邂逅
「はぁはぁ……」
時間が経つにつれて荒くなる呼吸を整えつつ、五奇は封呪紋を確認した。
(うん、ちゃんと機能したままだ。本当に凄いな)
封呪紋とは、退魔術式の詠唱を短縮するためにあらかじめ術式を組み込んでおく技術のことで、トクタイに所属する退魔師の大半はこの技術を使っているとルッツから聞いた。
……神経が張り詰めていて気が全く休まらない。
(あれから何時間経ったんだろうか?)
試験が始まってから、数体の妖魔と対峙し戦った。強さはそれほどでもなかったが、五奇の祓力と気力を消耗するには十分だった。余裕はまだあるが、強敵が出てくればどうなるかわからない。
なるべく力を温存しながら道なき道を進んで行くと、しばらくして妙な気配を感じ取った。
足を止めて輪音を見る。
(鈴は一回鳴っている……けど、この気配はなんだ?)
困惑しながら、気配がする方へと慎重に近づき、すぐそばにある木の陰に隠れて様子を見れば、そこには試験会場で出会った少女がいた。
(あ。確か自分の事を「俺様」とか言ってた、態度の悪い女子!)
少女は大柄で毛むくじゃらな妖魔と対峙しているというのに、余裕そうに笑っていた。
「はっ! それ以上来てみな? どうなっても知らねぇーぞ!」
「小娘が! 死ねぇぇええええええ!!」
妖魔が左腕を少女に向けた瞬間だった。
「……はっ?」
五奇は小さく声を漏らした。妖魔の左腕が少女に触れようとしたと同時に吹き飛んだのだ。
妖魔の方も何が起こったのかわからなかったらしい。失った左腕をかばいながらたじろぎ、少女を睨みつけた。
「だから言ったじゃねぇかよ……知らねぇーぞってな……。俺様にケンカを売ったことを後悔しながら死んでいけ! 百戦獄鬼! やっちまえ!」
彼女の身体から半透明な"なにか"が現れ、妖魔に対して攻撃を仕掛けた。
「な、なんだ……あれ……」
茫然と見つめる五奇に気づくことなく、そのなにかは容赦なく、妖魔の脇腹を殴り、蹴り、暴力を加えていく。
「ぐはっ! ごは! ぐぎゃあああ!?」
汚い悲鳴を上げながら逃げようとする妖魔に対し、少女は冷たく言い放った。
「逃げようってか? はっ、ソイツは無理だぜ? 俺様の百戦獄鬼は、一度獲物を捉えたら始末するまで止まらねぇからよ!」
少女の言葉に戦慄する妖魔が、かわいそうにすら思えてきた五奇は思わず顔をそむける。
(な、なんなんだよアレ。あんなのって……)
悩む五奇の脳裏に、ルッツに言われたことが蘇る。
『いいかい? 五奇君。試験で"使用"される妖魔は、人間に害をなしたものばかりだ。中には同情したくなるような妖魔もいるかもしれない。だけれどね? そこで情けをかけたら……死ぬのは、君だよ?』
「……死ぬのは、俺か」
どうするべきか悩んだすえ五奇は武器を構えた。
「輪音セット! 壱銘、斬葬!」
"なにか"の攻撃から逃げようとあがく妖魔に向けて技を放った。妖魔は消し炭となり、五奇と少女と半透明な"何か"だけがその場に残った、少女は突然現れた五奇を睨みつける。
「てめぇ! なに人の獲物を横取りしやがる!? ぶち殺されてぇのか!?」
怒鳴る彼女に五奇も負けじと言い返す。
「横取りみたいになったのは謝る。だけど、あんな、しつこく攻撃することないだろ! 早くトドメを刺してやれよ!」
五奇の言い分に、少女は更に声を荒げる。
「あぁ!? 人のやり方にケチつけようってかぁ!? いいぜぇ……ここでぶっ殺してやるよ! 百戦獄鬼! おい! ……おい!」
少女が"なにか"を呼ぶが、反応がない。数分の沈黙の後、少女は盛大に舌打ちをし、五奇に言い放つ。
「ちっ、てめぇが人間だから反応しねぇじゃねぇか! クソが!」
少女は近くの石を蹴り飛ばし……。
「てめぇの顔は覚えたからなぁ! 横取り野郎が!」
暗闇の中、さっさとどこかへ行ってしまった。その背中を見つめながら、五奇は深く息を吐いた。
(恨みを買っちゃったな……。でも、見ていられなかったんだ。あんなのは……)
「見て、られないんだ……」
一人呟くと、五奇も少女と反対側の方へと向かう。願わくば、二度と会いませんようにと思いながら。