それぞれ
里へ正面から入って行った鬼神と空飛もとい黒曜は、その静けさに警戒心を上げていた。
「さて? どこから何が来る?」
どこか愉しげな黒曜の声色に、鬼神が舌打ちをする。
「チッ。おい、気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」
彼女がそう言った瞬間だった。唸り声とともにあの時の白い虎、虎雷雅がこちらへ突撃して来た。
「来たか! 貴様らの正体、吐いてもらうぞ!」
黒曜が先陣を切り、虎雷雅が振り下ろした拳を蔦で受け止める。
「なるほど、先程とは少し違うようだな? 半妖に鬼憑きよ!」
軽やかな動きで近くの屋根に飛び移った虎雷雅が咆哮を上げれば、四方からあの時のフードの三人が現れ二人を包囲した。
「……やっぱ、囲まれるよなぁ? おい、黒曜!」
鬼神が声をかければ、黒曜が頷く。
「儂の力をみせてやろう……! 常夜の宴!」
黒曜の足元から黒い影が広がっていき、無数の蔦が放出され虎雷雅達に向かって行く。それを虎雷雅達は右へ左へとかわしていく。
「ほう?避けるか……。だが、この程度の量ですむと思うな!」
蔦の量を一気に増やす黒曜に対し、そのそばにいて待機している鬼神が小さく言葉を漏らす。
「……五奇、等依。うまくやれよな……」
****
その頃。
里から少し離れた、使われなくなって久しいだろう水路跡を五奇と等依は進んでいた。真っ暗でかび臭い中を、心もとないペンライトで照らす。足元がぬかるむ。
「……鬼神さん達うまくやってるかな?」
心配そうな声色で呟く五奇に、等依がいつになく真剣な声色で答える。
「……黒曜の力がどれだけ戻っていても半妖は半妖っスからね……」
そこで言葉を区切ると、等依が先を進む火雀応鬼に声をかける。現在の火雀の姿は省エネモードの雀の姿だ。
「火雀ー。汀様の気配はあとどんくらいっスかー?」
火雀が二回鳴く。
「ふーむ。あと三キロくらい進むと、汀様の気配が一番濃いところに着くっぽいスね」
あっさりと読み解く等依に、五奇は感心する。
(凄いな……本当に等依先輩は。なのに、退魔術式が使えないなんて……信じられないな)
「五奇ちゃん、そろそろっス。武器、構えといてー」
「あ、は、はい!」
等依の言葉で五奇は参弥と輪音を構える。呼吸を整え、備える二人と二体の鬼の前に開けた空間が現れた。
人工的に切り開かれた壁、申し訳程度に開いた天井の穴から漏れ出る光、その奥にはめ込まれた鉄格子の中に鎖で繋がれた汀が横たわっていた。
「汀様!」
思わず声を上げる五奇と珍しく鋭い目つきをする等依の耳に、笑い声が響いてきた。
「あははは! 来たね~待ってたよぉ~? い・つ・き・く・ん♪」
その声の主に心当たりのある五奇は、顔を強張らせ息を飲んだ。声の主はゆっくりとどこからともなく姿を現した。
「久しぶり~♪ 元気そうでなによりだよ~? ボクのこと覚えてるよ・ね?」
父、忍の精神を破壊し五奇の人生を大きく狂わせた……ロリータドレスに身を包んだ男、一すずめが邪気しかない笑みを浮かべていた。




