覚醒
向かい合う五奇と青年は、しばらくの睨み合いの後、動き出した。
「邪魔だ」
「お前こそ!」
青年の刃の猛攻が、五奇を襲ってくる。いなすので精一杯の五奇に対し、青年は挑発するかのように余裕たっぷりな様子で口を開く。
「本気を出してみろ、トクタイ。その程度なら、どのみちすぐ死ぬだろう。ここで死んでおけ」
それと同時に、容赦のない膝蹴りが五奇の腹部に入った。
「ぐはっ!!」
そのまま蹴り飛ばされ、地面に転がる五奇の様子に鬼神はというと、震えて動けずにいた。
(怖い、怖い怖い怖い怖い! 無理だ!)
「でも……このままじゃ……」
このままだと五奇は殺され、氷鶫も殺されるだろう。
「それは……ダメだ……」
(どうしたら、いい? 力が……百戦獄鬼が! チキショウ、なんで!)
「守りたいのに守れねぇんだよ……」
そう彼女が思った時だった。内側から"声"が響いてきた。
【守ると言ったな? それは真か?】
「この声は……?」
物心ついた時、初めて聞こえた声だ。あの時は恐怖が先行して、拒絶してしまった。だが、今は違う。
「あぁ言った! 守りてぇ!」
【ならば、我が名を呼ぶがいい。我は……】
それだけの短いやりとりだが、一人と一体にとっては十分すぎる時間だった。今まさに五奇に振り下ろされようとしている刃がスローモーションに見え、確実に捉えられた。
「百戦獄鬼!!」
鬼神が叫ぶと同時に、百戦獄鬼が彼女の身体から現れ、青年を勢いよく突き飛ばした。
「えっ……?」
何が起こったのかわかっていない五奇の元へ、鬼神が駆けよっていく。
「無事……じゃねぇな……。動くんじゃねぇぞ! 後は……俺様達に任せろ!」
「……俺様達?」
まだ困惑している五奇の身体を支えると、鬼神は百戦獄鬼に向かって叫ぶ。
「百戦獄鬼! ソイツを、ぶっ飛ばせ!」
【任された、我が主よ】
百戦獄鬼は、今までの暴走が嘘かのように鬼神の指示を聞く。その光景に、五奇は驚きを隠せない。
「どう、いう?」
「てめぇは休んでろ」
言って、鬼神は五奇の目を優しくふさぐ。その温かさと安心感に、五奇は意識を手放した。
「まさか、鬼憑きがいるとはな……。問おう、お前は人間か? 妖魔か?」
百戦獄鬼に散々にやられた青年が訊く。鬼神は眠った五奇をだいじそうに抱きしめながら答える。
「名前すら名乗れねぇようなヤツに、教える義理はねぇよ!」
「……そうか。なら名乗ることはしよう。名は李殺道だ。ではな、鬼憑き」
言うが早いか、青年、李殺道は身体から風を出し、その旋風に乗って去って行ってしまった。それを見送り、脅威が去ったと判断した鬼神が五奇の顔を優しくなでる。
「ほんっと、カッコ悪りぃ寝顔……ばーか」
そう呟いた後、彼女は自分の隣に佇む百戦獄鬼を見つめる。
(あぁ、そうか。そういうことかよ……。俺様が……いつも戦いを無意識に恐れていたから……互いに互いを拒絶していたから……お前も俺様も上手くいかなかったんだな)
ようやく理解できた鬼神は静かに百戦獄鬼に声をかけた。
「百戦獄鬼……今まで、ごめんな……」
【問題ない。我を主は認め、我も主を認めた故にな】
そう答えると、百戦獄鬼は彼女の中へと戻って行った。




