プロローグ22 王国会議
此処までをプロローグに改編しました。
かなり時間掛かったけど何とか終わった(T ^ T)
【聖夜の雪】亭、王都の西側地区にあり、飲食店兼宿屋をしている王都でも評判のお店に、俺は下宿させて貰っている。
お店のオーナーは、此処ル=シャルロット王国の元第一皇女
だったらしい。
何があったのか深く聞いた事は無い…聞く気もない。
王都の北地区の端にあるセルフュリアの屋敷を出て歩いて帰る。
西地区にある店に着く頃にはもう夜になっていた。
いつもお客さんでいっぱいになるお店は今日も繁盛している。
赤髪のツインテールで小柄なシャロンさんが、俺を見つけて声を掛けてくる。
「あら、お帰りですぅ〜。」
「た、ただいま。」
「ゼロ、もう帰って来たのかい。
早かったじゃないか、初任務はちゃんとやれたのかい?」
カウンターの中にいる恰幅の良いジョワンナさんが大きな声で聞いて来た。
「多少問題は有ったけど何とか…」
「そうかい、怪我も無いようだし、五体満足ならそれが何よりさねぇ。
そんな事より忙しいんだ、突っ立ってないで早く着替えて手伝いな!」
「は〜い。」
此処では、オーナーのティエラさんのお陰で居候させて貰っているのだが、
ジョワンナさん曰く『働かざる者食うべからず!』って事らしいので、時間がある時はお店を手伝っている。
本当は、何もしないでオーナーの好意に甘えてるだけでは、俺が後ろめたさを感じるだろうからと配慮してくれているのが分かっていた。
夕食時間帯も過ぎてお客さんが減って来た頃、
「ゼロ、そろそろ上がってくれて構わないよ。帰ってそうそう手伝ってくれて有難うね。」
「これも俺の仕事だからねぇ。んじゃ、お言葉に甘えて先に上がりますねぇ。」
そう言って、2階の自室に上がって行く。
2階の一番奥の部屋に入り、ベッドに倒れ込む。
「ふぅ〜っ、今日は疲れたなぁ…それにしてもセルフュリアさんの協力が得られたのは良かったなぁ。」
『…主は、未だモノの見方が狭いようじゃのぉ。』
(モノの見方ですか?)
『そうじゃな、何事においても一方向の見方だけでは偏り過ぎて物事の全体像を見ることは出来ぬ。違う視点や角度から見てみると色々分かってくるという事じゃ。』
(…色んな観点から考察する…)
『主が〈魔物の王〉に成った事で、世界にどんな影響を及ぼすのかあらゆる角度から考えて見るが良い。
一つの事象は常に因果を生み、次に繋がって行くのじゃから。』
(先生の言ってる事が難しくて理解出来ないっすσ(^_^;))
『未だわからぬであろうな…じゃが、すぐに分かる時が来るじゃろう。
世界の動向や思考は、あらゆる観点から見てみると自ずと分かってくるのじゃよ。』
先生は、多分大局が見えているのだろう…今の俺には分からないけど、何かが起きようとしているのかもしれない。
その時部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ゼロ様、お休みですか?ティエラで御座います。」
ティエラさんが、夜中に訪ねて来るのは初めてだった。
「あ、はい、まだ起きてますよ。」
俺は慌ててベッドから跳び起き、ティエラの待つ扉を開ける。
ティエラさんは、ラフな服装で手にはマグカップを2つ持って立っていた。
「夜分に突然すみません。ご迷惑でなければ、少しお話ししたい事があるのです。 」
「えっと、じゃあ下に行きましょうか?」
部屋に入って貰うのもどうかと思ったのだが…
「ゼロ様のお部屋で構いません。飲み物も持参して来ました。」
そう言うと部屋に入って来た。
部屋の椅子を勧め、ティエラさんは腰を下ろす。
俺は、マグカップを受け取り、口に運んだ。
「お?!此れおいしいですね!良い香りがします。」
「お口に合いました?今朝入荷したばかりのハーブですの。
私のお気に入りなんですよ。」
微笑みながらティエラさんもハーブティーを飲む。
「それで、お話しってなんすか?」
ティエラさんは、膝元に両手でマグカップを持ちカップの中身を暫し見ていた…
「実は…夕刻に城から使者が参りました。」
「何か有ったんですか?」
「…今王都に激震が走っているのはご存知ですか?
