黒曜
五奇の周囲に半円形の透明なバリアが形成され、黒い蔦が五奇に近づくたびに弾かれ、消えていく。
それを見た少年は少しだけ口角を上げ、
「ふぅん? 退魔術式ってそういうのもあるんだね。上で遊んだヤツらのは、つまらないのばっかりだったのに……。本当に僕の周囲は面白いね……。羨ましいな。羨ましいなぁ!」
地団駄を突然踏み出したかと思うと、大声で叫び始めた。
「なのにさぁ! どうして僕はこんなに不幸なんだ!? 僕を虐めてくるヤツらばっかりでさぁ! どいつもこいつも……だから……!」
急にトーンを落としたかと思うと、静かに囁くように少年は声をもらす。
「だから……みんな殺してやったんだぁ……」
ニタリと笑うと少年は更に黒い蔦の数を増やし、五奇が出した円盾を破壊すべく、次々と攻撃を仕掛けてくる。
(これ……出したはいいけど、いつまで保てるんだ? いずれにせよ、祓力を消費するのは確かなはずだから……)
五奇が必死に次の手を考えている間にも、攻撃は続く。
(なにかないか!?)
その時だった。見知った半透明な鬼が少年目掛けて殴りかかった。
「あれは! 百戦獄鬼!?」
思わず声を上げれば、エントランスに鬼神、等依、空飛が入って来た。
「五奇! 無事か!?」
「うわぁ……なんスか、これ? てか、あの少年って……?」
鬼神と等依の背後で、空飛が顔面蒼白になっているのが見えた。
「俺は大丈夫だけど、空飛君……」
百戦獄鬼に殴られ、吹き飛ばされた少年は、よろよろと立ち上がりながら空飛に向かって声をかける。
「おやぁ? 来たねぇ僕? さぁ、そろそろ殺し合おうよ!」
やけに親しげに言う少年に空飛が、
「な、なんなんでございましょうか……? 知らないでございます! 僕は、僕は、僕は! 貴方など知りなどしないでございます!!」
明確な拒絶に、少年は奇声を上げた。
「あひゃひゃひゃひゃ! そう! そう言っちゃうんだ!? じゃあさ、教えてあげるよ! 僕は日暮サーシャ! 黒曜の別たれし魂の片割れにして、転生体! ここまで言えば――わかるよねぇ?」
そして、少年ことサーシャは百戦獄鬼の横を通り過ぎて、空飛の目前に立つ。あまりにも早すぎて、みんな反応できなかった。
「やぁ僕。とりあえず……よろしくね?」
あっという間の出来事に五奇達はあっけにとられる。サーシャが空飛の首元にナイフを突きつけたのだ。
「……っ! はなっ……れ、ろぉおおおお!!」
命の危機にいつもの丁寧口調が外れた空飛は、サーシャから距離を取ると足元から黒い蔦を身体に纏わせ、黒曜へと姿を変えた。
「……よくも儂のテリトリーに踏み込んだな!!」
「やっと本気になってくれたんだね! 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ!」
無邪気に喜ぶサーシャと、憤慨する空飛こと黒曜。そんな二人の間に入る余裕が、五奇達にはなかった。




