その身をもって
前を行く灰児の背中を追いながら、鬼神と美珠は微妙な空気に包まれていた。なんせこの二人、会話らしい会話をしたことがないのだ。
それに加えてマイペースな灰児が一人で先導していくため、取り付く島もない。
そんな空気を壊したのは、妖魔達の気配が濃くなってきてからだった。
「む! この気配、覚えがあるぞ! 佐乃助とやら! いるのであろう! 出てくるがいい!」
灰児が声を発すれば、目の前にいつの間にか彼は現れていた。
「思ったより遅かったですね? 蒼主院の方。まぁこちらとしては助かりますが」
「はっ! 何をしようとしているのか知らねぇが、ぶっ飛ばす!」
挑発する鬼神に対し、佐乃助は全く動じない。彼は静かに告げる。
「かまいません。どうせ、ここで終わるのですから。全ては……我が一族の悲願のために。さぁ贄を喰らいなさい」
佐乃助の周囲を黒い霧が包む。そして晴れた瞬間そこにいたのは、首と腕が鎖で繋がれた異形の怪物だった。
「はぁ!? ありゃなんだ!?」
叫ぶ鬼神に対し、灰児もわからないと言った様子で困惑している。その時、答えたのは美珠だった。
「わっちの推測ですが、あの虎雷雅達のようにその身に妖魔を降ろしたのでは? そうとしか考えられないでありんす」
「ふむ。だがそれでは、あの男の身体が持たないのではないか? 死んでしまうぞ!」
灰児の言葉に、鬼神が苦々しい顔で答えた。
「そのつもりなんだろうよ……。ちっ! 気に入らねぇぜ……家のために命ってかぁ!? あぁ!?」
彼女の叫びも虚しく、異形の怪物となった男だったものは咆哮を上げながら襲ってきた。
「ぐがががががががががが!」
金切り声を上げ、がむしゃらに突進と雷を放ってくる。
「おいおい! こんなん無理だろ!」
百戦獄鬼を出し、なんとか攻撃を避ける鬼神が叫ぶ。それに灰児が答える。
「確かに鬼神乙女の言う通りだな! これでは私も技を放ちにくい! 美珠! 何か手はないか!?」
話を振られた美珠が回避行動を取りながら、答える。
「わ、わっちの技は回復系がメインでありんす! 戦闘では、せいぜいこの特製の数珠術くらいしか……!」
「ふざけんな! 回復なんて今……ん? 待てよ……?」
鬼神は何か思いついたようだったが、攻撃が激しくなり伝えている暇がない。
(どうする? 今の……俺様になら、できるか?)
ふと五奇と会話した時の言葉が蘇る。
『俺は、鬼神さんを人間だと思いたいよ』
知らずに口角が上がる。
「っは。アイツがいねえ前で良かったぜ……!」