#37 冒険者は街を守るため準備を始める。
街まで戻ってきたオレは、真っ先に冒険者ギルドに向かうとエドに報告する。
「悪い知らせと、もっと悪い知らせがあるんだが、どっちから聞くか?」
エドはそれを聞くと顔を顰め、少し悩んだあとにこちらを向いて告げてくる。
「……悪い方から頼む」
「わかった。まず調査結果だが、あれは間違いなく魔物大暴走の前兆だな」
「やはりそうか……急いで対策を練らなければならないな。それで?もっと悪いのと言うのは……?」
そこでオレは一瞬言葉を詰まらせ、下を向きながら言った。
「……魔物の数が予想より遥かに多かった。しかも集まってくるスピードが今までよりも格段に早い。魔物大暴走が起きて街に来るのも時間の問題だろう。
魔物大暴走は、今すぐにでも起きる可能性がある」
そう告げて顔を上げると、エドの顔色は目に見えて悪くなっていた。
魔物大暴走は基本的に兆候が見られだしてから1ヶ月ほどは猶予がある。そのためその期間で様々な準備をしたり、冒険者への勧告や長期依頼の停止などが行われる。
だが今回のは話が出始めてからまだ1週間ぐらい。なのに今すぐにでも魔物大暴走が起きようとしている。オレが今情報を持ち帰るまで検討が引き伸ばされてきた訳だから、当然準備も勧告も全く間に合っていない。
時期もそうだが規模もスピードも、明らかに異質なものなのに間違いはないだろう。
「大変だ……。こうしてはおれん!」
オレがそう考えると丁度エドも同じ結論に至ったようで、ソファーから勢いよく立ち上がると慌ただしく部屋を出て下に降りて行った。
これから職員に説明をして警告を発し、門を閉ざして冒険者達を集め、魔物大暴走に備えなければならない。
ギルマスとしての仕事量と責任は大変なものだろう。
「あいつも大変だな……」
そう考えるとオレの中に僅かにあった悔しさは散っていったのであった。
◆
俺はその日、いつも通り街角の安宿で昼前まで寝てたんだ。
別にぐうたらしてる訳じゃなくて、俺が普段やってる依頼ってのが夕方から深夜にかけてだから、この時間に寝ておかなきゃならないんだよ。
それで、その日俺はけたたましく鳴る鐘の音で目を覚ました。
この鐘っていうのは冒険者ギルドの屋根んとこに設置されてるやつで、これが鳴った時は非常時緊急呼集が行われるため、聞いた人はみなギルドまで行かなきゃいけないんだ。
「なんだぁ……?何かあったんか……?」
俺はそう呟くとベットを下りて装備品を整え、ギルドに向かった。
◇
ギルドに着き中に入ると、職員たちが何やら慌ただしく動いていた。
ふと見てみると、受付カウンターが全部閉まっている。
これはただ事では無いと、直感的に思った。
奥に行くと、よくつるむ冒険者仲間を見つけたので話しかける。
「よお。なんかすごいことになってんなぁ」
「ただ事じゃないってことは間違いないだろうぜ」
「そういえば、俺たちってなんで呼ばれたんだ?」
「そりゃあ、あのことじゃねぇか……?」
「あのこと……ってなんだ?」
「お前、知らねぇのか」
「最近は街の中での依頼が多くてな」
「あー、それなら仕方ねえな。
実はな、ここ最近、森の中の魔物が異常に増えてたり、普段とは違うものが混じってたりするんだよ」
「なんだって?それって大丈夫なのかよ」
「大丈夫なわけあるか。俺だって危ないからここ数日は森に入ってないんだぞ」
「なるほど……それはやばいな」
「ここだけの話だが……」
彼はそう言うと、少し身をかがめる。
「昨日からギースさんが森の調査をしてたらしい。アランの野郎がいねぇってこともあると思うが、それ以上にギースさんが出るってことは相当やばいってことだ」
「マジかよ」
ギースさんは俺がまだ駆け出しの時にいろいろ世話をしてくれた恩人であり、このギルド内で2番目の実力を持つB級冒険者だ。普段はギルド内にいるので、今でもよく話をする。
そう、普段からギルドにいるのだ。ギースさんはあまり積極的に依頼を受けようとはしない。もちろん昔は受けてたらしいがな。
それで、今ギースさんが受ける依頼といったらギースさんの親友であるギルマスからの無茶振りの依頼。つまり、ギースさんが動いたってことは面倒事である可能性が非常に高い。
少しして、ギルド内にある程度人が集まったところで、ギルマスが壇上に上がる。その横にはギースさんの姿もあった。
ギルマスが拡声の魔道具を調整すると、今回の召集についてのことが告げられる。
「緊急事態だ」
そう言ったギルマスはそう言って表情を陰らせ、少し間を置いて告げる。
「魔物大暴走が起こる。
それも、すぐにでもだ」
ギルマスが告げたその言葉に、俺はすごく驚いた。
魔物大暴走!?確かあれって、あと20年ぐらい起きないんじゃなかったのか……?
それに、すぐにでもだと!?
普通は魔物大暴走の一月前にはもうそういった情報が出てくるはずだ。前回の7年前―まだ俺が新人冒険者だった時―もそうだったのだから。
確かにさっき魔物の数が異常に増えてきているといった話は聞いたが、まさかそれがそうだなんて思わないだろう!
どよどよ……
冒険者たちに混乱が広がる。まぁ無理もないだろう。
パンッパンッ
ギースさんが手を叩いて混乱する冒険者たちを静かにさせると、ギルマスが言葉を続ける。
「今より全ての通常依頼を一時停止する。加えて、現時刻を持って非常事態宣言を発令する。動ける冒険者は総出で魔物大暴走に備えて各自準備して貰いたい。
街を守るためにどうか、頼む。」
ギルマスの話が終わると、大半の冒険者たちが早速ギルドを出て準備に向かった。残りはパーティの仲間などと話している。
俺は普段はあまり積極的に戦いに行くほうではないが、今回は街を守るためだ。俺も参加しなくては冒険者として情けないだろう。
それに俺は魔物大暴走の脅威を知っている。新人冒険者は死にかけることも知っている。
俺もさっさと準備してくるとしよう。
無事生き残るために。