ゼロ様達が、果ての山脈で遭遇した【魔物の王】なる人物。」
「…激震が走る位、大変な事になってるんですか?!」
「勿論です。もし其の者が【暗黒魔王】だったら…この星の全てを巻き込む大戦が起こるかも知れないのです。」
(マジっすか?!…そこまで話が大きくなるの?何で?如何して?俺やらかしてんの?)
「…会った感じは、そんなに悪くなかったけど…寧ろ俺達を助けてくれたって感じでしたよ。」
俺は焦っていた。
ティエラさんにだけは、真実を話すつもりだったからだ。
「それは、サーシャ副隊長の報告でもお聞きしました。なので、私達も計りかねているのです。
この国は、シュラム聖教の教えが広く、そして根深くあります。
その中では、【暗黒魔王】はまさに〈悪〉そのものなのです。」
「…そこまで、忌避されているんですね。」
(思ってた以上に信仰ってのは厄介だなぁ…)
もっとも、楽観的に考えていた俺は、自分の考えが浅はかだったと気付かされた。
「ですが、報告を聞けば聞く程、分からなくなって行くのです。…どう考えても聖典に描かれている【魔王】とは違う存在に思えてなりません…」
ティエラさんは、飲み物を口に運びながら色々思案している様だった。
「…それで、ゼロ様に率直にお聞きします。
果ての山脈に現れた【魔物の王】と名乗る黒衣の人物と直接お会いになられた感想をお聞かせ願えないでしょうか?」
(…あの黒衣の王は、不和の女神エリスで、俺の身代わりなんだよなぁ…って話すべきだよなぁ、…嫌われても信頼を失っても、ティエラさんに嘘を吐くのは嫌だ。)
俺は、全てを話す決心をした…その結果がどうであれ…
俺は静かに話し始める…
「…ティエラさん、実はサーシャさんの報告は少し真実とは違います。」
「サーシャが、虚偽を言っているというのですか?」
ティエラの声が低くなり、眼が少し険しくなる。
「それも違います。サーシャさんは…ただ知らないだけです。」
「どう言う事なのでしょう?嘘は付いていないのに真実とは違うと言うのは…」
「ティエラさんには隠し事をしたくないので本当の事を話します。
サーシャさんが会ったのは…【魔物の王】ではありません…
【魔物の王】は…俺なんです!」
ティエラはそれ程驚いては居なかった。
ある程度予想していたのかも知れない。
しばらく間をおいてからティエラさんは口を開いた。
「なんとなく…そうではないかと思っていました
…ですが、サーシャの報告には、【魔物の王】は女性だったと言っていましたよ?」
「あれは、俺の仲間の女神が化けていたと言うか…変身してたというか…」
「まぁ!女神様がゼロ様のお仲間ですの?!」
ティエラさんは、こっちの方に驚いていた。
「仲間というより…本人曰く臣下かな?…彼女はエリスという〈不和と争い〉の女神です。」
「まぁまぁ、女神さまを臣下に持たれているのですか!
是非私もお会いしてみたいですわ。」
「それはいつでも…というより、俺が…【魔物の王】になったんですよ?
なんかこう…嫌ったりとかしないんですか?」
「ゼロ様が【魔物の王】なら、私に心配することは何もありません。
それが【暗黒魔王】であっても、私はゼロ様を信頼しておりますので。」
俺は目頭が熱くなるのを必死に堪えるしかなかった…
どこまでも無償の信頼を寄せてくれている…こんな浅はかで馬鹿な俺に…
「ティエラさん…」
「一つ聞いても宜しいでしょうか?
