巻き戻り聖女はもう王子様の夢を見ない
断頭台から周囲を見ると、怨嗟の声が響く。
曰く、「聖女だなんて嘘をつきやがって」。
曰く、「王子を騙すなんてなんて女だ」。
曰く、「おまえさえいなければ俺たちはこんな生活をしなくて済んだ」。
一つ一つに言い返したいところだけれど、今の私にできることは執行人の手によって降りてくる刃を待つことだけだ。
執行人は不憫そうな顔をしている。ああ、きっとどこかで真実に触れてしまったのだろう。
小さな声で「せめて一発で首を落としてやる」と言ってくれた彼に、私はもう声なんて出せやしないから「ありがとう」と唇だけを動かした。拷問の中で喉を焼かれてしまったのだ。王家に都合の悪い事を口にさせないためとはいえ、悲しい、と思う。
少し遠くに、泣き出しそうな金髪の青年が見える。痩せこけた姿で、周囲を兵に囲まれている。知らない令嬢が睨みつけるように私を見た。
こんなことになっても、あの王子様は私が好きらしい。助けられない、と知る彼はほろほろと涙を流す。ああ、太陽みたいな笑顔が好きだったのに、と思っていると頭に固いものがぶつかった。石を投げられたらしい。
貴族が座る席では殿下以外がざまぁみろと嗤っている。なんて醜いのだろう。
処刑を執り行うと宣言された瞬間で記憶は飛んでいる。
そもそもであるが、私が処刑された原因はあの王子様と恋をしてしまったためだ。
私はただの平民の田舎娘だった。ある日、教会主導での魔力適性検査が私の住んでいた村までやってきた。そこで私は光の魔法に強い適性を示してこの時代の聖女として抱え込まれることになった。
そして、王都に迎え入れられてひたすらに修行の日々を過ごした。教会での暮らしもそう良いものではなかった。けれど、私が6歳の時。新聞で知った、私の住んでいた村が盗賊に襲われて皆殺しにあった事からもう帰る場所もないと、平民差別にあっても私は必死に日々の鍛錬をした。
15歳になる年、私は貴族の通う魔法学園へと入ることになった。
私は聖女として国に尽くすことが決められていたので、貴族との関わり方を学ぶため…というのがその理由だ。
そこでは好きな本が読めて、虐待のようなキツい修行もなくて、村にいた時よりも質素な食事からまともな食事に変わって。まるで天国みたいだ、とその時は思ったのだ。
けれど、きっと地獄への階段はここから始まっていたのだろう。
教会にいた時と比べれば幸せな日々だったけれど、嫌がらせはやはりそれなりに多かった。それを偶然にこの国の第二王子殿下が見つけてしまったのだ。
正義感の強い彼は、私を元気づけようとしたし、犯人を許すことはできないと憤慨して走り回ってくれた。
私はまだ小娘で、周囲にはそんな風に気遣ってくれる人もいなくて。だから優しい王子様に夢を見るように、恋をしてしまった。
王子様は高位貴族令嬢と婚約していた。
だから私は遠くから見ているだけで十分だと思った。幸いにも、男女では受ける学科も違っていたし、私は生涯を未婚で過ごす身だ。一つの恋を抱えて生きるというのも良いのではないかと思っていた。
けれど、王子様は恋を諦める性格をしていなかったらしい。
令嬢に婚約の解消を願い出て、私のところまで来て告白をしてくれた。彼自身が他の人に心を移した自分に非があると認めて、誠心誠意謝罪して、私を望んでくれた。
とても嬉しかったけれど、私は受け入れるわけにはいかなかった。
聖女は未婚の、清らかな処女でなくてはいけなかった。
だから、お断りをした。けれど、彼はどうしても、このひとときだけでもと。
それでも、私は彼を跳ね除けなければいけなかった。
受け入れてしまった私は、学生の間だけというお約束で期間限定の恋人となった。
私たちは初めての恋に夢中になった。
一緒に勉強をして、おしゃべりをして、少しだけ出かけて。今思っても清いお付き合いだったと思うけれど、それでも私たちは罰を受けた。
王子様の元婚約者は侯爵家の令嬢だった。彼女は隣の国に嫁いで、そこで光の魔法を使えるようになった。しかも、私より強い魔法だった。
その頃から私は逆に魔法を使えなくなっていった。王子様とはとても清いお付き合いをしていたので処女でなくなったからというわけでもない。
けれど、利用価値のなくなった私が転落していくのに時間はかからなかった。
聖女の地位を剥奪された私は、教会の偉い人に手籠にされかけた。そこを王子様は助けてくれた。少ししか渡すことはできないが、とご自分の資産の一部を持たせてくれて、私は王都を出た。
これで一からやり直そうと。
その時は思っていたのだ。
我が国は魔物が多い。そして、国を守るべき聖女が力を失い、光の魔法が出現した令嬢は他国に嫁いでしまっている。
国は結界が弱ったことで聖女を失ったことを国民に知られてしまった。その責任を、彼は一人で負おうとした。
王子様は優しい人だったからみんなに好かれていた。
だから、彼の周囲は彼の守ろうとした私を殺してでも、彼を守りたかったのだ。
結果として…。
結果として、私は国を売った魔女として処刑されたのだ。
個人的には王家や貴族の鬱憤を晴らすための拷問がなければ特に死に関して思うところはない。だって、これで私が恋した人は生きることが許されるのだ。そう思えるくらいには私はあの人を愛していた。
だから、もう良いのだと。
あなたさえ幸せであればと願ったのに。
「いや、なんでこんな奇跡起こっちゃったんだろう」
意識が飛んで目が覚めたら10年以上昔に戻っていた。
小さな手に、両親が亡くなったばかりであったからか遠巻きにする村の人たち。うわー懐かしいなと思う反面、ここも大概いい場所じゃなかったんだなぁと思う。
身体に満ちる力をこそっと使ってみれば、魔力を失う以前より、もっと高い魔力を内に感じる。
「神よ、この奇跡に感謝致します…!」
初めて神の存在に感謝して、私は少ない荷物を纏めた。情報収集の結果、もうすぐあの教会の人たちが来てしまうのだ。
私はあの、太陽のように明るく笑う愛しい人と今度こそ出会うわけにはいかない。
だって、あの人には幸せになって欲しいのだ。私さえいなければ、愛情…みたいなものを二人の間には感じなかったけれど、けれどあのお嬢様とそれなりにはいい関係を築いて幸せになってくれるだろう。
そうと決まれば、逃げ一択だ。
聖女にさえならなければ良い。
魔力が高いのだから国を越えて冒険者にでもなれば良い。幸い、巻き戻る前より強い力のおかげでならず者にどうこうされる心配もない。
殿下を愛しているから、私はもう王子様の夢を見ないのです。
いつか、成婚の日の折にでも、遠くからあなたの笑顔を見れれば十分。
そう思って私は意気揚々と村を出た。
だって、こんな奇跡が神以外のどんなもので起こったかなんて普通わかんないし、私以外に記憶を持ってる人間の存在とか思い浮かばないじゃない。
だから、そういう人がこの事でどう考え、何を思い、行動するかなんてこの時の私は知るよしもないのだ。
書きたかったけど長編書いたら他のエタりそうなのでとりあえず短編として。
巻き戻った理由とか、記憶持ってる人とかのあれこれ含めていつか連載できたらなぁ。