プロローグ8 魔物討伐③
真夜中、天空に2つの月が鎮座している。
空は澄み渡り、立ち込めていた暗雲はすっかり消え失せていた。
数刻前、【果ての山脈】の麓での戦は、魔物達の勝利で終結していた。
俺は超高速移動を使い、数刻で頂の朽ち果てた遺跡の前に辿り着いていた。
(ラスボスと闘うのか…まぁ、自分で蒔いた種だしね、これで終わらせよう。)
『主にしては…中々、殊勝な心掛けじゃな。』
(でも、負けそうだったら手を借りるっす!先生。)
『はぁ…それが無ければ、もっと良いのじゃがな…』
先生が、溜息をついた。
(では、行ってみますか。)
俺は、朽ちた遺跡に向かって歩き出した。
霊櫃の置かれている祭壇の前で、儀式をしている朽ちた法衣を纏っているスケルトンが、呪文を詠唱している。
側には死霊騎士が控えている。
詠唱をし続けるスケルトン…の体が紫色に淡く光る。
その時、
薄紫色に光る魔法陣の中央から人影が現れ、死霊騎士に変貌した。
2体目の騎士が生まれた。
「お邪魔します〜。」
俺は、朽ちた祭儀場の入り口に立っていた。
「?!」
「き、貴様、何者だ?!」
側に控えていた。死霊騎士が叫ぶ。
魔法陣から出て来た方が、大剣を振り被って突進して来た。
「ゴォアゥォッ!」
俺はゆっくりと歩み出て、音を立てながら振り下ろされる大剣を躱しただけ…
再び襲い掛かろうと振り向く死霊騎士の頸が胴体から離れ、地面に転がる。
もう一体の死霊騎士から怒りの波動が噴出す!
「待つが良い、アーノルド。」
デスナイトを制して法衣のスケルトンが前に出る。
アーノルドと呼ばれた死霊騎士は、傅いて後ろに下がる。
「お前は、魔物では無いな…何者じゃ?」
「俺は、ゼロ。ただの…人間だよ。」
(ただの…では無いかも…)
「あり得ぬな、まぁ良い。我が名はサンジェルマン、【死の王】と呼ばれておる。
それで、用件はなんだ?わしの首を取りに来たのか?」
「出来れば争い事は無しで、話し合い出来ると助かるんだけど。」
「話し合い?笑わせてくれる。
我の怒りは、あの忌まわしきベクトールが守護する西域辺境地区の領土を全て腐敗させ、
そこに住む者共は不死者として我が同胞に変えてやらねば収まらぬわ!」
「そんなに憎悪するぐらいベクトール伯爵と何かあったの?」
「黙れ、賤しきベクトールの犬に話す事など無い!」
死の王の虚ろな眼が妖しく光り、遺跡内に妖気が膨れ上がる。
(…闘うしか無いのか。)
地の底から数十体の歩く死体が這い上がってくる。中空には半透明の死霊が3体現れた。
(死霊は厄介だな、普通の物理攻撃無効だし…)
死霊騎士は、主人を守るようにサンジェルマンの前に立つ。
「ヤッホー、加勢に来たわさぁ。」
シェーラが、明るい口調で空から舞い降りて来た。
「水臭いな、一人で美味しいとこ取りか?俺達も誘えよな。」
バードが、背後から声を掛けて来た。
振り返るとギャラン、ゲイル、ゴブルも居た。
「独りで乗り込んだ理由があるのだろ?」
「まぁね。それにしても、族長全員で来たって事は、あっちは無事に片付いたみたいだね。」
「お陰様でな、不死者は一匹残らず退治して来たぞ。」
バードが、意気揚々と告げる。
「!」
「な、何だと?!あの大群が、全滅しただと…魔物風情に倒せるわけが無い!」
しかし、現に目の前に魔物達がいるという事実。
不死者達が、戻って来ていない以上此奴らの言っている事もあながち嘘では無い。
「まぁ良いわ、此処には〈魔気〉が溢れておる。代わりなど幾らでも創り出せる。」
そう言うと、新たに数十体のゾンビが現れる。
「こりゃ、切りがないだわさ。」
「さっさと親玉を倒すしかないじゃろ。」
ゴブルが、的確に言う。
「クククッ…、我を倒せると思っておるのか?魔物の分際で笑わせてくれるわ。
