05:これってアニメの第1話だ!?
「……んん、ん?」
違和感を感じて起きた。……揺れてない? チャオの奴、コーボゥを停めたのか?
機体の首の後ろにあるコクピットハッチから外に出て荷台から辺りを見渡す。……やっぱ停車してるな。何かあったのかなと近くのドアから車内に入り居住区を通って運転席へ。
◇
「あれぇ?」
チャオがいない。ドアも開いたままだし。運転席のインパネに取り付けてある画面を見ると、車体側面にある格納庫が開いた状態になっているようだ。エアッサーでどっかに行ったのか? 取りあえずドアと格納庫を閉めて、車内電話からチャオの携帯端末に電話を繋ぐ。
数秒まって、呼び出し音。同時にそばから着信音。
Piriririri……Piriririri……
なんでアイツの携帯端末が助手席のシートに転がってるんですかねぇ!? 携帯ってのは携帯するから携帯なんだぞーう!(錯乱)
まあいいや、取りあえず走らせよう。こんな無防備に停めてたんじゃ、盗賊に盗んで下さいといってるようなもんだからな。チャオがエアッサーを持ち出してるなら、あれに付いてるGPSでコーボゥを追跡できるし。というわけでイクドー
エンジンをかけて、エアッサーが作動して車体が浮き上がったのを確認してからアクセルを踏み込む。速度は20キロ程度でいいだろ。
車体が動き出すと、外からの女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「んん?」
窓を開けて耳を澄ます……何も聞こえない。気のせいだったか。
気を逸らせていたせいで、岩にぶつかる。派手な音を響かせながら岩が粉々に砕けちり、衝撃でコーボゥが揺れるも全くの無傷。コーボゥは伊達じゃない!
「きゃあっ!」
おん? 今はっきり聞こえたよね? 外、しかも荷台の方からか?
窓から顔を出して後方へと振り返る。誰かいるっぽい。……女性か? いやでも何で荷台に? てか誰? こっからだと顔が見えない。いや見えたとしても絶対知らない人だろうけど。
誰だと訊ねようとしたした時、前方から複数のエアッサーが猛スピードで突っ込んでくるのが見えた。
「なんなの!?」
慌てて顔を引っ込めブレーキ。相手はちっとも減速しない。先頭のエアッサーを運転している派手なアイシャドウを引いている妙齢の女性がこっちを見て不敵な笑みを浮かべのが見えた。ぶつける気か!?
俺の予想は正しかったようで、相手はエアッサーを限界高度まで浮かせるとそのままフロントガラスに突っ込んでた!
「マジかよ!」
衝突! 衝撃!
だけどマシンガンすらはじき返す超硬度ガラスは、エアッサーなんぞものともしない。
しかもあの女性、ぶつかる間際にこっちに飛び移ったのが見えたぞ。俺が天井を見るのと、ドン! と何かが着地した音が視線の先から聞こえてきた。
「やっぱり飛び移ってきた!」
こんな状況で相手が何者かなんて考えるまでもない。多分、というか絶対こいつら盗賊だ。狙いはコーボゥとH・Rだろう。屋根に飛び乗ったあの女性の足音が荷台へと移動していく。
「まずはH・Rから奪おうって!?」
冗談! させるわけにはいかない。
女盗賊を追うために急いで運転を自動へと移行して運転席を出る。その際に携帯リモコンでドアをロック。相手の数が不明だからな、席を外している間に乗っ取られたらたまったもんじゃない。ってか何か原作1話を彷彿とさせる展開だなあ! ちょっとワクワクしちゃうじゃないか!
よし、せっかく似た状況なんだから携帯リモコンは仕舞わずに手に持っておこう。原作だとこのあとコレが大活躍するんだよな。
リモコンを握りしめながら、来た時とは逆の順路で荷台へと出た瞬間――
「動くんじゃないよ坊や!」
俺の後ろ、顔のそばからエレキセイバーの光刃が突き出てきた。コイツ、屋根の上で待ち伏せてたか!
