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これは恋じゃない

作者: 江夏鈴

 恋愛なんて興味ない。

 私はずっと二次元のカレがいれば、それで良かったのだ。



 私には七つ歳の離れた姉がいる。

 姉は俗に言うアニメオタクだった。そのため、私は物心ついた頃からアニメに囲まれて育ってきた。そしてその結果、立派なアニメオタクになったのである。

 しかしそんな私を横目に、元凶となった姉はオタクを卒業し、優しそうな彼氏と結婚してさっさと家を出て行ってしまった。私をオタクにしたくせに、酷い裏切り行為である。

「彩芽も早く結婚しなよ。来年二十五でしょ。四捨五入したら三十だよ。アラサーだよ」

 この間、久々に実家に帰ってきた姉は少し膨らんだお腹を撫でながらそう言った。

 正直、放っておいて欲しい。私の旦那なら画面の中にちゃんといる。

 私は今のままが一番幸せなのだ。


「お疲れ様でーす」

 やっと終わった。十五時から二時というのはきつかった。コンビニバイトはどうしても疲れてしまう。今度からシフトを出すときは気をつけよう。

 着替えや片付けを済ませ、外へ出た。スマホ画面を見ると、時刻は二時十五分を少し過ぎていた。

 ここから家までは七分。二時半から始まるアニメには間に合いそうだ。

 そんなことを考えていると、後ろから誰かが声をかけてきた。

「すみません」

 振り返るとイケメンが立っていた。少し前に店内で女の人に絡まれていた人だ。

「なんでしょう?」

「きみ、僕のこと知ってる?」

「は? 新手のナンパですか? 申し訳ないんですけど、私今急いでて……」

「ふうん。やっぱり。いいね、君」

 そう言うと、その人はふっと表情を緩ませ、笑った。少しおかしい人なのかもしれない。残念なイケメンだ。

 その時、持っていたスマホにLINEの通知が来た。ついでに時間を確認すると、時刻は二時二十分。

「すみません。私三次元には興味ないので!」

 このままでは、アニメに遅れてしまう。そう思った私は、イケメンを置いて家へと走り出した。


 急いで帰って時計を見ると、時刻は二時二十八分。なんとか間に合ったようだ。

 寝ている両親を起こさないように、急ぎつつも静かに自室のドアを開ける。テレビをつけると、ちょうどアニメのオープニングが流れはじめた。

『tou☆ken stars!!』

 テレビから、元気のいいタイトルコールが聞こえる。

 ファンの間で『とうすた』の愛称で呼ばれているこのアニメは、刀剣を擬人化させたキャラクターが、なぜかアイドルを目指す物語だ。設定が不思議だからか、放送前からSNSでは「こんな謎アニメ誰も観ないよ」「声優の無駄遣い」「面白くなさそう」と散々言われていた。私もはじめは馬鹿にしていたものの、話題作りのためにと一話だけ観たら、そこからがもう沼だった。

 想像の遥か上をいくストーリーと作画の良さ。そしてなによりアイドルメンバーの菊一文字というキャラクターが、とてつもなく私のタイプだったのだ。

 グループのことをよく考え、頼りになるかっこいい性格と、時々見せる弱った表情とのギャップがたまらない。そしてなにより顔が良い。「誰も観ない」なんて誰が言ったのだ。私が観る。

