名前
「えっ?」
予想外の言葉に五奇が思わず声を上げると、灰児が続ける。
「五十土は彼と戦ったのだろう? その時に感じたことなどを訊きたいのだ! 頼めるか?」
そう頼まれれば、五奇には断る理由が見つからない。必死に思い出しながら、五奇は灰児達に自分がわかる範囲での話をすることにした。
「じゃ、じゃあ……話すけど。有益かどうかは保証できないよ?」
「有益かどうかは重要じゃないのさ! 五十土が何をどう感じたのかが重要なのだよ!」
どこまでも圧してくる灰児に、戸惑いながらも必死に言葉を紡ぐ。その時間は数時間にも及び、気付けば昼で明るかったはずの外は暗くなり夕方になっていた。
「うむ! 実にいい話を訊けた! 感謝する!」
「……いや、大した話はしてないし……。それに、俺はあいつに歯が立たなかった。なりたいよ……強くさ……」
うっかり初対面の相手にぼやいてしまったことに気づき、慌てて弁解しようとする五奇に向かって、ずっと黙っていた輝也が口を開いた。
「五十土。お前の言う強さとはなんだ?」
そう問われれば、五奇にもわからない。何も言えず、閉口していると灰児が、
「うむ! 人によって望む強さはそれぞれだからな! 共に精進しよう!」
五奇の肩に手をやり、そう言う灰児の笑顔がまぶしく感じる。そんな風に思っていると、灰児が話題を変えた。
「そういえば、貴方の名前は実にイイな!」
「へっ?」
予想外すぎる言葉に、五奇は思わず間抜けな声を出してしまう。だが、灰児はそんなことを気にせず続ける。
「うむ! 退魔術式が五行思想に基づいているのは知っているだろう? その思想の"五"に倍数の"十"そして、五行の一つ"土"が入っている! さらに"五"が続き、不思議や神秘を意味する"奇"まである! こんなに縁起の良い名を訊くのは初めてだ!」
なぜか嬉しそうに灰児は笑うと今度は顎に手をやり、
「だからこそ不思議だ! なぜ"土"ではなく"金"なのだ? とても不思議だ!」
「それってどういう意味なんだ?」
五奇が訊き返せば、灰児が笑顔で答える。
「貴方が使うのは金の術式だと聞いているからな! 少し気になったのさ!」
言いたいことだけいうと灰児は突然一人納得したように声を上げる。
「うむ! まるでわからないな! だが、きっと意味があるのだろう! それでは、五十土! 傷が早く治ることを祈っているよ! ではな!」
「……灰児。せめて脈絡を持て。すまない、コイツはいつもこうなんだ」
輝也は深くため息を吐くと、
「……だいぶ時間を取らせたな。感謝する。ここで失礼するが……その。お前の求める強さが見つかるといいな」
「うむ! 輝也の言う通りだな! それではな!」
灰児はそう声をかけると、二人は今度こそ病室を後にして行く。それを見送った五奇は、喋りすぎた疲れを癒すべく、ベッドに横になった。
「縁起の良い名前なんて、初めて言われたよ。……そんなこと考えたこともなかったな」
そこで改めて、灰児に言われたことを思い返す。
(どうして、先生は俺に"金"の退魔術式を教えたんだろう?)
なんだか無性に気になって来る。あらゆる疑問が渦巻きはじめ、五奇は傷に触ると判断し考えるのをやめた。




