第3話 アイランドデュエル
「模擬試合のため、制限時間は通常ルールより20分短い10分。それでは配置に着いてくれ」
「「はい!」」
二人がそれぞれフィールドに入り、陽翔と遠坂は別々のベンチへと移動する。
何も分からない蒼空はとりあえず陽翔の後を追った。
ベンチの前には大きなスクリーンが設置されており、ヘッドホンとマイクを装着した陽翔はそのスクリーンの前へと立つ。
「そろそろ写る思うんだけど……おっ、写った」
真っ黒だった画面に、突如風景が映し出される。
目線より少し高いが、見ている景色は目の前のフィールドと同じ景色だった。
「今映っているのは小型飛行カメラの映像なんだけど……わかりやすく言うと小さいドローンだね」
「ふむふむ」
「ここにあるコントローラーで小型カメラを操作し、プレイヤーにフィールドの状況を伝える。それがコマンダーの役割だ」
「フィールドの状況……何を伝えるんですか?」
「スクリーンの左下に地図みたいなのが写ってるの分かる?」
陽翔がスクリーンの左下を指さす。
その先には楕円形に縁取られた簡易的な地図のようなものが描かれていた。
「この赤く光ってる場所ってなんですか?」
「いいところに気づいたね。その光ってるところはポインターと言って、そこにあるオブジェクトに触れるとポイントが入るんだ」
「つまり、そのポインターまで誘導するのがコマンダーの役割ってことですか?」
「まぁそれもあるんだけど……見てもらった方が早いかな?」
実際に試合が始まらない限り、口で説明しても分からないだろう。
というのも
「確かにこの競技はポイントを多くとったほうが勝者となる。そして、ポイントを取る方法は三つ存在するんだ。一つ目はこのポインターに触れること。ポインター一つにつき、一ポイントだ。二つ目は、相手の拠点を破壊すること」
「拠点?」
「あぁ。試合開始前の今、二人が立っている場所のことだね。スクリーンを見てて」
陽翔が小型カメラを操作すると、愛果の後ろに大きな岩のようなものが配置されているのが見えた。
「これが拠点。ここを破壊できれば一気に十ポイント得ることができる」
つまりポイントを稼ぐことばかりに気を取られていると、拠点を破壊される恐れがある、ということだ。
「そして三つ目は、プレイヤーの背中に着いているコアを攻撃すること」
先程同様陽翔がカメラを移動させ愛果の背中を写す。
その背中にはダイヤのような模様が描かれていた。
「これがコア。ここを攻撃されたら、三ポイント入る。拠点と違って背中のコアは攻撃するだけでポイントが入る」
「つまりポインターのもとに行こうとすると、拠点が攻撃されたり、自分のコアを破壊されたりするリスクがある、と」
「そういうこと」
「それじゃあみんな拠点から動かないんじゃ……」
「普通はそうだよね。でもこのゲームはプレイヤーだけじゃない、コマンダーがいる」
プレイヤーとコマンダーは一心同体である。
言うなれば、プレイヤーは手足でコマンダーは目ということだ。
「例えば愛果はより多くのポインターに触れてポイントを稼いで勝つタイプのプレイヤーだ」
「なんでですか?」
「彼女の手元を見て、何の武器が握られてる?」
「んーと……両手に銃が握られてます!」
「そう、彼女の得意な武器は二丁のハンドガンなんだ。これは中距離からポインターを破壊できる武器である代わりに、相手のコアは破壊しにくい武器なんだ」
「つまり交戦には向いていない、ということですね?」
「そういうこと。そして結衣は愛果の武器がハンドガンのことを知っている。蒼空さんが結衣だったらどうする?」
「……交戦時に有利が取れるなら、拠点を狙いに行きます」
「だよね。つまり愛果がこの勝負で勝つためには、より多くのポインターに触れる他ないんだ」
「でもそれじゃあ拠点が……」
「だんだんIDが分かってきたね。そうそう、このままだと拠点が破壊されて稼いだポイントが全て無意味になってしまう。だけど、それは愛果が結衣を知らなかったらの話」
結衣は愛果の武器を知っている。
それは愛果も同じこと。
「結衣の武器は片手剣。近距離の戦闘が得意な武器なんだ」
常に前だけを見て進み続ける彼女にとって、突進タイプの武器はまさに彼女の性格を現しているようだった。
「彼女は基本相手の拠点を破壊する戦術を取る。だけど今回は制限時間が正規の時間よりも短いから、拠点まで間に合わないと思われる」
「確かに、それを聞いた上で考えると納得ですね」
今回はあくまで部内試合のためお互いの手の内が分かっているが、大会等で他校と当たる時は何も分からない状態で試合をする事になる。
そんな状況を作らないためにも事前に情報収集を行いプランニングを立てる、これも全てコマンダーの仕事だ。
蒼空をベンチに移動させ、陽翔はマイクに語りかける。
「今回のプランはこうだ。まず愛果には拠点から近い三箇所のポインターを狙ってもらう」
"三箇所でいいの?"
「あぁ。それ以上の点数は望まない、三点取ったら拠点まで後退しよう」
"了解"
愛果の声がヘッドホン越しに聞こえてくる。
そう、三点だ。
三点取れば、もし結衣と出くわしても一撃までなら負けにはならない。
「準備はいいか?」
遠坂がこちらの様子を伺いに来る。
向こうは既に準備万端のようだ。
「こっちも準備完了だ。いつでも大丈夫だ」
「わかった。それでは…………試合開始!」
ビーーーーー!!!!!
