没落令嬢と極まる~星花女子プロジェクト第10期没案~
日本で有数の資産家「出来家」の当主が失脚したというニュースを聞きつけた。大物政治家との癒着が大々的に報道されてしまったのが原因だ。我々の世界では少なくない話だが、やはり世間の目に晒されると、いくら権力者といえどその地位は揺らいでしまうものだ。
私は今日の仕事をひと通りキャンセルし、出来邸へと急行した。有り体に言えば「死体を漁りに来た」のだ。手を離れてしまうであろう金品や情報などを手に入れるためだ。私の他にも、何人か知った顔が見える。おおかた、私と同じ理由だろう。
「もう、終わりですのね……」
当主の書斎で高級ブランドの腕時計を品定めしていると、背後から一人の少女が近づいてきた。この家の令嬢、出来泰夢だ。
「玖乙は運が悪かった。それだけの話だよ」
「……あなたも、出来家から……我が家から全てを奪っていくんですの?」
「ああ。それが、この世界の常というものでね。ここで出会ったのも何かの縁だ。君も持って帰るとしよう」
「それは……」
「メイドとして雇ってあげよう。君も出来家の人間だ。作法くらいは理解しているだろう?」
「……どうせ他に行くあてもありませんの。よろしく……お願いしますわ」
◆
出来家は潰えた。その日から少女には「出来泰夢」の名を捨てさせ、娘であるせつなの専属世話係であり姉「三瓶ときわ」として過ごさせた。「刹那」の対比として、私自ら名付けた。
「お姉様、見ていてください」
「ええ、見ていますわ」
せつなの放ったダーツの矢は瞬く間に的の中心近くを射抜いた。これも、日々の練習の成果か。
「どうですか!?」
「お見事ですの」
少女を迎え入れてから数年の月日が流れた。存外、姉妹関係も良好なようだ。もうすぐ「約束の日」だというのに、せつなはすっかり少女に懐いてしまった。
◆
「お父様!」
自動ドアにぶつかりそうな勢いで駆け込んできたせつなに、胸倉を掴まれてしまった。
「そんなに血相を変えてどうした」
「こんな話聞いていません!」
「誰かから聞いたのか」
「お姉様はどこですか!」
「姉役としての彼女の役目は終わった。もう『お姉様』と呼ぶ必要は無い。……せつな。もとより彼女がお前の本当の姉でないことは伝えていたはずだ」
「答えになっていません!」
少女との約束。それが「十五歳の誕生日に解体し、臓器移植のドナーを待っている世界中の人々の助けになること」だった。生まれ育った家と共に生まれてきた意味も失っていた少女にその意味を付加させてやること。それこそ、私の使命だと、三瓶家にやってきた頃の彼女は宣った。
私は、その約束を忠実に守ったまでだ。
「……っ! ……あの部屋ですかっ」
せつなは私を突き飛ばし、電子ロックが施された扉へと一直線に向かっていった。
「無駄だ。よしなさい」
「アアアアアアアアッ!」
ダーツの矢を逆手に持ち、突っ込む。そんなもので、こじ開けようとでもいうのだろうか。
まさに接触しようというその時、扉が開き、中から今回の担当医が現れた。
「主君様。滞りなく、全ての工程が終了しました。どの臓器も水準を満たしております」
「……すぐに輸送の準備を始めろ」
「承知しました」
「あ……。……お……お姉様…………」
『私は人の役に立てる。病気で困っている人々は救われる。お父様は名誉と報酬が得られる。win-win-winの関係ですの』
『本当に、それでいいのか。私の本当の娘として暮らすことも、私は構わないが』
『私の体で助かる命があるのなら……この世に肉体を持って生まれてきた意味がありますの』
走馬灯……とは違うのだろうが、もうあの少女はいないのだと理解した瞬間、彼女と約束を交わしたあの時の会話が脳裏に再生された。悪い子ではなかったのだがな。……いや、悪い子ではなかったからこそ、なのかもしれない。
「……せつなよ。悲しむことはない。人生とは、一期一会の連続だ」
「…………」
「私はもう、仕事に戻る。お前も、早く学校へ行きなさい」
「…………」
返事は聞こえなかった。無理もない……か。
私は三瓶主君。周囲からは「滑走路の大王」と呼ばれている。
今こそ、ここに宣言しよう。
これにて、一人の少女の物語が終わりを迎えたことを。