第1話 転校生
──今すぐ試合を中止しろ!
(なんで……違う……っ)
──なんなんだアイツは!人殺しが!
(違う……俺がやったんじゃない……っ)
──更科 飛翔!すべて貴様のせいだ!
(俺のせいじゃないのに………もう……消えたい……っ)
ジリリリリリリリリッ
「……うーん」
目覚ましを叩き、タオルケットから顔を出す。
……なんとも最悪な目覚めだ。
「また、あの夢か……」
再び訪れる静寂に、波の音や風鈴の音、扇風機の風の音が混ざり合い、なんとも寝心地の良い音色を奏でる。
まだ6月だと言うのにこの暑さ、今年に限っては梅雨すら来なかったような気がする。
「……でもまぁ晴れている方がいいよな」
曇っているより晴れている方が気分がいい。
それにこの島の晴れの日の景色は、どの島にも負けない輝きがある。
この景色を見るために生まれてきたんじゃないかと思うほどだ。
支度を終え海岸沿いを歩く。
陽翔の通っている青藍高校は徒歩10分ほどのところにある為、晴れの日はこうして歩いて登校している。
夜から海に出ていた漁師たちが帰還し、港は賑わいを見せていた。
ここ数年、日本全国の漁獲量は減少している。
それにもかかわらずこの島では、例年通りの漁獲量を保っていた。
それほど自然豊かな島なのだ。
ふと目を落とした砂浜に、見慣れぬ少女の姿が見えた。
服装は自分と同じ制服姿だが、その姿に見覚えはない。
朱色の髪が、海風に揺れている。
(おかしいな、うちの生徒でこっちの方には、俺ぐらいしか住んでないはずなんだがな……)
違和感は残るものの、その時は特に気にすることなく学校へと向かった。
「相変わらずの暑さだな……」
教室に着くなりバッグに入れていたタオルを取りだし顔を拭う。
冷房など効いていない、そもそも取り付けられてすらいない。
教室の端を見ると、机に溶け込んだ二人のクラスメイトの姿が確認できた。
「おはよう……見事に溶けてるな……」
「あーつーいー……」
駄々をこねる子供のように足をばたつかせる。
茶髪の短い髪に猫のヘアピンをした愛果。
愛果とは対照的に藍色で長い髪を下した結衣。
彼女たちとは、古くからの友人だった。
「今日は遅かったね、陽翔」
「最近寝心地のいい布団を買ったんだ」
「いーなー、寝に行っていいー?」
「……愛果、その言い方は誤解を生む」
「えー、別にいーじゃーん。結衣ちゃんだって気にしてないってー」
「いや、そっちじゃなくて……」
陽翔が横目で辺りを確認する。
案の定、何名かの生徒が陽翔を睨んでいるのがわかった。
………主に男子。
(こいつ、裏で男子に人気だもんな……実際顔良いし……)
キーンコーンカーンコーン
まるで空気を読むかのようにチャイムが鳴り響き、それぞれが席へと着く。
チャイムが鳴り止むなり、担任である遠坂が教室へと入室してきた。
「お前ら喜べ、転校生だ」
なんとも雑な導入。
男勝りな彼女の性格からすれば、別におかしなことでもなかった。
遠坂が手招きすると同時に、朱色の髪を揺らし1人の少女が入室する。
(あれ、あの子って……)
「それじゃ、軽く自己紹介を」
「は、はい!」
緊張しているのか、手と足が同時に出ている。
まるで日本を代表する、とあるゲームの赤いおじさんのようだ。
「碧乃 蒼空です!よろしくお願いします!」
静寂が訪れる。
次の言葉を待つ生徒達、なぜみんなが黙っているのか分からない蒼空。
「…………くっ、はははっ」
自己紹介を聞くなり、遠坂は笑い出す。
「軽くとは言ったけど、本当に短いね。君、天然ってよく言われるでしょ?」
「天然、ですか?」
「もうその反応が天然だよ」
遠坂に続き、クラス中が笑いに包まれる。
当の本人は首を傾げているが。
「とりあえず座りたまえ、今日一日は周りの人がサポートしてあげるように」
ちょうどチャイムがなり、朝のホームルームが終わりを告げる。
あっさりとした自己紹介だったため、今日一日は質問攻めに合うんだろうなぁと勝手に想像し可笑しくなる。
可哀想なことに、彼女の隣に座るのはおしゃべりで有名な愛果だ。
なんならもう愛果の眼は、蒼空をロックオンしていた。
遠坂が教室を出た瞬間、みんなが一斉に詰め寄る。
「どこから来たの?」
「趣味とかあったりする?」
「部活は?部活は何やってたの?」
「パンツ何色?」
案の定質問攻めに合っている。
最後変態おったけども。
「えーと、白です!」
あ、それ答えるんだ。
遠坂の言う通り、やはり天然なのだろうか。
どこか抜けているように感じる。
だがみんなから好かれそうな性格であるのは間違いないようだ。
「……落ち着いたら、俺も話しかけてみようかな」
「いいんじゃない、私も今は遠慮しとくわ」
少し離れた場所でそう話す。
俺たちまで行ってしまったら、さすがに可哀想だ。
「そういや結衣、今日はどうする?」
「どうするって?」
「決まってんだろ、IDだよ」
ID。
それはここ周辺の島々で行われている地域スポーツの呼称だ。
一般人でも嗜む人は少なくはないが、主な年齢層が10代であるため、基本的には部活スポーツとして認識されている。
あくまで地域スポーツであるため本州ではあまり知られていないが、ここら一帯では知らない人はいないほど知名度の高いスポーツである。
「もちろん、夏の大会も近いしね」
「そうだな……と言いたいところなんだが、今のままじゃ団体戦は出れないぞ?」
「………え?」
「いやだって、大会のルールは5人1チーム戦。最低3人はいなきゃ行けないのに、うちは愛果と結衣しか正式な部員はいないから……」
「そんな……陽翔が出ればいいじゃない!」
「俺が出たら、誰がコマンダーをやるんだ?」
「そ、それはそうだけど……」
この競技において必要なのは競技に参加する5人のプレイヤーだけではない。
そのプレイヤーたちに指示を出す、コマンダーという役割を持つ選手が一人必要なのだ。
「俺だって出たいのは山々だが、もうあらかた声はかけたし、厳しいかもな……」
悔しいが、今回の夏の大会は見送ろう。
幸い俺たちはまだ高校2年生、まだチャンスはある。
それに団体戦が出れないだけで、個人戦が残って……。
「……まだ望みはあるわ」
「え?」
結衣の指さす方向には、蒼空の姿が。
「いやだって彼女は島の外から来たんだろ?どんなスポーツかも知らない子を出すなんて、無茶だ」
「違うわよ、陽翔」
結衣は陽翔の唇を指先で封じる。
「何も知らないから誘うのよ」
「……恐ろしい女だ」
「なんとでも言いなさいっ、むしろチャンスだと思わない?このタイミングで転校生、きっと神様からの授かりものだわ」
「色々と失礼な気もするが……まぁ誘ってみるか」
放課後にでも声をかけてみよう。
夏の大会まで一ヶ月半、初心者がどこまでやれるかは分からない。
だが、挑戦してみる価値はある。
「ワクワクしてきたわね」
「まだ入るって決まったわけじゃないぞ」
結衣は鼻歌交じりに席につき教科書を取り出す。
どうやら完全に入れる気満々のようだ。
「……面白くなりそうだな」
夏のはじまりが、すぐそこまで迫ってきていた。