『爆炎の妖魔』
最初に異変に気付いたのは、五奇だった。輪音の鈴が激しく鳴る。
「空飛君! なにか、来る!」
二人が今いるのは、住宅街から離れた河川敷だ。人避けの術式が組み込まれた札を周囲に飛ばす。札の数で範囲が変わるため、正確な範囲はわからないが、少なくとも住宅街まで被害が及ぶことはないと五奇は判断した。
「ど、どこから来るのでございましょうか!?」
二対の短刀を構えながら、空飛がそう言った瞬間だった。赤い炎の塊、いや、よく見れば人の形をしたなにかが勢いよく空から炎を纏って二人に向かって炎の弾を放った。
慌てて距離を取ると、二人はなんとかその攻撃を避けた。炎を纏ったそれはゆっくりと地面に穴を開けて着地した。
「おォー? これを避けるかァ!! いいなァ、小僧共よォ!?」
それは心の底から愉しそうに声をかけてくる。
「お、お前は!? いや、お前が『爆炎の妖魔』!」
五奇が叫べば、『爆炎の妖魔』は口元を歪める。全身に炎を纏っているが、人型であること、男であることはわかった。
「『爆炎の妖魔』とはァ、オレのことだァ! それにしても……いいねいいねェ!」
愉快そうに男は笑う。だが、隠そうともしない殺気に、五奇と空飛はより警戒をしながら『爆炎の妖魔』と対峙する。
「お前の目的はなんだ! なぜ人を襲うんだ!?」
五奇が怒りを込めた声でそう訊けば『爆炎の妖魔』は、いたって普通のことのように答えた。
「あァ? んなもん決まっているだろうがァ? つえェヤツと戦うためさァ! んでェ? 坊主共はどうなんだろうなァ!!」
大声をあげ、妖魔が勢いよく右腕を地面に向かって振り下ろした。円形状に炎の波が現れ、二人を襲う。
「うわ!?」
「あひゃあ!」
五奇と空飛は炎の波を避けるように距離を更にとり、妖魔の技を回避した。だが、気付けば妖魔は五奇の目の前にいて、右の拳を振り上げていた。
「なっ!?」
慌てて五奇は参弥で攻撃を防ぐが、勢いが凄まじく後方へと吹き飛ばされてしまった。
「五奇さん! くっ! 行かせていただきます! 黒曜抜刀術! 双十字斬!」
負けじと空飛が技を放つが、妖魔は炎の壁を出し、防いだ。
「そんな!?」
「そんな!? じゃねェんだよなァ! ってあァ? 坊主、半妖かァ! おもしれェー!」
『爆炎の妖魔』は面白い玩具を見つけた子供のように無邪気な声をあげ、空飛に向かって無数の炎の弾を放つ。
「う、はっ! うわぁ!?」
それをギリギリでかわす空飛の隙を突いて、妖魔の拳が空飛の腹部へと入った。
「がはっ!?」
あまりの衝撃に苦しげな声をあげる空飛に、妖魔は容赦なく炎を放つ。空飛の身体が炎に包まれた。
「空飛君! くっそぉおお!!」
汀の身体強化の加護を受けている上、半妖である空飛なら炎にもいくぶんか耐えられるだろうが、それでも危機であることにかわりはない。
「はっ! 他愛もねェな、と!」
空飛に気を取られている隙をついた五奇の刃は、あっさりとかわされてしまった。
「くっ! なら、これでどうだ! 参銘、閃牙!」
一番攻撃力が高い技を繰り出したためか、妖魔は川の方へと吹き飛んでいく。
(よし! 早く空飛君を助けなければ! 生きてる、よな?)
そう思考を巡らせ空飛に近寄ろうとした瞬間、川の中から体勢を立て直した妖魔が現れた。
「嘘だろ!? 炎なら水って! えぇい、クッソ!」
「ふはははは! 今のは悪くなかったぜェ? だが、終わりだァ……。最大出力!」
妖魔の全身から炎が上がり、塊となって五奇達がいる場所に勢いよく接近してくる。
(まずい! ど、どうしたら!)
パニックになりながら、妖魔の攻撃をなんとかしようと武器を構え直した時だった。横から、聞きなれているのに聞きなれない口調が耳に入ってきた。
「ふん。この程度、儂にかかれば造作もなし」




