8 本編から退場した嫁たちの裏事情~屋敷が増築された形跡がない理由~
長すぎて遅くなりました。
溜め息の後、呆れているような嫁秘書イザベラの声がしました。
「節操を持ちなさい、節操を」
「だって、ルーク、ちっとも構ってくれないんだもん」
ルークというのはチーレム野郎の名前です。
にしても、嫁秘書の言う通りです。仮にも純情ヒロインが嫁になって、どうして浮気に走るのか、小一時間問いただしたい気分です。
女のくせにチーレム小説読んでた私が言うことじゃないですが、推し(嫁)が一途じゃなくなったら、泣きますよ!
チートでトラブル解決してスカッとするのがよかったのに、なんで可愛かった押しかけ嫁のヒロインが愛人作って不純異性交遊するなんて、こんな裏話、知りたくなかった!!
それも本編から退場した嫁が複数、不倫中って・・・webで読んだら読者がスマホ投げ捨ててるよ!!
私が衝撃受けている間もチーレム野郎の嫁たちの会話は続いていました。
「そんなに構って欲しかったら、夜会で構ってくれる方を探したら?」
嫁秘書の言葉が副音声で「再婚相手探せ」と聞こえたんだけど・・・。
「夜会でいい男探しても、ルークみたいないい男いないし~」
「そうよね~。遊びならいいけど、一緒にいたいとは思えないし~」
屋敷で侍従を愛人にしてるだけでなく、夜会でも不倫していた?!
なんなの、この人たち?!!
チーレム野郎の嫁たちはそろって貴族の有閑マダムなの?!
ラノベのヒロイン辞めちゃってるんですけど?!!
まだ、お腹いっぱい食べたいって理由でハーレムに入る女の子のほうがマシじゃない!
好き! 愛してるって言いながら、ドアマット我慢せずに浮気して居続けるって、本編から退場したらヒロインも辞めちゃうってことなの?!
浮気していて許されるヒロインじゃないのに浮気してるって、キャラ設定が崩壊してるよね?!!
「あんまり大っぴらに男漁りしてると、追放されるわよ」
嫁秘書が浮気嫁たちに釘を刺します。
暗に追い出すと言われて気付いた。貴族の屋敷は客室の数が多いけど、嫁たちに部屋を割り当てて、不意の客が泊まれる客室がなくなっていないようです。そうなったら、いくらチート持ちでも面子が潰れます。
そこは有能執事が気を効かせて新しい棟を建設しているかと思ったのですが、どうやら目に余る場合は追い出していたようです。それに再婚して出て行った嫁もいそう。
ある程度、時間の経った嫁が本編に登場しないのも当然です。屋敷から追い出されて物理的に関わり合いになれないか、チーレム野郎との縁を切った嫁は関わり合いになりたくなくて逃げますから。
屋敷を出て行った後で偶然再会する話も、ラノベ的には無しですし。純愛ならともかく、一夫多妻で劇的な再開から~の、再び燃え上がる想いなんてされたら、他のチーレム嫁ブチギレします。
読者だって、納得しません!
「え"え"~~!」
「だって~。名前さえ忘れて、呼んでくれないルークが悪いんじゃない~」
「押しかけても嫌がって、若い子ばかり構うし~」
「わたしたち、子どもの産む為にルークと結婚したわけじゃないし~」
「子育て押し付けて、新しい嫁とイチャつくなんて、信じられない~」
批難囂々だった。
「順番、決めているでしょ?」
順番制らしい。
「終わったら、すぐに新しい嫁のとこ行くじゃない!」
姉妹格差物の一種で政略結婚した本妻より結婚前からの愛人の家に入り浸って帰ってこない夫の行動を彷彿とさせます。
チーレム小説でコレでいいのでしょうか?
一応、恋愛結婚ですよね?!