…サーシャが提案を受けた〈不戦条約〉は、ゼロ様のお考えですか?」
「あれは俺の考えです…争いなんてしたくないし見たくもない…
人族と魔物達のどちらにも傷ついてほしくない…
皆が仲良くしてくれる事が俺の望みです。」
「なるほど…そう言う事でしたら…
私も微力ながら尽力する事に致しましょう。」
飲み物も無くなったところでティエラは席を立つ。
「ゼロ様、御話出来て良かったですわ。それではもう遅いですから私は退散いたしますね。」
俺のカップも一緒に持って行ってくれる。
廊下に出て扉を閉める時、
「今日の御話は二人だけの秘密ですね。」
そう言って、ティエラは部屋から出て行き、
部屋に残された俺は、暫く顔を紅くしていた。
翌朝、いつもの様にマリアが俺を起こしにやって来た。
「お兄ちゃん、また遅刻だよー。」
揺さぶり起こそうとしているが一向に起きる気配が無い。
「もう、しょうがないなぁ。
今日はちょっと強めにやっちゃうよぉ〜!」
マリアの瞳が真紅に染まる。
俺が寝ているベッドがゆっくり持ち上がる…
中空を漂い、一気に開いてる2回の窓から外へ放り出される。
中庭で土煙を上げ、ベッドは粉々に砕け散っていた。
2階の俺の部屋の窓からマリアが顔を出して、手の埃をはらっていた。
「目ぇ覚めたぁ?ゼロお兄ちゃん。」
俺は粉々になったベッドからハイ起きて叫ぶ、
「イテテ…、ったく、俺を殺す気か?マリア。」
「お兄ちゃん、おっはよー。」
マリアの屈託のない笑顔で挨拶されると怒る気力も失せる。
1階でマリアと朝食を食べている。
いつもならティエラさんも一緒に居るのだが、朝早くから王宮に出掛けたらしい。
朝食のメニューは、ベーコンに目玉焼きとトースト、サラダと飲み物が用意されていて、マリアは口一杯に頬張ってたべている。
この怪力少女は、ティエラさんの娘で、名前はマリア。
実の娘では無く、先の大戦の時に【召喚】されて来たらしいが、詳しくは知らない。
「アンタも毎朝懲りないねぇ、ゼロ。
ちっとは早く起きようとすれば良いのに…それじゃあ命がいくらあっても足りないだろう?」
朝食を用意してくれたジョワンナさんに毎朝同じお小言を貰う。
「お兄ちゃん、早く行かないとまた遅刻するよ?」
マリアに言われ、
「ヤバイ!」
俺は慌てて朝食をたいらげ走って行く。
「行ってらっしゃーい。」
「やれやれ…」
マリアの元気な声とジョワンナさんの呆れた声が、俺の背中に当たる。
王都の東地区にある衛士隊隊舎までは歩いて1時間位掛かる。始業時間まで後10分しか無い、どんなに頑張って走っても間に合わないだろう。
俺は走りながら、
「エルナ、いるかい?このままじゃ遅刻だ。」
背後に声を掛けてみる、気配も姿も見えないが、必ず其処に居る。
「御方様が、寝坊するからですよ!このままでは間違い無く遅刻になります…」
「御方様は…やめてくれ、いつもの口調で頼むよ。」
いつの間にか並走しているエルナに言う。
「…分かっています、気をつける様にします。」
「んじゃ、ちょっと失礼。」
俺はエルナを抱きかかえる。
「キャッ?!な、何ですか?」
エルナは頬を紅くしている。
「ちょっと目を瞑ってくれないかな。
少しスピード上げるから目が回るかもしれないからさぁ。」
紅い顔をしているエルナは、言われた通り目を瞑る。
「もう、開けて良いよ。」
目を瞑ってすぐに開けてくれとは…エルナは目を開けてみた。
俺はエルナを下ろす。
おろされて顔を上げたエルナの目が丸くなる。
「えぇ?!こ、此処は…衛士隊の隊舎ですか!」
エルナは驚き、何が起きたか理解出来ないでいた。
「遅刻しないで済んだみたいだなぁ。」
「ゼロ様、一体何をしたんですか…」
「今は緊急事態だからね、瞬間移動したんだけど…
ホントは、人の国では〈力〉を控えようと思ってるんだよな…」
「…瞬間移動ですか?!やはり御方様の御力は…常識を逸していますね…
我等では推し測る事など出来るはずもありません…」
「さぁ、隊舎に行こうぜ、遅刻しちゃうよ。」
驚いているエルナを連れて訓練棟に走って行く。
訓練棟の教室に入ろうとして出て来たジュドー達と鉢合わせた。
「あれ、ジュドーどこ行くんだよ?もうすぐ授業始まるぜ。」
「ゼロ、ちょうど良かった。」
「何かあったのか、ジュドー?」
「あぁ、さっき呼び出しがあってな、どうやら俺達も王宮へ呼び出しがかかったらしい。」
「王宮へだって?」
俺は聞き返した。
見習い衛士が王宮へ呼ばれるなんて異例中の異例だ。
「討伐隊に参加した私達の意見も参考にするらしいです。」
シェリルが話を付け足す。
「特にあんたは、魔物達とお友達になったようだから、
根掘り葉掘り聞き出す為に拷問されるんじゃない?」
ニヤついているアリシアに脅される…
「おやおや?魔物達のお友達は此処にいる全員だろ?だったら皆拷問されるんじゃね?」
俺も負けじとやり返す。
「な、何よ?なんであたし達迄お友達になってんのよ?」
「だってほら、騎士達が攻めてきた時、お前ら魔物達の前に立ちはだかって守ろうとしていただろ?