光刃に触れないよう最小の動きで後ろを見れば、やはり屋根の上からエレキセイバーを俺に突き付けながらニヤニヤしているケバイ化粧の女盗賊の姿が見えた。
「盗賊かい? アンタ」
「だと言ったら?」
「ここら一帯で活動してる盗賊団があると聞いた。アンタらじゃないのか」
「そうさァ、見た目によらず頭がいいじゃないか坊や」
やっぱか。
「だとしたら、お前たちの狙いは――」
「そこのH・Rを積載車ごと貰いに来た」
ですよねぇ。あとこれ見よがしに光刃を左右に振るな。さっきから毛先がチリチリ焼けて焦げ臭いんだよ。
「そいつぁ困るなあ」
「安心しなよ。あたいらは困らないからさァ」
会話しながらどうにか反撃の機会をうかがう。
「姐さん! このH・R、ザコイアですぜ! 外装が違うが間違いない!」
いつのまにかH・Rの上にいた盗賊の男が俺のザコイア・カスタムを見ながら女盗賊に大声で言う。他にも乗り込まれていたか!
「ザコイアっていえば軍用H・Rじゃないか! しかも改造機ときたもんだ。こいつぁ高く売れるねえ!」
嬉しそうに返事を返す姐さんと呼ばれた女盗賊が手下の方を見やる。好機! 手に隠し持っていた携帯リモコンを操作する。こいつはドアをロックするだけじゃなく、車体の簡単な操作もできる。
例えばこんな風にブレーキを掛けたりな!
俺の操作に合わせてコーボゥが急制動をかける。反動で大きく揺れる車体。たたらを踏む盗賊たち。それは女盗賊も同じで。
俺に突き付けられていたエレキセイバーが大きく横にズレた瞬間、俺はすぐさま振り返って女盗賊のいる屋根へと跳躍。ズボンの縁に隠していたエレキセイバーを取り出して光刃を展開。女盗賊の胴をねらって切りかかる。だが――
「っ、なめんじゃないよ!」
チィっ、防がれた! 慌てて引き戻した女盗賊の光刃が俺の光刃の行く手を阻んだ。つばぜり合いのような格好で至近距離で睨みあう俺たち。
「反抗するんじゃないよ坊や! このあたい、カーマセ・ドッグが盗んでやるってんだからさァ!!」
「!?」
カーマセ・ドッグって言ったら『重鋼騎士レガート』の1話に出てくる盗賊団カーマセ一家の頭じゃないか! え、何? もしかして今の状況ってアニメの第1話に相当する展開!?
確かに似た状況ではあるけど! アニメでは詳しい場所とか地名とか出てなかったから分からなかったけど、ここだったのか!?
てか、だとしたら主人公たちもこの辺にいる……わけないよねえ! 主人公と同じ出身地産まれの俺が、年単位で探しても見つからなかったんだから。もう主人公はこの世界にはいないと思った方がいいだろう。主人公がこの場にいないのが何よりの証拠。
だとしたら、だ。原作ファンで原作オタクの俺が、こんな原作イベントの場に居合わせたらどうするのかなんて決まってる。
主人公ムーブするしかないよなあ!
主人公に代わって盗賊を追い払ってみせようじゃないか!
もう一度リモコンを操作して今度はアクセル。急に加速するコーボゥの動きに体勢を崩すカーマセをいなすと、彼女は「ギャア!」と悲鳴を上げながら屋根から荷台へと落ちた。
それを追いかけて飛び降りながらカーマセへと唐竹割り。「チョチョチョ!?」わたわたと後ろへと飛びのいて躱された。
「意外とすばしっこい!」
50代っぽいのに! とか考えながら追撃。
「今失礼なこと考えなかったかい? ええ、坊や!」
「若い子の言葉の裏を読むのは、年上の性かい!?」
「にゃにおう!?」
図星だったから挑発して見せれば、鬼のような形相で迎え撃つカーマセ。何合と切り結ぶ。さすがは序盤に現れる敵とあって中々の腕前だ。女だてらに中規模の盗賊団をまとめているだけはある。
が、こっちは任官を断ったとはいえ、正規の軍人と同じ訓練を受けた身だ。喧嘩殺法の剣筋で後れを取るほどやわじゃないんだよ!
