身代わり人形の話
髪が伸びる人形、歯が生えてきた人形……そんな話を聞いたことがあるだろうか。
そしてそれらに共通する話で、人形は人の形を象っているから魂が入りやすいのだ。──という話を聞いたことがあるだろう。
もしくは、人形を作る素材に本物の人間の体の一部(髪の毛が多い)が使われた──という話などだ。
今回、ここでお話する人形は、とある身代わり人形についての話である。
その登場は悲しさにあふれたお話であるが──後半は、奇妙な結末で終わる、恐ろしいお話として語らなければならない。
その人形は幼い子を亡くした母親の悲しみを慰めるため、子供の代わりにと父親が買ってきた人形だった。
子供を失った母親が、失った子の代わりに人形を愛するようになるかというと……少なくとも、その母親はそんなことはなかったようだ。
人形は子供の仏壇のそばに置かれ、納骨前の骨壺がしまわれた棚の上にそれは置かれていた。急なことなので、お墓の用意もできず、彼女らの家の中に骨壺に入ったまま置かれていたのだ。
──だが、そんなことはよくあることだ。こんなことで幽霊が出るなどと言い始めたら、そこら中に幽霊があふれかえるだろう。
そうして月日が経ち、お墓の当てができると、子供の入った骨壺を、お墓の中に埋葬する段になった。
母親は子供が寂しがるだろうと、子供の代わりにと買ってきた人形をお墓の中に一緒に入れてやり、墓の下には骨壺と共に人形が安置されたのである。
「いつか、私たちもあなたと同じ所に入るわ。それまで待っていてね」
母親は閉じられる納骨室の蓋を見つめながら涙したという。
──ところがである。
家に帰り、玄関のドアを開けると、玄関から家の中へと続く廊下に、人形が座っていたのだ。
母親も父親も、確かにお墓の中に入れたはずだと、恐怖に似た感情を持ったが──子供が、両親から離れるのを嫌がって人形をここに連れて来たのだと考えた。
両親は仏壇の横に人形を置くと、その日は疲れて眠ることにしたらしい。
翌朝になると、父親は目を覚まし、隣で眠る妻を見た。
彼女はいつも夫よりも先に起き、朝食の用意などをしていたが、子供をお墓に入れた後の無力感からか、布団を首までしっかりとかけた格好でぴくりとも動かない。
不審に思った夫は、布団をめくり上げる。
妻の目はカッと見開き、驚いた表情のまま青白く凍りつき、一目見て死んでいることがわかった。
夫は驚いて布団をはいでみると、妻の胸元には深々と包丁が刺さり、両手でぐっと握りしめた妻の手は硬直していた。
その母親の横にはあの人形が横たわり、胸元から少しずつ垂れていた血を浴びて、顔や服を赤黒く染めていたそうだ。
警察は自殺と判断したが、女性が自らの腹部にためらい傷も残さずに刃物を、心臓まで届く勢いで貫くなど──警察官も検死官も聞いたことがないと言っていた。
不可解なこの事件は、そのまま自殺と考えられ、いまでは母親は、子供と一緒にお墓の下で眠りに就いている……
その後、人形は念のためにと警察に証拠品として押収され、警察署に保管されていたが、父親はその人形を処分してほしいと警察に言って、そのままになっているという。
* * *
ところで「身代わり人形」とは、本来は呪術の防御を目的とした道具で、持ち主の身代わりとして、災いを引き受ける効果があると言われている人形を意味している。
今回の不可解な事件において、この人形がどういった働きをしたのか、それは誰にもわからない。