その日は 【表紙イラスト有り】
読みに来てくださり、ありがとうございます！
現代ファンタジーものになります。
序章は主人公視点から始まりますが、章が続くにつれて群像劇になっていきます。
それをご了承の上楽しんでいただけると嬉しいです。
表紙イラスト：梅咲しゃきこ様（https://twitter.com/Ume_syaki）
――その日はちょっと変わった朝だった。
まさか、あんなことが起こるなんて……。
＊＊＊＊
（父さんは休みだけど、俺には学校があるんだよなあ……）
こんがり焼けたトーストを食べながら、男子高校生、五十土五奇はぼんやりそう思った。
休みなのだから自分が朝食を作ると言う提案は、父に却下された。曰く、「お前は料理が下手だから」と。
（俺……そんなに下手かなぁ……？）
確かに、五奇がやると目玉焼きですら真っ黒に焦げるし、みそ汁はとてつもなく甘くなるのだが。
そんなことを考えていると、あっという間に登校時間が迫っていた。
「あ、父さん。俺、もう行くわ。ごちそうさまでした！」
それに気付いた五奇は慌てて牛乳で最後の一切れを流し込むと、椅子から立ち上がり、鞄を持った。
「慌ただしい奴だな……。気を付けて行ってこいよ！」
「わかってるって……行ってきます！」
父への返事もそこそこに、五奇は急いで玄関へ向かい、靴を履く。
「五奇」
すると、後からやってきた父に呼び止められた。
「なんだよ。急いでんだけど？」
「……墓参り。帰ってきたら行くぞ」
父の言葉に、靴紐を結んでいた手が止まる。
「えっ？ だって、母さんの命日は今日じゃないだろ？」
思わず訊き返せば、父は顔を伏せひどく寂しげな声色で言った。
「今日は、父さんと母さんの結婚記念日なんだよ。……わかったな？」
「あ、う、うん」
父の気迫に圧され、返事をした五奇は今度こそ靴紐を結び終え、玄関を開ける。小さく手を振る父の姿が、印象的だった。
＊＊＊＊
（そっか……結婚記念日、か……）
まだ高校一年生である五奇には、その大切さがピンと来ない。
（でも、きっとかけがえのないものなんだろうな……）
そう思いながら、閑静な住宅街を抜けて、小走りで信号を渡り、人通りの少ない朝の公園を通りすぎようとした時だった。
「ん？ なんだアレ？」
茂みから人の足のようなものが見えた。五奇は目を見開き、どうしたものか少し考えてからその茂みに近寄って行った。
「あ、あのー大丈夫ですか？」
茂みをかき分けてみると、そこにはグレーのスーツを着た四十代くらいの男性があおむけになっていた。
「ううっ」
小さく声を漏らす男性を見て、五奇は慌てて駆け寄る。
「どこか怪我でも……？ あ、あの！ 救急車呼びますんで！」
そう声をかけながら、スマホを取り出すと、男性が手で制止した。
「うっ……待ってくれ……。秘書に連絡を、して、くれないか？」
言われて手渡されたのは名刺だった。そこには『黒樹市長秘書 黒武百合芽』と書かれており、ようやく五奇は、この人物が市長であることに気づいた。
「えっ、でも！ あの、市長さんなら尚更……」
「頼む……。あまり大事にしたくないんだ……」
市長に懇願され、仕方なく五奇は指示された通りに電話をかける。しばらくして女性の声が返ってきた。
「あの！ 黒武さん……ですか？」
『そうですが、どなたでしょうか？』
訝しげな女性の声色に、五奇はとにかく事情をと思い、自分がわかる範囲のことを伝えた。場所、市長の状態などなど。
ひと通り話を聞いた電話の相手、黒武は電話口で冷静に答えた。
『状況はわかりました。五十土五奇さん、でしたね？ 後は我々にお任せ下さい』
「任せるって言っても……」
『問題ありません。もう着きましたから』
「えぇ!?」
辺りを見渡せば、黒いバンが一台公園に着いたのが見えた。そのドアが開き、濃い緑のパンツスーツに金髪のお団子ヘアの女性が現れた。
ヒールを響かせながら、こちらへあっという間に寄ってきた女性は五奇に声をかけてきた。
「感謝致します。ワタクシが先程電話を頂いた黒武と申します。後はお任せ下さい」
黒武の威圧するような声に、五奇は小さく返事を返す。
「は、はい……」
（いくらなんでも……俺への態度ヒドくないか？）
不満を抱えつつも、遅刻確定であることを悟った五奇は気落ちしながら学校へと向かった。
