退魔師
「うっうぅん?」
五奇がゆっくりと目を覚ますと、白い天井が見え、自分がベッドに寝ていることに気づいた。鉛のように重たい身体を起こそうとしたが上手く動かせない。仕方なく、左右に顔を動かそうとした時、左横から声が聞こえてきた。
「目が覚めたようだね? 自分の名前、わかるかい?」
五奇が顔を向ければ、白いマントの男が腕を組んでパイプ椅子に座っていた。
どこまでも優しくて心地いい声が、逆にあの出来事が現実だったのだと理解した。男は、五奇の様子を見ながら、再び声をかけた。
「もう一度訊くよ? 君の名前は?」
「……五十土五奇、です。あの、父は?」
ようやく答えた五奇に対し、男は言いにくそうに顔を伏せながら口を開く。
「五奇君。残念だけれどお父さんは……」
「そんな!」
なんとか上半身を起こし、ベッドから出ようとする五奇を、男が制止した。
「おっとと! まだ起きてはいけないよ? 君は"妖魔"の攻撃を食らったんだからね?」
聞きなれない単語に、思わず五奇は訊き返す。
「"妖魔"って?」
男は優しく五奇を再度ベッドに寝かせてから、説明を始めた。
「まず、ここは"特殊対妖魔殲滅部隊"、通称:トクタイと提携している病院でね? 君達は"妖魔"と呼ばれる人外の存在により攻撃をされ、君は二日間寝込んで、お父さんの方は、精神が破壊されてしまったのさ」
「なっ……あの父さんが? 壊されたって、どういう!?」
「簡単に言うなら、自我がない状態かな?」
(信じられない! 信じたくない!!)
だが、あの時の父の姿を鮮明に思い出して、気付けば五奇の目には涙が浮かぶ。その様子を見て、男が声をかけた。
「もう元には戻れないだろうね。人の心と言うものは、一度壊れてしまえば戻ることなどないのだから。それでだよ? 君は、このままでいいのかい?」
五奇は涙を拭い、声を絞り出す。
「いいわけ、ないだろ!」
その言葉を聞いて、男が深く頷きながら告げた。
「なら、こう提案をしようか。五奇君、"退魔師"にならないかい?」
「"退魔師"?」
訊き返した五奇に、男が答える。
「そうさ。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね? 僕はルッツ。しがない退魔師さ」
男、いやルッツは優しくもう一度五奇に尋ねる。
「お父さんの仇を討ちたくはないかな?」
「……そもそも"妖魔"とか"退魔師"とか……意味、わかんねぇよ!!」
とうとう耐え切れなくなった五奇は思わず八つ当たり気味に叫んだ。だが、ルッツはより一層優しい声で話しだした。
「"妖魔"というのは、さっきも言ったように人外の存在……わかりやすく言うなら、"妖怪""悪魔"そう言った魑魅魍魎のことさ。そして、それに対抗しうる力、"祓力"という、人が生来持つ浄化の力を駆使して、戦う者達を総じて"退魔師"と呼ぶのさ。君にはその資格がある。どうするかい?」
問われた五奇はしばらく考えた後、決意した声で答えた。
「……なります。俺、退魔師に! なります!」
****
(あそこから始まったんだな)
あれから三年の月日が経った。ルッツを師として修行を積んだ五奇は、いよいよ、トクタイへの入隊試験へと挑むことになった。
時刻は午後八時をまわった頃。黒樹市の郊外が試験会場だ。
腰に着けた二つの武器を交互に撫でる。これは三年間の修行で手に入れた五奇専用の武器だ。
一つは、参弥という名のワイヤーブレードが付いたリボルバー式の拳銃剣で、もう一つが、輪音という"封呪紋"が刻印された刃と柄に鈴が付いた、カートリッジ式の細身の銃剣だ。
参弥が物理攻撃に特化しており、輪音が"退魔"用に特化しているのが特徴だ。
どちらも扱いに慣れるまで時間がとてもかかった。だからこそ、愛着もあるし信頼も置いている。
「よし! 行くか」
一人呟くと、五奇は自分の顔を両手で二回叩き、足早に会場入り口へと向かった。トクタイの隊員らしき人物達が、お揃いの黒い隊服に身を包んで立ち、案内をしていた。
「こちらが試験会場になります。受験者は並んで入ってください!」
指示に従い、会場内に入って行けば、中には百人ほどの若者達が、広い闘技場のような場所に一同に集まっていた。
(すごい人数だな……。ここから残れるのは、半分か)
定員は五十人。その事実に、自然と姿勢を正す五奇の背中が、勢いよく誰かに押された。
「うぉ!?」
衝撃でふらつきながら、押してきた相手を見れば、そこには桃色のショートヘアに金眼の、目つきがやたらと鋭い、同い年くらいの少女がいた。
少女はこちらに気づくと、睨みながら、予想より低い声で威圧してきた。
「あぁ? 俺様になんか文句でもあんのか?」
その声色に、五奇も何か言い返そうかと思った時、会場の照明が落ちて中央にスポットライトが当たった。だが、そこには誰もいない。ザワつく場内に女性のアナウンスが響く。
『これより、試験を開始します。受験者の皆様は、このライトが照らしている方向にご注目下さい』
言われた通りに視線をやれば、しばらくして身体が宙に浮くような感覚に襲われて、ゆっくりと意識が遠くなる。
『それでは各自の健闘を祈ります』
どこまでも無機質なアナウンスが耳に残った。