貴様達の相手なぞ、此奴らで充分じゃ。
やれ!我が僕達よ!」
【死の王】の号令で不死者が、動き出す。
「コイツらは俺達が相手しといてやるから、お前は親玉倒して来い、ゼロ!」
バードがそう言って突っ込んで行く。
族長達が次々にそれに倣って走って行く。
「みんな…」
皆が奮戦している姿を観ながら、
(…魔物なのに皆良い奴らだな。)
そんな俺の方へ死霊騎士が近付いてくる、全身から噴出す怒りの波動は凄まじいプレッシャーだ。
さっき倒した死霊騎士とは、明らかに格が違う。
「我が名はアーノルド、我が王の命により貴様を倒す。
此処で朽ち果てるが良い。」
そう言って大剣を肩越しに構える。深く落とした腰、左手に握られている大盾に体半分を隠している。
容易には入り込めぬ体制だった。
「俺の相手は死霊騎士さんね、簡単には通して貰えなさそうだなぁ。」
俺は、小剣を抜いてゆっくりと歩を進める。
「参る!」
アーノルドが、轟音と共に飛び出して来た。土煙が立ち昇り、豪剣が振り下ろされる。
軽く横に飛び躱すが、間髪入れず横薙ぎに襲って来る。
それも軽く飛び上がりやり過ごすが、瞬間盾が突き出された。
「盾?!」
避けきれず小剣で捌くが、その一撃は重く後方へ吹き飛ばされる。
何とか着地できたが、片膝をつかされた。
(…やっぱり強ぇな。)
執事のミランジュさんに鍛えられて多少は強くなってるんだけどなぁ…
まぁ、実戦が足りないって言ってたしな…此ればかりは地道にやるしか無い。
「アーノルドさん、強いっすね。」
「貴殿もな、…まだ力を隠しておるのだろう。…出し惜しみなく、全力でお相手願いたい。俺も持てる力を出し切りたいのだ!」
淀みなく大剣を構える。
アーノルドの波動が膨れ上がり、広間が振動する。
「俺も次は本気で、行きますよ。」
腰を落とし、左手を前に向け右手に握る小剣は顔の横に構え、右脚に意識を集中して力を溜める。
族長達の方は、ゾンビを粗方片付け3体の死霊と戦闘していたが、かなり苦戦している様だった。
「なんなのさ、コイツら攻撃してもすり抜けるじゃない!」
シェーラが憤慨している。
人狼が鋭い牙や爪で、いくら切り裂いても手応えが無く、死霊に触れれば触れる程精気を奪われていく。
「くそっ、なんだコイツら?全然手応えがねぇ。やたら疲れるし、面倒くせぇな!
どうやって倒しゃ良いんだよ?」
バードが、愚痴る。
「どうやら、物理攻撃は効かないみたいだな…多分アイツら実体のない〈精神生命体〉だろう。」
邪精霊が、解析している。
死霊達は、中空を飛び回り族長達に襲い掛かる。徐々に精気を奪われていく。
「魔物にしては、良くやったがこれまでだ!」
背後から重い声が、発せられる。
族長達が、【死の王】を振り返る。
両手を突き出している先に蒼い魔法陣が成形されている。
「食らうが良い!腐蝕滅流槍!!」
「!」
魔法陣から放たれる幾条もの凶悪な紫色の閃光が、族長達を襲い爆煙が噴き上がる。
辺り一面に広がった爆煙が薄れていく…と、呻きながら突っ伏している族長達。
「グフッ、くっ…そう…無茶苦茶しやがる。」
バードが、何とか立ち上がろうとしている。
「あ、アイツ…強すぎるわさ。」
「まだ生きておったか、中々しぶといな。
だが、次で消し去ってやろう!」
【死の王】が、再び魔法陣を組む…族長達にトドメを刺す攻撃を発動しようとした時、
広間が振動する程の放気が膨れ上がる。
「アーノルド?!」
【死の王】は見た、死霊騎士から放たれる異常な妖気、それに平然と対峙している少年。
族長達も、その光景に魅入られる。
「オォォ…!」
死霊騎士の気が最大になる。
「いざ、尋常に勝負!」
大盾を前に突き出すと圧縮された気が放たれる!
