表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/113

失われた日常

 遅刻した五奇(いつき)は放課後、担任に呼び出され事情を()かれたが、黒武(こくぶ)(あつ)を思い出し、適当にはぐらかした。そのため、帰宅できたのは夕方だった。

 なんの部活にも入っていない五奇(いつき)にとって、こんなに遅くまで学校にいたのは珍しかった。


(今日は変わった日だなぁ)


 という感情以外思い浮かばなかった。ため息を()きながら、玄関の扉を開け、中に入る。


「ただいまー父さん。……父さん?」


 ──何かがおかしい。

 五奇(いつき)が異変に気付いたのは、リビングに着いてからだった。

 

(……静かすぎないか? 父さん、家にいるときはテレビつけっぱなしなのに)


「とう……さん? どこに、いるんだ、よぉ~?」


 弱々しい声で父を呼びながら隣の仏間(ぶつま)まで向かうと、中からブツブツと父の声が聞こえてきた。ホッとした五奇(いつき)はふすまを勢いよく開けた。


「父さん! いるならいるって言ってくれ……よ? えっ?」


 しかし、そこにいたのはいつもの優しく頼れる父の姿ではなく。

 (うつ)ろな目、正座をしながらも宙をさまよう両手、そして……。


三月(みつき)……三月(みつき)ぃぃ。あ、あ、あ、三月(みつき)ぃぃぃぃ……」


 ただただ亡き母の名前を呼ぶその声に、五奇(いつき)は言葉を失った。思考が全く追いつかない。


(はっ? え、何が起こっているんだ?)


 声を出すまでに数分かかった。五奇(いつき)は力を込めながら、父に呼びかけた。


「父さん! しっかりしてよ、父さん!」


 だが、反応は全く帰ってこない。


「な、なんだよ! なんだよこれ!?」


 五奇(いつき)の動揺がピークに達した時だった。さきほどまで誰もいなかったはずのリビングから、聞きなれない声が響く。


「おっかえり~♪待ってたよぉ~♪もぅ! あまりにも遅すぎたから、()()()()()()()()()()()()()()♪」


 慌てて父から視線を外しリビングの方へと向き直ると、そこには長い金髪を三つ編みにし、ピンクのロリータドレスを着た若い女がいた。


「あ、ボク可愛いでしょ? でもね~男なんだよね♪お・と・こ♪」


 現実離れしたこの状況の中で彼は不気味なほど陽気かつフレンドリーに、五奇(いつき)に向かって声をかけた。


(怖い……なんだよ、コイツ……)


 いまだ母の名を呼ぶ父を(かば)いながら、五奇(いつき)は勇気を振り絞って男に向かって声を張り上げた。


「なんなんだよ! お前が父さんをこんな風にしたのか!?」


「うん、そうだよ? どう? イイ感じでしょ?」


「なっ!?」


 悪びれるどころか笑顔で答えた男は、あっという間に五奇(いつき)の近くまでやってきて、心の底から嬉しそうにとんでもない言葉を発した。


「うん、その顔もいいな~♪ その赤みがかった茶髪といい……左目の泣きぼくろといい……。キミ可愛いね? ()()()()()()()()()()()?」


 五奇(いつき)が言葉の意味を理解するのに、数分かかった。


「はっ?」


(殺す? 殺される? 俺が?)


 思わず相手の目を見れば、悪意しか感じない笑顔が返ってきた。


「ん~? なあに?」


(本気だ……本気で、殺す、気だ)


 脳が理解した途端、身体(からだ)が恐怖で震えてきたのがわかった。


(どうしよう? どうしたらいい?)


 パニックになっている間にも、男はとてつもなく愉快(ゆかい)そうに言う。


「じゃあまずは、その心から殺してあげようかな~♪」


 あっさり告げると、胸元から振り子を取り出し、五奇(いつき)の目の前で揺らしだした。それを見た途端猛烈(もうれつ)五奇(いつき)の頭が痛み出した。


「う、うぅ……うわぁああああ!?」


 あまりの痛さに、思わず両手で頭を押さえれば、男は不思議そうに首をかしげる。


「ありゃりゃ? もしかしてキミ、()()()()? へぇ……」


 男の目に鋭い光が宿る。だが、五奇(いつき)は気づく余裕がなく苦しむしかない。いよいよ痛みの限界が来た時だった。突然、仏間(ぶつま)の窓が割れたと同時に頭の痛みもなくなった。


「はぁ……はぁ……一体なにが?」


 目に涙を浮かべながら五奇(いつき)が顔を上げれば、白い布が守るようになびき、長い茶髪に右目に眼帯を付けた、黒いライダースーツの男の姿が見えた。


「大丈夫かい? 少年」


 優しく声をかけられたが、なにが起こったのか理解できず、五奇(いつき)はただただ(うなず)くことしかできなかった。白い布もとい、白いマントの男は五奇(いつき)に向かって優しく微笑みながら言う。


「さて、どうしようか?」


 ロリータドレスの男の前に立ちはだかった。さきほどまで余裕ぶっていた男は表情を変えて、たいそうつまらなそうに告げる。


「あ~あ~。トクタイかぁ……。お兄さんは好みじゃないし、撤退するかなぁ~。じゃあね~♪」


 それだけ言い残すと、黒い影に包まれてロリータドレスの男は姿を消した。


「えっ!?」


 驚く五奇(いつき)に対し、白いマントの男は言う。


「空間転移持ちだったか。逃げられたね、どうするかなぁ。……君も、そちらの男性も無事じゃなさそうだね?」


 立て続けに色々起こったため、返事を返せない五奇(いつき)と、どう見ても異常な状態である父の姿を見て男はが尋ねる。


「立てるかい?」


 そう声をかけれられて、五奇(いつき)は全身から力が抜け、意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