試合開始のベルが鳴らされ、二人が一斉に動き出す。
(なおお互いの姿や場所は相手チームには見えないようになっている)
「とりあえず最初は相手を警戒する必要はない、俺の後に続いて来てくれ」
"ラジャー"
試合開始直後でこの距離はさすがに無理だろうと踏み、全速力でポインターの元へと向かう。
"見えた!"
「よし!周りに相手の気配はない、位置バレの心配は無さそうだ!撃っていいぞ」
"ほいきた!任せとけ!"
愛果が両手の銃を構え、銃弾を放つ。(もちろん銃弾はバイオBB弾)
──愛果―結衣 1―0 残り時間9分02秒
中央のスクリーンに写る点数盤に、点数が加算される。
本来大会や練習試合を行う際には得点の他に場内の状況が映し出されるのだが、今回は撮影者が居ないため得点のみとなっている。
「止まらず行こう。次の突き当たりを左だ」
現在地から最も近いポインターを狙う。
本来このやり方は敵に位置を割られてしまうため悪手とされている。
だが今回はこのポイントを取った時点で後退すると決めている且つ、相手から距離が離れているためこの方法は有効打だと言える。
「ポインター周りに結衣の姿はない。念の為裏を回る、愛果はその場で待機してくれ」
"了解!"
ポインター周りの死角を確認し、結衣がまだ来ていないことを確認する。
「よしいないみたいだ。撃て!」
──愛果―結衣 2―0 残り時間6分12秒
目標の三点まであと一点。
はやる気持ちを抑えつつ、飛翔は次なるポインターへと指示を出す。
相変わらず周りに結衣の気配はない。
(だいぶ前線まで来たが、いまだ結衣との接触はない。……まさかっ)
「愛果、後ろを警戒しててくれ」
"わかった!"
悪い予感がした。
陽翔は全速力でカメラを拠点へと急がせる。
(この短時間で拠点は狙えないと思っていたが……)
拠点は狙ってこないだろうと踏み、愛果たちはポインターを狙いに行った。
だが、それは罠だったのだ。
結衣は知っているのだ、愛果というプレイヤーの戦い方を。
愛果が勝つためにはポインターを破壊しなければいけないことを。
なら狙うべき場所はどこか。
最初から、結衣の狙いはたった一つ。
制限時間が短ろうが、相手が誰であろうが、結衣の戦い方は変わらない。
そのことは、飛翔たちが一番わかっていた。
(結衣を信じ切れなかった、コマンダー失格だ、俺は……っ!)
拠点に着くなり陽翔は全速力で当たりを確認する。
だがそこに結衣の姿はなかった。
飛翔が困惑するのと同時にヘッドホン越しに愛果の叫び声が聞こえる。
「どうした?!」
"結衣ちゃんが……"
「なっ?!」
全くの想定外だった。
それ以前に先程確認した時は、周りに結衣の姿はなかったはずだ。
陽翔はスクリーンから顔を離し遠坂の方を見る。
遠坂はまるでこのときを狙ってましたと言わんばかりの顔をしてこちらを見ていた。
(読まれてたのか……っ)
"陽翔ごめん、間に合わないかも!"
「すまない、今回は俺の判断ミスだ……っ!」
"討ったァァァ!!!!"
愛果のマイクから結衣の声が聞こえる。
声が聞こえるところまで接近しているということだろう。
結衣の握る片手剣が愛果の背中に触れようとしたその時、
ビーーーーー!!!!!!!!!
試合終了のベルがなった。
(結果はどうなったんだ……っ!)
息を飲む。
少なくとも終了の合図以前に決着のアナウンスは流れていない。
結果を確認するべく中央のスクリーンに目を向ける。
そこには、
"愛果―結衣 タイムアップ 2―0 愛果WIN"
と記されていた。
"やったー!勝った!"
"間に合わなかったかぁ……"
ヘッドホンから2人の声が聞こえてくる。
恐らく時間を短縮せずに通常通りの時間であったなら、勝っていたのは結衣だろう。
「2人ともお疲れ様、とりあえず帰っておいで」
"そうね、蒼空さんに感想も聞きたいし"
と、その一言を聞いて陽翔は蒼空の存在を思い出す。
(やべ、ずっとほっといちゃったけど大丈夫か……?)
少し焦り気味で振り返ると、放心状態でスクリーンを見つめる蒼空の姿があった。
「蒼空さん?」
「……いです」
「え?」
「凄いです!!!!!」
蒼空が大声を出しながら勢いよく立ち上がる。
その目は輝いていた。
「私もやってみたいです!ID!」
両手拳を強く握り、蒼空は陽翔に詰め寄る。
そんな反応、陽翔は初めて見た。
いままでIDを見てきた者たちは「見る分には楽しいが、プレイヤーとしては興味が無い」と言う人がほとんどだった。
だがしかし彼女は「やってみたい」と言った。
それは彼にとって、彼らにとって最も欲しかった一言だった。
「お疲れ様、2人とも」
フィールドから出てきた2人を出迎え、2人に蒼空がIDに興味を持ってくれたことを話す。
すると2人は喜びを顕にし、蒼空に抱きついた。
「蒼空ちゃん、よろしくね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
新たな部員が増え、ついに夏の大会の出場権を得た。
2人の実力はそこら辺のプレイヤーよりはるかに長けている。
メンバーが揃った今、遂に念願の団体戦にエントリーできるのだ。
「楽しみだな……」
更衣室に向かう3人(蒼空は結衣達に引っ張られる感じで連れていかれた)を横目にそう呟く。
「お前は出なくていいのか」
そんな陽翔に遠坂はそう問いかける。
「……出ない、俺にはコマンダーとしての仕事があるからな」
そう言い残して、陽翔は校舎の方へと歩き出した。
「……残念だね」
遠坂の一言は陽翔の耳には届かなかった。
こうして彼らの夏は、始まったのだった。