恋愛結婚してコレされたら本妻が浮気に走っても仕方ないです。跡継ぎ産もうと出産の義務を果たしたから火遊びするのは政略結婚した貴族の常識ですが、恋愛結婚しても他の嫁ばかりチヤホヤして放置されたら政略結婚と変わりません。
――いえ、それ以上の裏切りです。慰謝料とって離婚しないと腹の虫がおさまりません。
「子どもの相談したくても、家を留守にして話聞いてくれないじゃない! 子どもが夜泣きで眠れなかった時だって、新しい嫁とイチャついていて、父親失格よ!!」
「わたしなんか夜泣きあやしていて、同じ境遇の子と遭遇して、そのまま愚痴り合って一夜を明かしたのよ。それからは毎夜、夜泣きする子をあやしながらおしゃべりするようになったわ」
疲れ果てた声で語る嫁の一人。
「そんなこと、乳母に任せなさいよ」
乳母に任せる派嫁が夜泣きで育児ノイローゼ気味の嫁たちに反論しました。いいとこでは商家ですら乳母を付けますから、叙爵されたチーレム野郎の子どもに乳母が付いてもおかしくありません。
「乳母なんか付けたくない」
「自分の子を自分で育てて何が悪いの?!」
乳母を付けていなかった庶民派嫁がいきり立って言いました。
「ルークは貴族になったんだから、子どもたちも乳母に育てさせることが当たり前でしょ。――ルークを責めていいのは、愛情がすぐに冷めたところよ!」
乳母に任せる派嫁は自分が一番愛された期間が短かったことにお怒りのようです。
「悪阻で辛い時は飛ばされたし、見舞いにも来ないのよ!! 絶対、あの見舞いの品を選んだのもセバスチャンに決まってる!! 見舞いの品を持ってきてくれたセバスチャンのほうが何倍もいい男だわ! セバスチャンと浮気してやる!!!」
色々な意味でチーレム野郎の嫁たちは欲求不満のようです。
それにしても、浮気宣言された有能執事、御年は70前後。有能だけど、若い娘に祖父と同世代に嫁ぎたくないって言われる年齢なんですけど、いいんですか?
浮気ならいい? それとも、チーレム野郎で若い男に幻滅したんでしょうか?
それはさておき、既婚の友達が漏らしていた旦那あるあるがちらほら見受けられます。
子どもの育成状況や嫁の妊娠出産なんて、ラノベの本編に出てくることありませんからね。
嫁が一年で三人妊娠しているだけで、出産回が三回。悪阻が重ければそれでも一回はとられますし、生まれた後で顔を見に行くだけでも子どもの数(多胎児は除く)だけ回を使います。
二時間おきの授乳だの、夜泣きだの、ハイハイしたの、立ったの、そんなのはラノベには出てきません。
チート使って解決するパートと日常パートがあるとしても、嫁が多くなると妊娠出産育児が出てきて、勉強や魔法ができや、親子の交流とかも書かなくてはいけなくなります。
子どもが二人なら楽ですが、嫁多数ですよ?
幼児から反抗期までの子どもが五人もいれば、乳母や家庭教師に丸投げして登場させないようにしない限り、育児で20巻は使うでしょう。
子どもの数が増えれば増えるほど、親子の交流をしようもんなら、スカッとトラブル解決も、料理無双も、嫁とのイチャコラも時間が無くなります。
子どもの様子を見に行くやら、剣や魔法の勉強を見てやるなんてしてたら、全学年が一緒に授業を受ける離島の学校の特別授業風景かと思うでしょうね。生徒全員我が子。
チーレム小説では嫁同様、子どものことも考えてはいけなかったようです。
夫失格。
父親失格。
前世のアニメで自分たちが兄弟だとは知らない百人の孤児を死地に送り出した自称父親失格の父親がいましたが、チーレム野郎はそれを上回る、父親と一緒に暮らしている状態で数十人の我が子放置のキング オブ クズ父親のようです。
長男と次男だけ親子の会話して、その二人が父親の代わりに弟妹と父親の代わりにコミュニケーションとりながら勉強できるのは一番幼い弟妹に合わせた初等教育とマナーとダンスくらいでしょう。父親と同じようにすぐ下の弟妹に幼い弟妹の相手を任せない限り、剣や魔法を鍛えたくてもまとまった時間がとれないでしょう。
父親面しないなら、貴族らしく乳母と家庭教師任せにして、江戸幕府末期の将軍の子どもたちのように子ども同士が権力の取り合いでギスギスしているでしょうし、こちらも父親失格です。
BL布教の為に忍び込んだチーレム野郎の屋敷ですが、嫁たちを男性化してもBLになる雰囲気ではありません。ここは蟲毒です。
嫁が精神的な逃避行動の浮気に走るだけでなく、物理的に逃げるのもわかります。愛されないまま残りの人生を過ごすか、子どもの人生まで狂わされる蟲毒にいるかと聞かれたら、逃げたくなります。
地位や名声、資産を取ったら、チーレム野郎は浮気症の女たらしのクズですからね。それにまだ気付いていない嫁は浮気しても出て行かないのでしょう。
そうだ。
チーレム野郎の嫁じゃないけど、私も逃げよう。
私は何も見なかった。
蟲毒なんか見なかった。
チーレム野郎の屋敷なんかに私は来なかった。
こそこそと居間の扉の前から後退る私の肩に誰かの手がかけられました。