あれで、お前等気に入られてたみたいだからな。」
「あ、あれは…仕方ないじゃない、あの状況はどう見ても騎士達の方が悪かったし…」
アリシアがあたふたと弁解している。
「魔物さん達…いい方ばかりでしたよね…」
シェリルの呟きに皆が肯く結果になった。
「ヤバイ急がないと怒られるぞ!」
ジュドーが思い出したように走り出す。
その後に続いて俺達も走る。
その中に、ラバージの姿は無かった。
俺達は、宮廷から迎えに来ていた馬車に乗り込み、王宮へ移動した。
王都の中央に位置している王宮は幅が100mはありそうな掘りと高い城壁に囲まれ、出入りできる橋は南北の2本だけである。
城門を潜り抜け、王宮に向かう。
警備兵が厳重に守っている大きな建物の前で馬車は止まり、
俺達は、建物内へ通された。
大会議室
王座に座っているのはル=シャルロット王国現国王ラ=カルージャその人だった。
隣には、王国空挺兵団団長兼丞相のゼーレ・フェルドマンが立ち。
右側の席には順に、元第一皇女ティエラ、第二皇女ジュエリ、近衛騎士団長ジャービス、騎士団長レイルーダ、衛士隊隊長グラムノーツ。
その向かい側の席には、シュラム聖教大司祭サルドマン、宰相ゲーマルク等々
国の重鎮達が、一同に介していた。
末席にサーシャ副隊長とルーレシア副官が並んでいた。
「それでは、これより昨日衛士隊サーシャ副隊長により報告を受けた〈果ての山脈〉に出現した【魔物達の王】についての詮議を執り行いたいと思う。
先に間近で接触したサーシャ副隊長殿とルーレシア副官殿から率直に意見を伺いたい。」
「はい。」
「はっ。」
二人は、立ち上がり審議台の方へ歩いて行く。
「では、サーシャ副隊長殿に聞こう。
2日前、〈果ての山脈〉で出会ったというその黒衣の者とやらは【魔物の王】と名乗ったそうだな?」
「いいえ、名乗ってはいません。魔物達が〈我等の王〉と話していただけであります。」
「ふむ、サーシャ殿から見てどうであった?話によれば、辺境師団の王国騎士長を二人もその手に掛けたそうだが。その【魔物の王】とは、人非道の野蛮な存在であったのか?」
「そうは思えませんでした、【魔物の王】もその配下の魔物達ですら、我々を必死で守ろうとしておりました。己が身を傷付けてまで護ろうとする姿は、我等の思い描く魔物像とは全く真逆でした。」
「では、貴女は【魔物の王】は善だと言うんですか?」
「そうは言っていません。
【魔物の王】と呼ばれていたあの黒衣の王から放たれる気配は、まさに【暗黒魔王】其の物でした…」
会議室内に、どよめきが起こる。
「では、やはり悪であると思うのですね?」
丞相ゼーレ・フェルドマンは更に問う。
「善悪では無く、彼の者が持つ桁外れの力が【暗黒魔王】其の物だという事です。
あれは…あの力は常軌を逸しています、人の領域の遥か彼方にある…何人だろうと対峙すれば滅ぶのは…」
「…それ程なのですね、〈知略の魔女〉と呼ばれれる貴女が其処まで言うとは。
貴女の意見は分かりました、それではルーレシア副官にも話を聞きます。」
ルーレシアが一歩前に出る。
「ルーレシア殿も同じ意見かな?
