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猫が導く光の彼方(ホラー版)

文芸ヒューマンドラマに仕様に書いた物も投稿してある話で、怖くはない内容です。

 僕には友だちがいた。

 病院の庭にやって来る、薄茶色の虎縞模様とらじまもようをした猫だ。

 昔から病院近くを縄張なわばりにする野良猫のらねこで、芝生のある小さな庭に毎日のようにやって来ていた。


 何度も手術しながら、いつまでも退院できない僕の、唯一の友だちであり、なぐさめだった。


 僕は病室で本ばかり読んでいる子供だったが、彼と出会ってからは、庭に行って数10分、彼のふわふわな毛並みをでてやるのが好きになった。

 看護師さんは汚いから触っては駄目だと言うけれど、僕は気にしない。どうせ僕の命は残り後わずか。誰がそう言ったわけでもないけれど、僕はそう思っていた。──ううん、知っていたんだ。

 僕に残された時間は、あと少ししかないんだって。


 そんな僕に彼は、幸福な時間を与えてくれた。




 ところがある日をさかいに、彼は庭に現れなくなった。

 不安が頭をよぎる。

 いやな胸騒ぎがする。

 彼に何かあったのだと、僕は直感した。


 僕が真剣に看護師さんに尋ねると、彼女はうつむきながら、静かに──あの猫は数日前に、車にかれて死んだのだと聞かされた。


 そうか、彼は僕より先にってしまったのか。

 不思議と涙は出なかった。


 看護師さんは僕の体温を測り、指に付けられた検知器を確認すると、病室を出て行く。


 看護師さんが出て行くと、涙があふれ出た。彼にはもう会えないのだと、嗚咽おえつと涙が止まらなかった。

 その日は泣き疲れ、何もする気にはなれなかった。


 夜になると、いつもの不安な気持ちが襲いかかってくる。昔は夜になるたびに人知れず泣いていた僕。

 夜の暗闇と孤独は、死を連想させる。

 死の恐怖がじわじわと僕に迫って来るみたいだ。最近は、こうした気持ちを遠ざけていられたのに。


 そうだ、彼と出会ってから──僕は夜の恐怖を、死の恐怖を忘れて、次の昼には彼と会える。そんな嬉しい気持ちで自分をはげましていたんだ。




 そのとき、発作が起こった。


 僕の体は苦痛にもがき、自分の意志ではどうにもならない。ナースコールを押すまでもなく、いつものように看護師の女の人が、男の先生を連れてやって来るだろう。

(ああ、──くるしいよ……だれか、ぼくを助けて……)


 そんな思いに駆られた僕の胸に、小さな、柔らかい感触が乗ったのを感じた。

 痛みばかりの中に、急に優しい暖かなものが僕の心に入り込んできた、そんな気がした。


 呼吸器を付けられた僕の胸の上に……かすんだ視界の中に、ぼんやりと光る何かがいる。


 慌てて処置をする二人の看護師さんと先生。

 彼らよりも、目の前の光の正体は何なのだろうと、僕は呼吸できない苦しみの中で──それをもがくように凝視する。


 ぼんやりと光るものは──彼だった。毎日のように庭にやって来た猫。彼に違いない。


「────」

 彼は僕の胸の上で、いつも僕が顔を見せるとやっていたように鳴き声をあげる。……けれど、開いた口からは、彼の声は聞こえなかった。


 僕は意識を苦痛から遠ざけて、彼の声を、懐かしい感じのする彼の声を聞くことに集中する。


「ニャァ──」と、遠くから聞こえる彼の声。

 そうか、彼は僕を迎えに来てくれたんだ。


 僕は力を振り絞って、彼の体に手を伸ばす。


 柔らかく、暖かい毛並み……薄茶色のふさふさとした毛を撫でると、痛みが嘘みたいに消えていくのがわかった。


「ニャァ──」

 今度は彼の声がはっきりと聞こえた。

 気がつくと僕は、病院のベッドではなく、光にあふれた草花に囲まれた、神秘的な場所に寝転がっていた。


 彼は僕の胸の上から降りると、てくてくと光の中を歩き出す。


「ニャァァ──」

 ついて来いと、彼が振り向いて呼びかけたのがはっきりと伝わった。

 僕は苦痛が消えた体を起こし、彼の後を追う。


 わかってる。


 僕は死んでしまったんだ。


 ──でも、少しも怖くない。


 だって、いまは友だちがいるから。


 苦しいときに僕を救い出してくれた、かけがえのない友だちが……


 僕は光の中へ向かって、彼と共に歩き出す。


 光の中へと……


 * * *


 私は不思議な光景を目にしたことを忘れることができない。


 少年が発作を起こし危篤きとく状態におちいったとき、彼は重い体を懸命けんめいに動かすみたいに、震える手を伸ばして、おなかの辺り、お腹の上にある中空を撫でる仕草を見せたのです。


 その手の動きは、少年が庭にやって来る野良猫を撫でるときに見せる、優しく、愛情にあふれた仕草にそっくりでした。


 私は少年に処置をほどこしながら、口からは「がんばれ、がんばれ」と少年を呼び続けていましたが、少年が手を伸ばし、猫を撫でるあの仕草をしたときに──私は、あの猫が彼を迎えに来たんだと思い、少年を苦痛から解放できるのなら、ここまま彼を天国へと連れて行ってほしいと──そう心のどこかで思ってしまったのです。


 きっとあの猫は車に轢かれてからも少年を心配し、彼を安らげる場所へと連れて行こうと考えたのだと──私はそう考えるようにしています。

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