無知性妖魔
洞窟内に一歩足を踏み入れただけで、冷たい空気と数多の妖魔達の気配を感じる。低級であることはわかるが、齋藤の言葉の通り、その数が把握しきれない。
輪音の鈴が鳴り響くため、五奇に緊張感が走った。その様子を感じ取った鬼神と等依も警戒心を上げた。……未だ楽しげな空飛を残して。
「……おい、てめぇはもうちっと緊張感を持てや!」
たまりかねた鬼神が声を荒げると、空飛は、
「えっ? 緊張はしているのでございますが?」
「そういう意味じゃねぇんだよ!」
とうとう怒り出す鬼神を、等依と五奇がなだめる。
「まーまー、空飛ちゃんはこれがデフォってーことで!」
「今は仲間割れしてる場合じゃないからさ! 鬼神さんの気持ちはわかるけど! とりあえず、いつでも攻撃できる体勢に入って! ね!」
二人にたしなめられたため、鬼神は今にも掴みかかりそうだった両手をポケットにしまい、五奇の方へ視線をやりながら口を開く。
「ふん。おら、ノー天気バカは置いといてさっさと行くぞ!」
それを受けて五奇も再度緊張感を持ち直し前を向くことにした。その際、後方から、
「あの、僕はなにかしたのでございましょうか?」
という空飛の声が聞こえて来たのを無視して。
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洞窟内を進むこと数分で、洞窟の奥から次々と妖魔があふれて来た。その姿は、一様に身体が長く面のようなものを被っていた。
「うーん? こっれーが、"無知性妖魔"っちゅーヤツっスね~」
"無知性妖魔"。まだ解明されていない部分も多いが、妖魔の中でも低位で、本能のままに動物や……人を襲う存在のことだ。「巨大な"虫"みたいなもの」だと、以前ルッツに言われたことを五奇は思い出していた。
「こいつらを根絶やしにすりゃいいんだろ? やってやるよ!」
「僕も頑張らせていただきます。はい」
「そいじゃま~やるっスかー」
口々に声をあげる三人に五奇も深く頷くと、先陣を切って無知性妖魔の内の数体に向かって行く。
「参弥セット、ゴー!」
参弥のワイヤーブレードで一気に四体を斬り裂くと、続けて輪音で迫って来た一体を斬り捨てた。
「僕も行かせていただきます! はい!」
五奇の戦闘に触発されたらしい、空飛がノリノリで舞うように翅剋と羽刻で妖魔達を斬り裂いて行く。その様子に、鬼神も高まったらしい、祓力を乗せた拳で近くに寄って来た妖魔を殴る。
「ハッ! 俺様だってやれんだよ! おっらぁ!!」
得意げな彼女に、等依が口笛を一吹きする。
「お~みんなやるっスね~。オレちゃんは、どーすっかにゃー?」
等依の主武器である式神、火雀応鬼と氷鶫轟鬼はサポート向きだ。火雀が戦闘力が高く前衛向きで氷鶫が防御力が高く後衛向きという違いはあるが、それだけだ。
その時だった。五奇が真っ先になにかの"音"に気がついた。
「ん!? なんか、音が……足元から? ひび割れ!? あ! 鬼神さん! 危ない!」
五奇が叫ぶが、鬼神は戦闘に夢中で気づいていない。
「くっそ! 鬼神さん!!」
あわてて彼女のもとへ駆け寄るも、ひび割れはあっという間に広がり、足元が崩れ落ちて行く。
「なっ!?」
ようやく鬼神が気づいた時には、五奇が彼女を抱きしめ、そのまま落下していた。
「五奇ちゃん、鬼神ちゃん!!」
等依の声と、冷たいなにかに支えられている感覚に包まれながら、二人は深い底まで落ちた。