魔物達は、我々が考えている様な存在では無いと?」
「僭越ながら申し上げます。
今回我々の国を〈腐食〉で脅かした者達は【死の王】と呼ばれていた者であり、その脅威を退けたのが、魔物達であった事は事実であります。
それに、騎士達に覚えの無い嫌疑を掛けられ殺されかけた私達を助けてくれたのも彼等魔物達でした。」
「…分かりました、お二人共席に戻って結構です。」
一礼し、二人は元の席に戻る。
「後程、彼等と共に同行していた者達の話も聞く事にします。それでは皆様の御考えをお聞きしたい。」
レーゼ丞相は一同を見渡す。
暫し沈黙が流れ、
サルドマン大司祭が、口を開く。
「私から話をさせて貰いますぞ、魔物と我等人との反目は太古の昔から連綿と続く因縁の如き物、そして、此度の〈果ての山脈〉に現れた【異形の存在】が、我々聖教徒にとって脅威としかなり得ないのは疑いようの無い事実、此処は早急に対策を立てる必要がありますぞ!」
「【異形の存在】が聖典に描かれておるあの【暗黒魔王】であったなら、この世界が終焉を迎えるのじゃ…この国は滅んでしまう…そんなことは断じて許されん。
我が国の全兵力をもって断固立ち向かう事を提案いたしますぞ!」
ゲーマルク宰相も交戦派の様だ。
「山脈に砦を築いておるらしいからなぁ、彼処は飛空挺団の船でも到達出来ない地、あんな所に砦を造られてしまっては、自然の城塞の頂に難攻不落の城砦が出来上がってしまう。叩くなら今が絶好の機会かも知れんな…」
レイルーダ騎士団長が、考えながら意見を述べる。
「ならばこそ、即刻兵を引き連れ魔物もその王も殲滅した方が良いではないか!」
ゲーマルク宰相が声高に言う。
「お待ち下さい、ゲーマルク宰相。」
元第一皇女ティエラさんが話を止める。
「先程のサーシャとルーレシアの話では、魔物達に敵意は無いと思えるのです。
遥か昔、世界中を巻き込んだ人と魔物達との大戦…今や伝承の中でしか語られていない…その歴史の正否すら誰にも分からない…
それにこの数百年、お互い地方での小競り合いは多少あるものの大きな争いにはなっていない。
それは、〈不可侵〉が双方の暗黙の了解だった筈だからでは無いでしょうか。
今、【魔物の王】と呼ばれれる者が、我々に提案してくれた〈不戦の約定〉こそが此れ等を裏付けていると思います。」
ティエラが、雄弁に語った。
「向こうさんから戦わないって言ってきてるのに、態々争わなくても良いんじゃ無いかなぁ。」
グラムノーツ衛士隊隊長が、ポソリと口を滑らし、文官達から睨まれる。
「…って、ちょっと思っただけ…です。」
頭を掻きながら小さくなる。
サーシャとルーレシアは其れを横目で見ながら大きく溜息を吐いた。
「〈果ての山脈〉にいる【異形の存在】が、万が一我が聖典にある【暗黒魔王】であったならば、此処で手を打たなければ、人の平和な世は消えて無くなり、魑魅魍魎が跋扈する暗黒の世が訪れてしまうのですぞ!」
「其れこそ仮定に過ぎません。
彼の者は、聖典に描かれている【暗黒魔王】とは、
黒衣を纏っているというだけで姿形は似通っておりますが、中身はまるで違う存在ではないでしょうか。
何故あなた方は、ただ仲間を守り、剰えサーシャや見習い衛士達をその身を挺して救ってもらっているという事実に目を瞑ろうとしているのか…まさかとは思いますが聖典に描かれているからといって色眼鏡で物事を見てその本質を失っていたり、恐怖や保身の為にこの国の全国民を巻き込んで危険に晒そうとお考えではないでしょうね?」
サルドマン大司祭も、ゲーマルク宰相も言葉が出ない。
「ティエラよ、少々口が過ぎるぞ。
この者達も国のためを思って言っておるのじゃ。そう攻め立てるものではない。」
ラ=カルージャ国王が割って入る。
「これは失礼いたしました国王陛下。