カーマセの右肩、左肩、左膝、右膝へと突きを放つ。それをどうにか防ぐも向こうは防戦一方。カーマセの体に細かい傷が増えていく。この女盗賊が主人公サバとやりあえたのは、サバも自己流の剣術だったからに過ぎない。
「諦めて帰りなよ、オバサン!」
「オバッ!? お姉さんと言いな!」
「ごめんね年増のお姉さん!」
「口の減らないガキだね!」
「坊やと呼ばれるよりは、こっちの呼び方のほうが好きかな――っとぉ!」
横凪ぎに迫るエレキセイバーをバク宙の要領で後方にかわしてクレーンアームの近くに降り立つ。
「あわわ、こっち来た!」
「うん?」
クレーンアームの方から若い女の声がしてきたので横目でみれば、クレーンアームの先のカーゴに誰かが乗ってて……って、あれぇ!? ファンナノネ・ヤムじゃないのか!? あの子!
そう言えばアニメでもあそこにいたんだっけ! カーマセとの戦闘ですっかり忘れてた! うわ、何気に原作主要キャラと初遭遇じゃん! やったぜ!
「ファンナノネ・ヤム! そこで案山子ってないで手伝いな!」
カーマセがヤムに怒やる。
「小電気銃すら持ってないんだよ! どうやって援護しろっていうのさ!?」
「拳があるだろう!」
「無茶いわないで! 積載車は動いてるんだよ!? こっから降りられるわけないじゃない!」
「使えない小娘だね! 武器がないんだったらそのチッパイでもぽろりしてガキの目を引いてみせたらどうなんだい!」
「だれがチッパイか! カーマセ姐さんのAAよりかは断然あるよ!」
「ぶっ殺すよションベン臭い処女があああ!!」
キレたカーマセが手近にあったスパナをヤムに向かって全力投球。それを屈んでかわしたヤムが「本当のことでキレないでよ高齢者!」と逆ギレする。
おおー、原作中にもあった会話だ! ここで呆気に取られていたサバに向かって盗賊の一人がエレキガンを撃ってくるんだよな。……んん? 撃ってくる? 誰に? 主人公いないのに? 代わりにいるのは誰だ? 俺だ! ……俺だよ!?
「なんとお!?」
慌てて頭を下げる俺の頭上を光弾が通り過ぎてザコイアの装甲に弾かれて霧散した。……あっっぶなあ! 危ないだろオイ! 当たったら死んじゃうのでやめろ下さい! 撃ったであろう盗賊の方を急いで見やると、
「馬鹿! H・Rに傷がつくだろう! あれは無傷で手に入れるんだ! 電気銃の類は使うんじゃないよ!」
あ、カーマセにどつかれて悲鳴を上げながら落ちてった。そーいやこんな展開だったなと思いながら、足元に落ちていた整備用クランクを拾ってカーマセに投げつける。
当然かわされる。それに構わずどんどん整備用具を投げつけていく。それを軽々と、踊るようにバックステップを踏みながら捌いてみせるカーマセ。
「はっ、当たんないねえ!」
そうやって笑う彼女に、最後に2mはある特大のスパナを両手で投げつける。勢いよく回転しながら迫る特大スパナを、バク宙でやり過ごすカーマセに俺も笑って言う。
「バイバイ、カーマセ姐さん!」
「は?」
手を振る俺に怪訝そうなカーマセだったけど。俺の手に握られている携帯リモコンを見て。自分の位置を空中から確かめて。目を見開いた。
今、彼女がいるのは荷台の後ろ端。俺が投げつけた工具を躱しているうちに端の方まできてしまっていたのだ。とはいえ、落ちるほどではない。この速度のままなら、だけど。
というわけで、ポチっとな。アクセルのボタンを押し込む。加速するコーボゥ。車体が未だ滞空中のカーマセを置き去りにする。
カーマセがもう一度俺を見る。
「こ、このクソガキャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ――アベア!!!!」
「おい、お前たちの姐さんが落ちたぞ。誰か助けてやれ!」
まだどっかに隠れているだろう盗賊に聞こえるように大声で言えば、数人の男たちが慌ててエアッサーで下りていく。うむ、これも原作通り。ってことは。
ヤムがいるクレーンアームのカーゴに顔を向けると、彼女は仲間のエアッサーに拾ってもらって逃げるところだった。こっちも原作通りか。となれば、俺もアニメと同じく声をかけよう。
「また、会えるかい?」
「きっとね!」
精一杯のイケメン笑顔で問いかければ、向こうも美少女笑顔で応えてくれた。
「敵に媚び売ってんじゃねえぞヤム!」
「うっさい! ズラかるんでしょ!」
運転手の男の頭を叩きながら遠ざかっていく盗賊少女の背中を見送る。他の盗賊たちもその背中を追いかけるようにエアッサーで逃げていく。その一台に伸びて担がれているカーマセの姿もあった。
カーマセ一家の姿が完全に見えなくなったところで、大きく息を吐いた。……ふぃ~。それから手に持ったままの携帯リモコンに目を落とす。
「ホント、大活躍だったな。お前」
原作みたいな状況だと興奮して、真似て持っててみれば、原作みたいじゃなくて原作イベントそのものだったわけで。本当に持ってて良かった携帯リモコン。
いやー、それにしても主人公ムーブ、気持ちよかったー!
