04:どうやら寝ている間に物語は始まったらしい
マズン大陸の北東付近。軽く20mを超す巨石が乱立するその合間を縫うように、一台の大型積載車(ホバークラフトタイプ)が緩やかな速度で走っていた。
全長26m×全幅8m×全高4m。積載量40tを誇る車体は、2mほどの小さな岩程度なら避けることなく突き進む。よほど頑丈なのか、鈍色の赤に塗装された車体はぶつかったと同時に大した衝撃もなく岩を粉砕し、何事もなかったかのように荷台にかけられた幌を風になびかせながら岩場を行く。
「いやー、毎日毎日岩しか見てないから、そろそろ人工物が恋しくなってこないか? エディ」
H・Rキャリアカー【コーボゥ】。その運転席に座るキミ・ユウ・チャオは、運転席の後部にある居住区にいるであろう幼なじみに声をかけた。が、返事がない。
「あれ? おーいエディ! エドワード・ガイル! 寝てるのか―!? ……寝てるっぽいな」
ため息を一つ零しながらご自慢のオールバックを整えるチャオ。いつもは彼がやっているザコイアの整備をエディが午前中いっぱいを使ってやっていたので疲れたのだろう。
それなら仕方ないかと居住区に向けていた顔を前に戻す。フロントガラスに映る自分の顔。自動運転なのをいいことに顔をさまざまな方向へと角度を変えながら「やっぱ俺、イケてるなぁ」と声に出しながらイヒヒと自画自賛。ついでも上腕二頭筋を盛り上がらせて筋肉アピール。もちろん誰も見ていないが暇つぶしにやっていることなので関係ない。
と、馬鹿なことをやっていると右前方のほうで爆発音。比較的背の低い岩の向こうから炎と黒煙が顔をのぞかせる。
「なんだぁ?」
言ってる間にもさらに数度の爆発。いくつもの炎が吹き上がる様子を眺める。だから、突然右の岩場から女性の乗ったエアッサーが飛び出してきたことに気づくのが遅れた。
「ぬわああぁっ!?」
「きゃあっ!!」
チャオは慌てて運転レバーに手をかけて自動運転を強制解除しブレーキを目いっぱい踏む。20mを超える車体なので急ブレーキをかけても中々止まらないが、それでも減速によって生まれた猶予でエアッサーが衝突を回避して停車。
どうにかコーボゥを止めたチャオは、
「ちょっとアンタなあ! 何やってんだよ!」
窓ガラスを下して抗議の声を上げた。のだが、
「助けてください!」
エアッサーに乗った女性がチャオに助けを求めてきたのだった。
「へ?」
「……あ、45点」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を向けるチャオに、じょせいが何事か呟く。
なんか言った? と、うまく聞き取れなかったチャオが訊ねるも、彼女は「何でもないです! それよりも助けて!」と早口で嘆願する。
チャオは女性を見やる。前髪を眉のところでぱっつんにした黒髪は腰まで伸びており。顔は少々幼く見えるが、とても整っている。正確な年齢はわからないけど、自分よりは低そうだ。17、8位かなとチャオ。胸は……あ、ちっぱい。チャオが内心でがっかりしていると、少女の目が険しくなったように見えたが、一瞬だったのでチャオは気づかない。
服はなぜかボロボロショートのワンピース。所々ほつれた裾から伸びる太股は肉感的で、胸とは違ってなかなか見ごたえがあるなとチャオ。少女の目がさらに険しくなったような気がするが以下略。
(なかなかの美少女だなあ。……ん? ボロボロの服?)
少女を一通り眺めて満足したチャオは、ようやく彼女の服装の違和感に気づいた。ここらは辺鄙な場所ではあるけど、とりわけ貧しい地方というわけでもない。困窮している家庭やホームレスはいるだろうが、そういった者たちがエアッサーなんて贅沢品を買えるわけもない。
そもそも少女の服装は薄着にすぎるし、その服もボロボロときている。ホームレスの方がもっとましな服を着ているくらいには薄いしボロい。
よく見れば顔だけではく、腕や足も薄汚れている。先ほどの爆発と合わせて、何かあったと考えるのが妥当だろうことはチャオにも分かった。
「何かあったのか?」
「盗賊に襲われて身ぐるみ剥がされちゃったんです!」
「剥がされてないじゃないの」
「持ってた鞄とか、羽織っていた上着とか取られちゃったの! 隙を見てエアッサーで逃げてきたけど、アイツらしつこく追いかけてきて!」
「盗賊だとぅ!」
10日も探して見つからなかったのが、ようやく見つかった。
「そいつらどこにある!? 何人くらいで武装は!?」
「あっち! さっき爆発のあった方向! M・Dのヤッダが1機だけ!」
「M・Ⅾ1機か……」
(そのくらいなら自分一人でも軍用エアッサーに乗ればなんとかなる。M・Ⅾのパイロットをふんじばることができれば仲間の居所を吐かせられるかもなれねぇ)
何よりこの美少女にいいとこを見せられるとチャオはやる気に満ちる。
「ぃようし! 任せておけ! 俺一人でもM・Ⅾ1機くらいやっつけてやっからよ!」
言うが早いか、チャオは運転席から飛び出すと、コーボゥの側面格納庫から軍用エアッサーに飛び乗ると、勢い良くアクセルを吹かす。
「待ってろよぉ! 取られたモン、取り返してくっからなー!」
「お願いします、勇ましいお方~!」
「おっほ! ……まぁってろよー、盗賊ぅ!!」
愁いを帯びた表情をのぞかせる美少女に激励されたチャオ。彼のやる気は天井知らずとなり、気勢をあげて爆発のあった方角へと向かっていったのだった。
チャオは気づくべきだったのだ。少女が現れた時から何度もあった爆発がやみ。少女を追いかけてきているはずの盗賊が一向に現れない不自然さに。
「……あ~あ、あれで顔が良ければもっと演技に熱が込められたんだけどなー」
チャオを見送ったあと、少女は素っ気なく言う。さきほどまでいた浮かべていた愁いさなど微塵もなく、淡々とした表情でエアッサーをゆっくりと走らせながら放置されたコーボゥをみやる。
そして荷台に寝かされたH・Rを見つけると、目を輝かせて喜んだ。
「わぁお! このH・R、見たことない! これってハンドメイドH・Rってヤツ!? 高く売れるじゃん!」
実際は少しだけ改造されたザコイアなのだが、エディの好みで『重鋼騎士レガート』の主人公機、レガートっぽい外装を付けられているせいで、中身を見ない限り、少女のようにハンドメイドだと勘違いしてしまうのも仕方ない。
少女はエアッサーから飛び降りて素早く荷台へと上ると、備え付けの作業用クレーンアームのカーゴへと乗り込んでH・Rがよく見える位置へと動かした。
「……エレキ・ランチャーとかは見当たらないけど、多分どっかにあるはずよね。あの男が戻ってくる前に、カーマセ姐さんに知らせないと」
このままうまく盗めれば、きっとたんまりボーナスが付くぞぉ。っと少女がまだ見ぬお金を想像して、口に手を当てながら笑いをこらえる。
そう、少女もまた、チャオたちが探していた盗賊団の一味だったのだ、
しかし、少女もまた、チャオと同じく気づくべきだった。彼が『俺一人』と言ったことの意味を。コーボゥに1人しか乗っていないのであれば、『俺が』と言ったはずで。他に仲間がいると疑うべきだった。
この時点で少女は盛大にドジを踏んでしまっていたのだった。