彼等は恐怖に駆られ罪なき者を武力で断罪しようとしているように見えましたので。」
ティエラも素直に謝罪をする。
「皆の言っていることは良く解っておる。じゃがこの場は、彼の【魔物の王】について詮議をする場、我が国の動向次第では世界を巻き込む戦になるかもしれん。それを熟考してくれぬか?」
サルドマン大司祭もゲーマルク宰相もその場にいた皆の空気が張り詰めて行った。
ざわついていた会議室内が静まり返る。
「それでは、詮議を再開いたします。
何かご意見のある方はいらっしゃいますか?」
「私はお姉様の意見に賛成ですわ。【魔物の王】=【暗黒魔王】かどうかわからない今の状況では、様子を見るしかないでしょう?だったら相手から提案されている〈不戦条約〉を締結してみるのがよろしいかと愚考いたしますわ。」
ジュエル第二皇女は、博識多才の王国一と謳われる才女。
国王も意見を必ず聞かれるほどに信用されている。
「そうですね、それに先程のサーシャ副長の話によれば【魔物の王】の力は一国の軍事力を凌駕しているようですしね…もし争う事にするならば今は時期尚早というもの、我が国だけでなく列国諸侯の方々にもご助成頂かねば勝てぬかもしれませぬな…」
ジャービス近衛騎士団長も賛同している。
「シューラム聖教としてはこの件を大教皇様の元へ知らせる事に致しましょう。
【暗黒魔王】としての真偽は法王庁の見解を待つという事で、この場は国王陛下に従うことに致します。」
サルドマン大司祭もこれ以上の口論は無駄だと悟ったようである。
それ程にジュエル皇女の意見は重要なのである。
他の文官達も一様に下を向いている。
「意見は粗方出揃ったようですね。…それでは国王陛下。」
ゼーレ丞相が国王の方へ向き直り一礼する。
国王は席をゆっくり立ち、静かではあるが意志の籠った声で話し始める。
「皆がこの国を心から案じていることが分かって嬉しく思うておる。
此度の件、報告によれば、【魔物の王】は善悪で測れる存在では無い様じゃ…
ならば今後の動向を観察するしかないであろうな。
民を危険に晒さず、争いを回避できるのであれば…
この国の王として、その〈不戦の約定〉は受けようと思っておる。
此れからの行末を考えるのであれば、魔物達とは友好関係を築いて於きたい処ではあるのだが…
我々からすれば、魔物の存在其の物が〈悪〉であり、根源に刻まれた〈恐怖〉の存在であるのも事実、
懐柔するには永の時間を有するであろう事も承知して居る。」
「ですが、私は『人は何事をも乗り越えられる力』を持っていると思っております。」
ティエラが国王の言葉を受け答える。
「そうだな、儂もそう信じておる。
…じゃが、害成す存在であるならば…魔物を根絶やしにする事も厭わぬ!」
国王の語尾が強くなる。
「そうなりますわね、【魔物の王】とやらが思慮の浅きものでないことを祈るばかりですわね。」
ジュエル皇女がチラリとティエラの方を見る。
ティエラは気付いているようだが気付かぬ振りをしている様だった。
国王が勅命を下す際、羊皮紙に国王の朱印を押す事で議決されるのである。
その羊皮紙をゼーレが受け取り、
「勅命は下された。此度の件、【魔物の王】との〈不戦の約定〉は締結する事とする。
異論ある者はこの場で申し立てよ!さもなくば、永遠に口を噤むが良い。」
会議の席の全員が立ち上がり、粛々と国王へ一同に礼をする。
ゼーレ丞相が声高に宣言し、会議は終了した。
出席者は退出して行く。
後に残っているのは、第一皇女のティエラ、第二皇女ジュエル、グラムノーツ衛士隊隊長、サーシャ副隊長
ゼーレ丞相が国王と皇女2人に進言する。
「魔物達への大使としては、サーシャ副隊長とルーレシア副官以下7名を選任する事になりますが、ご異論はありませんか?」