やっぱオタクだからね! 原作の再現はやりたいわけで! 分かるでしょ? 好きなアニメの名言を意味もなく言ってみたりするあの感覚。それを原作に限りなく似た世界でできるチャンスがあったら躊躇なくいうし、再現したりしちゃうわけですよ! 特に今回ポイントが高かったのは、光弾をかわすときに無意識に「なんとお!」って言ったことかな! 他は意識してやった原作再現行動だけど、あれだけは咄嗟にでた主人公の口癖なわけで。あの瞬間、ちょっと内心で「俺今サバじゃん!」って、ぷふー!って笑ったもの!(ここまでオタク特有の早口風思考により0.1秒)
その後も独り荷台でヒャッハーしてたけど、自動運転のコーボゥが岩にぶつかった衝撃で我にかえった。……自分で運転しよ。
□
あれからしばらく経って夕暮れ時。
「停めてた場所にないと思ったら、どーして勝手に動かしてんのよエディ」
しばらく走らせていると、帰ってきたチャオが軍用エアッサーに跨ったまま、運転席の隣を並走しながら訊ねてきた。
「お前が携帯電話を置いて飛び出していくからだろう」
言うと、「あ、忘れてた」と謝るそぶりもなく笑う。……この野郎。
「それはいいとして、どこに行ってたんだ?」
「あ、そうだ! ここに黒髪の女の子いなかったか!? そこの子に頼まれて盗賊をこらしめに行ったんだけど、どーっこにもいなくてさぁ」
「そりゃそうだ。こっちに来てたからな」
「はあ!? おいエディ、どういうことだ?」
俺は今までのあらましを語ってやった。
「くそぅ! あの女、盗賊の仲間だったのか!」
パシンと右の手のひらに拳を合わせるチャオが悔しそうに眉を寄せる。
「それでどうした」
「? どうしたって何がさ」
「盗賊どもだよぉ。撃退したんだろ? ふんじばったのか?」
「いや、逃げてった」
はあ!? 依頼達成できてないじゃん! と文句を言ってくるチャオ。仕方ないだろ、主人公ムーブで依頼のことすっかり忘れてたんだから。でもまあ、原作通りなら――
「また来るさ」
「なんで言い切れる」
「約束したからな。あのヤムって子と」
言うと、チャオは「へー、ほー、ふーん」と、にやけながら見てくる。
「何だよ?」
「べっつにぃ。そうか、あのカワイ子ちゃん、ヤムっていうのか」
「らしいよ。仲間がそ呼んでたからな」
「ま、今度来たらふんじばって俺様が直々に“オシオキ”してやるよ」
ゲヒヒと笑いながら虚空に向かって両手をワキワキさせるチャオ。きっと脳内で縄で縛ったヤムのちっぱいを揉んでいるんだろう。……ドン引きである。
「……おいその目をやめろエディ」
「それより早く入れよ、チャオ。ご飯にしようぜ」
「分かった。……ん? 今オレの名前、変なイントネーションじゃなかった?」
お、鋭い。
「そんなことはないさチャオ」
「いや絶対変だって! 変だろ!? そこはかとない悪意を感じる!」
あー、これアニメだったら今Bパートの終わりで明るいBGMが流れてるとこだなぁ。なんて思いながらチャオとギャイギャイやりながら夕日を背にコーボゥを走らせた。