になっている。
飛翔もその実力を知っているからこそ、二人の気持ちは痛いほど分かった。
「あの、左上のシードの「秀英高校」ってそんなに強いんですか……?」
「強いなんてもんじゃない。ここ数年、優勝はずっとその秀英高校なんだ」
その実力は、他の高校を寄せ付けない。
今でも鮮明に覚えている、去年の決勝戦のことを。
どちらが勝ってもおかしくない強豪校対決。
しかし結果は5-0で秀英高校の圧勝だった。
その圧倒的な力は、見るもの全てを恐怖に駆り立てた。
「秀英高校のことは忘れよう。まずは一回戦に勝つことからだ」
「確かに……秀英高校のことで頭がいっぱいになってたわ」
勝つこと前提で話を進めていたが、一回戦を突破できるかすら危うい状況なのだ。
「一回戦は……玉響高校か」
皆、ちょうどいい相手だなと言った顔だ。
蒼空だけはぽかんとしているが。
「弱くもなく強くもなく、中堅校って感じだな。目立った戦績は無いけれど、初戦負けはあまり聞かないThe 中堅って感じの高校だ」
なかなかいい所を引いたなと思う。
対戦相手が決まれば、コマンダーである飛翔もいよいよ本格的に仕事が出来る。
「さて、じゃあ俺は早速玉響高校の対戦データを集めてくるよ。ついでにみんなの個人戦初戦の相手のデータもね」
「ありがとう!飛翔、頼りにしてるわよ」
「おう、任しとけ」
結衣とグータッチをし、フィールドを後にした。
最後のメンバー、オーダー、対戦相手……と、欠けていたパーツが段々と揃い始めてきた。
あとはプレイヤーの練度と、コマンダーの技量次第だ。
一心同体、どちらが欠けても試合は成立しない。
「さて、俺もいっちょ頑張りますか」
部室に戻った飛翔は一人、机に向かって黙々と作業を進めるのだった。
その背後で、飛翔の携帯が通知音を鳴らす。
作業に没頭している飛翔の耳には、その音は届かなかった。
件名:大学が夏休みに入った。近々帰省する。
──夏の大会まで、残り43日。