 私が一気に沼にハマったこのアニメは、着々とファンを増やしていき、ついに今日で最終回を迎える。だから今日は絶対にリアルタイムで観たかったのだ。

 部屋の奥からキンブレを取り出してきて、夢を叶え、アイドルとしてライブを行っているメンバーに必死でエールを送る。

 気が付かないうちに涙が溢れていたようで、アニメが終わるときには顔面はベタベタになっていた。

「とても良き最終回だった……」

 エンディングを聞きながら余韻に浸っていると、テレビから再び元気な声が聞こえてきた。

『みんな~、最終回まで観てくれてありがとう。……そして、大ニュースです! なんとこの度、tou☆ken stars!!が実写映画化することが決まりました~!』

「……は?」


「いらっしゃいませ~。……はあ」

「佐々木さん、今日元気なくない? どしたの?」

 そう声をかけてきたのは、バイト仲間の山下くんだった。

「いや、そんな大したことじゃないんだけど……」

 私が事情を話すと、山下くんは「なるほど」と呟いた。

「アニメとかの実写化って、賛否両論あるもんね~。で、その佐々木さんの推しの菊一文字? は、誰がやるの?」

「私基本アニメしか観ないからよく知らないんだけど、なんか『misty』? っていうアイドルグループの人。名前は忘れた」

「へえ、めちゃくちゃ有名なグループじゃん。でも、五人いるからなあ。誰だろ」

「うんとね、調べてみたらなんか可愛い顔したイケメンだった」

「あっ、じゃあ、櫻井充輝じゃない?」

「ああ、多分それかも」

 その時、客が入店してきた。

「え、櫻井充輝?」

 山下くんがそう呟いたのと、櫻井充輝と呼ばれた彼が私を見つけて口を開いたのは、ほとんど同時だった。

「やっと会えた」

 私は彼のふっと緩めた表情を見て、やっとこの間の変なイケメンが彼であったことに気がついたのだった。


 それから私がバイトに行くたびに、彼が現れるようになった。彼は私に話しかけてくるわけでもなく、なぜかずっとこちらを見てニコニコしているだけだった。

「三点で五百三十九円です」

「は~い」

 ある日、我慢できなくなり、尋ねてみた。

「あの、どうして毎回来るんですか?」

 すると、彼はお金を出そうとしていた手を一旦止め、きょとんとした表情をしたあと笑った。

「普通に買い物しに来てるんだけど、だめかな?」

「いや、そういうわけでは……」

「じゃあ、どういうわけ?」

「えっと、その、私がレジに入っているときにだけ来られているような気がしたので」

「ああ、気づいちゃった?」

「どうして、私のシフト知ってるんですか」

「山下くんに聞いた」

 そういたずらそうに笑う彼を見て、あとで山下くんをシメようと決めた。

 そしてその日から、彼が時々話しかけてくるようになり、私は声をかけたことを後悔した。

「こんにちは」

「また来たんですか。暇なんですか」

「僕ね、今とうすたっていうアニメの実写映画撮ってるんだ」

 私の問いには答えずに、彼はまたニコニコと笑いながら言った。

「彩芽ちゃん、このアニメ好きなんだね」

「……また山下くんですか」

 私が尋ねると、彼はにっこりと頷いた。

「僕がやるキャラが推しなんでしょ?」

「……」

 いつの間にか知られていた下の名前も、推しのこともすべて山下くんからバレている。ちょうど店の奥で休憩をとっていた山下くんの方を睨むと、山下くんは申し訳なさそうに手を合わせ肩をすくめた。


 映画公開日当日、なぜか私は彼と一緒にとうすたを観ていた。

 公開日が近づくにつれて何度も「一緒に観よう」と誘われ続けた結果、私が折れたのだ。私が「実写は観る気なかったのに」と言うと、彼は「だと思った」と笑った。

 映画の出演者が、しかも『misty』は国民的アイドルだというのに、バレて大騒ぎになったりしないだろうか。映画が始まる前は、そのことで頭がいっぱいだった。しかし映画が始まると、そんなものはすぐに飛んで行ってしまった。

 三次元がどんなに頑張っても、どうせ二次元に勝てるわけがないと思っていたのに、今、目の前のスクリーンに映っている人は、どこからどう見ても二次元の推しそのものだった。

 櫻井充輝は確かにイケメンだが可愛らしい顔立ちで、かっこいい菊一文字とはイメージが全く異なっていた。だから、絶対に菊一文字を彼が演じるのは無理だと思った。しかしどうだろう。スクリーンの中の彼は、どう見ても菊一文字にしか見えなかった。

 映画が終わり、隣に座る彼を見ると、彼は満足そうな表情を浮かべていた。

「僕、意外と演技上手でしょ?」

「……どうして今日、私を誘ったんですか」

「どうしてだろうね」

 そう言って笑った彼の笑顔はいつもと同じはずなのに、なぜか胸がどきりと弾んだ。

好きなコンテンツを混ぜたアニメについて書くのがめちゃくちゃ楽しかったです。

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