俺は右脚に溜めた力を爆発させ、放たれた気に向かって一直線に跳ぶ。
激突する瞬間死霊騎士の背後に現れる。
予想していたのか、超反応だったのか不明だが背後に現れた俺に大剣を合わせて振り上げて来た。
其れを小剣で受け斬り、大剣を弾き返す!
同時に死霊騎士の気が膨れ俺も弾かれる。
着地と同時に左脚に溜めた力を爆発させ、斬り上げる小剣を盾に受ける瞬間背後に現れた俺が、右腕に溜めた力を解放して上段から斬り下ろす!
その音速を超えた剣を大剣で受けた、次の瞬間衝撃波に死霊騎士が、吹き飛ばされる。
「す、凄ェ?!」
「あれは人族の動きじゃない、俺達魔物でもあんな闘いは出来ん。」
「ゼロっちって何者なん?!」
その場に居た者達は、誰も身動き出来なかった。
其れ程、凄まじい攻防だった。
折れた大剣を杖代わりに立ち上がろうとしている死霊騎士。
「やるな…だが、まだこれからだ。」
立ち上がるなり一気に間合いを詰める。速度と体重が充分乗った連撃を放つ!
俺も連撃で応戦するが…
俺は闘うのを止める。
「…どうした?まだ決着はついていないぞ!」
死霊騎士が折れた剣で斬り掛かって来るが簡単に払い除ける。
「もう止めよう、アーノルドさんでは俺には勝てないよ。」
「…その様だな…だが、俺も我が王を護る騎士。下がる訳には行かん!」
「アーノルドもう良い、お前は下がっておれ。」
死霊騎士の側へ歩み寄り肩に手を置く。
「申し訳ありま…せん…」
肩に置いた手が紫色に光る、死霊騎士の身体が朽ち果てていく。
「…我が…王…」
死霊騎士は、崩れ去り塵と化した。
「痴れ者が、役に立たぬものなどいらんわ!」
【死の王】が、塵を踏み付ける。
(アイツ…何してやがる?!)
さっきまで自分の王の為に剣を交えていた忠実な騎士に対してこの仕打ち…
俺の中の何かが込み上げて来る。
「お前何やってんの?死霊騎士は、お前の大切な家来なんじゃないのかよ?」
俺は、込み上げて来たものを抑えていた。
「黙れ、死霊騎士などいくらでも代えがきくわ!もう、茶番は終わりだ、我が直々に相手してくれるわ!」
【死の王】の足元に魔法陣が光、両腕をあげた上にも魔法陣が光り、溢れ出す腐蝕の波動。
『…あれは、不味いな。』
(先生?)
『主は、なんら問題ないが…あれが発動すればこの場におる者どころか、半径数十キロ以内にいる生命は死滅するじゃろう。』
(なっ?!麓の町や村も、樹海の魔物達や草木も巻き込まれるんじゃ…!)
『…そうなるな。』
足元の魔法陣が上に移動し始める、上部の魔法陣と融合した途端に魔法陣が円錐形に変形し、膨大な腐蝕のエネルギーが、集中していく。
(先生!何か止める方法は無いんすか?)
『主の【本来の力】を覚醒させるしか無いじゃろう…』
(…【本来の力】って、どうしたら…)
『【魂】を同調…する。』
俺の身体が淡く光りはじめた…
まだ、思うように動けない族長達もその魔法陣の放つ禍々しさを目の当たりにして、
「あれは、不味いぞ!あんな物が、発動したら…」
「ヤベェな、あれじゃあ助からねぇ…」
「どうするんだわさ?あれ止めないとあたい等全滅だよ…」
円錐形の魔法陣が紫色に輝き出す。
【死の王】が、笑い出す。
「カカカ…これで終わりじゃ、全ての生ける物は朽ち果て死滅するが良い!!」
【極・腐蝕流星群】
【死の王】が叫ぶ!
