人間とは
『あぁ、先に言っておこう。五奇君がはじめて遭遇した妖魔、一すずめは妖魔王とかではないよ? 高位の妖魔ではあるだろうが、違う。断言できるね』
会議終わりにルッツに言われたことを思い返す。
(……ルッツ先生は、アイツは妖魔王じゃないって言っていた。……断言していた。じゃあ、アイツは何者なんだ? 目的は一体?)
五奇は一人自室で悶々としていた。あの後、黒樹市に着き本部のEチーム専用ルームに集合して方針を決めてから、家に一度戻ることになったのだ。
それぞれ食事などを摂り、各自室へと戻り今に至る。ベッドに横たわりながら、五奇はしばらく考えていたが……ここは素直になることにした。
「……齋藤教官に連絡してみるか……な? ん?」
部屋をノックされ、五奇は上半身を起こしてドアに向かって声をかける。
「誰? 空飛君? それとも等依先輩……?」
しばらく回答を待つが、返事が中々来ない。不思議に思っていると、いつもより静かな声が響く。
「……俺様だ。入って……いいか?」
「えっ……あっ……。う、うん。どうぞ」
予想外の訪問者に驚きつつも、五奇は鬼神を部屋へと招きいれる。神妙な顔をした彼女と視線が交わる。気まずさを感じながらも五奇は近くにあったクッションを敷き、彼女を座らせた。
「……それで、その。なにか、用があるん……だよね?」
五奇が訊けば、鬼神は俯いたまま口を開いた。
「……なぁ。俺様は……人間か?」
「へっ!?」
全く予期していなかった質問に、五奇は思わず間抜けな声を上げるが、いつもみたいな反応を鬼神はしなかった。ただ、まっすぐに五奇を見つめ、答えを待っているようだ。そのことに気づいた五奇は、はっきりと告げる。
「人間だと思うよ。……何を持って人間と定義するのかはわからないけど……。その、父さんが昔言っていたんだ。『人間とは自分で定義するものであり、他人から定義されるものでもある。だから、自分の思う人間像を大事にしなさい』って」
「……哲学みてぇなこと言うんだな。五奇の親父は」
そう指摘されて、五奇は思わず苦笑すれば彼女はまたしても静かな口調で語り出した。
「……姉貴に『鬼神家は造られた一族』って言われて……汀様に『人造妖魔』って言われて……自分がわかんなくなっちまった。確かに、普通の体質じゃねぇし……よ」
声が小さくなり震えて行く彼女を見つめながら、五奇はルッツの言葉を再び思い返す。
『鬼神家は、人造妖魔の一種でもあるけれど、人間でもあるから……僕が定義するとしたら人造半妖と言ったところかな?』
その話を聞いた時、五奇は腑に落ちた感覚を覚えていたが当事者である鬼神は違ったのだ。そう思い至った時、五奇は自然と彼女の手を握っていた。突然のことに驚く鬼神に対し五奇は遠慮なく言葉を発する。
「鬼神さん。俺さ……あの仇の妖魔と会って……それで、自分を見失った時のこと思い出した。あの時の俺は……俺の思う人間じゃなかった。だから、その。つまり……俺は鬼神さんを人間だと思いたい、から!」
思わず近寄れば、鬼神が少し頬を赤らめる。そして、そっぽを向くと彼女が小さく声を漏らす。
「……バカかよ。ま、てめぇに話して……正解だった。……借りは返す……からな!」
それだけ言うと、鬼神は五奇の手を珍しく優しく引き離してゆっくりと立ち合がると、五奇の部屋を後にした。