円錐形の魔法陣の上に更に魔法陣が出現し、天に向かって巨大な紫光の柱が、立ち昇った!
しかし、紫光の行く先に突如出現した黒い球体に吸い込まれて行く。
「何じゃあれは?何が起こっておる?!」
紫光と黒い球体が消滅し、魔法陣が霧散した。
「!」
その時、天地を揺るがす程の波動が巻き起こる。其れは魂に刻まれた根源の畏怖を呼び起こす。
その場に居た者は見た、漆黒の鎧に漆黒の翼を広げた者の姿を。
皆全身を小刻みに震わせ、眼を大きく見開いている。
「あ…あの御方は、ま…まさ…か。」
「いや、間違う筈も無い…あの御方様は…」
族長達は、我知らず傅き跪く。
【死の王】だけは震えながらも辛うじて立っていた、畏怖より己が憎悪が僅かに上回って居たのだろう。
「我は退かぬ、この怨みを晴らす迄は…」
音も無く地に降り立つ【漆黒の者】。
「お前は、やり過ぎたんだよ。【死の王】」
「お?!」
「まさか?ゼロっち?」
「邪魔はさせんぞ、小僧!」
【腐蝕滅流槍】
死の王が叫んだ!時、一瞬にして俺は隣に移動していた。
「瞬間移動?!」
「0からやり直して来い。」
【漆黒の者】が左手を【死の王】へ翳す。
黒い球体が、サンジェルマンを包み込む。
「…我はまだ…いや…も…う…よぃ…」
球体は徐々に小さくなり…消滅した。
「…感謝致します…」
消える寸前に聴こえた。
跪く族長達の所へ歩いて行き、
「漸く、終わったねぇ。【死の王】も安らかに行ったし。
これで、この辺りも安心して暮らせるんじゃん。」
「め、滅相も御座いません、賤しきこの身共に勿体無きお言葉!」
「ん?あぁ、ごめんごめん。波動消し忘れてた。」
闇の波動を完全に消す。
「これで平気かな?」
「あ、あの…貴方様は、ゼロっち…じゃないゼロ様?ですか?」
「そうだよ、見た目違うけどこっちが本来の姿だけどね。」
「知らぬ事とは言え数々の御無礼、伏してお詫び申し上げます。」
ゴブルが、地面にめり込む位頭を擦り付けている。
「気にしないで良いよ、だって俺も、皆の仲間だしさ。
今までみたいに気軽に声かけてよ。」
「しかし、そう言う訳には…」
「ゼロ…様が良いって言ってんだから良いんじゃね?」
「だよねぇ、ゼロっち様が仲間なんて凄いだわさ。」
(ゼロっち様って何だい∑(゜Д゜)?
改めて自分の姿を見てみると、なんか前と変わってるとこがある…それに背中に翼が生えてる?!
(先生!翼生えてるっすよ?)
『魂の融合が進んだからじゃな、以前の我の身体に似てきたんじゃろう。』
(先生の元の姿って…)
「ゼロ様、お会い出来て光栄でした、それでは我等は一度戻ります。」
ゴブルが、そう告げてきた。
「あ、ヤバイ!俺も帰らないと、もうすぐ夜が明けそうだし…んじゃあねぇ。」
そう言うと、俺は翼を広げ飛び立とうとした。
「あぁ、待ってゼロっち様、次はいつ来てくれるんだわさ?」
シェーラが聞いてきた。
少し飛んでいた俺が、戻って来てシェーラの隣に立つ、
(この聖櫃の祭壇にも用があるしな…)
「そうだなぁ、また近いうちに来るよ。」
横にある聖櫃に手を置きながら答えた時、先生が、
『あ!それに触ると…』
(?)
その瞬間、俺は真白い光に包まれこの世界から消えた…