「魔物から指名されている者達ですよね。異論の余地はありません。」
「私も異論はないけど…一度は会っておかないとねぇ。
という事でここに呼んでありますわ、お父様。」
「そうであったか、儂も一度会っておきたいと思うて居ったのだ。魔物に選ばれし者達をな。」
国王と二人の皇女は、席に座り。
グラムノーツとサーシャは後席に座る。
ゼーレ丞相はジュエルの横に立っている。
彼等の眼差しは扉に注がれていた。
魔物と人との懸け橋になるであろう者達…
そして扉が開かれる…
少し時間を戻す…
王宮内にある大会議室の前で待機する事になった俺達は、皆緊張していた。
其れもその筈、ただの衛士見習いという身分で、この国の王様に会えるかも知れない好機に恵まれるなど、他にある筈もない事だった。
王都に住む民達ですら、直接間近で謁見する事など生涯に一度もない機会なのだから。
「王様ってどんな人なんだろうなぁ…
なぁ、ジュドーは会った事あんの?」
緊張感のカケラも無い質問を隣で固まっているジュドーに投げる。
「な…あ、ある訳ないだろ!一部の上流階級や王侯貴族ならまだしも、俺達庶民がそう簡単に御尊顔を拝する事など叶う筈もないんだぞ!」
「ふ〜ん、中々会え無いんだ…超レアキャラって感じなのね。」
「ゼロ、お前全く緊張してないんだな?この場面で緊張しない奴の方が、よっぽどレアキャラだよ!
見ろよ、アリシアなんて、今にも心臓が口から飛び出そうな顔してるぜ。」
アリシアを見ると顔面蒼白に成り、身震いが止まらず、薄っすら涙まで浮かべている。
(おいおい、大丈夫かよ?舞い上がり過ぎて卒倒しちゃうんじゃ…)
その点、シェリルとエルナは、少し緊張はしているかも知れないが、至って普段通りだった。
「アリシア、いつもの元気はどーしたい?」
俺は、アリシアに声を掛ける。
「う…う、煩いわね。アンタなんで緊張してないのよ?」
「王様って言っても何かピンと来ないんだよねぇ、レアキャラに会えるのは楽しみなんだけど、緊張なんてしないかなぁ。」
「はぁ?アンタ、ホントに変な奴すぎるわよ!
王様よ?『お・う・さ・ま』この国で一番偉い人に会うのに何か粗相でもしたら大変な事になるかも知れないじゃない!」
「俺からしたら、アリシアに話しかける方が緊張するぜ?何かやらかしたら直ぐ怒られるからな!」
俺は、やれやれと言った素振りで頭を振る。
アリシアの顔が赤くなる。
「なんですって?!あたしがいつも怒ってるみたいじゃない!」
「…ほら、怒ってる。」
「怒ってないわよ!」
そのやり取りを見て、皆の緊張は解けたようだ。
俺は、アリシアにしこたま叩かれたが…
「お前達、緊張はしていないようだな。
此れから王に謁見しに行く、呉々も粗相の無いように!」
ルーレシア副官が、俺達を呼びに来た。
俺達に再び緊張が走る。
ルーレシア副官に連れられ、会議室に到着した。
「衛士見習いの5名を連れて参りました!」
大きな扉の前で、ルーレシア副官が宣言すると、
「入るが良い。」
中から男性の声が聞こえ、扉が開かれる。
俺達は、横に一列に並び跪く。
「良く来たな、お前達の功績を認め、王への謁見を許す。
皆の者、面を上げるが良い。」
重みのある声の主の許可を得て、顔を上げる。
右の席に、グラムのおっちゃんとサーシャ副隊長、ルーレシア副官が並ぶ。
玉座に王冠を頭に乗せた白髪に白髭を蓄えた気品と威厳を兼ね備えた佇まいの王様が座っており、隣に紺色の全身鎧を着た長身の男性が立ち、反対側にティエラさんともう一人女性が並んで立っていた。
何処と無く、ティエラさんに似ている気がする…
「ルーレシア副官。」
長身の騎士が、副官の名を呼ぶ。
「はっ。」
ルーレシア副官は、俺達の前に進む。
「それでは、此れよりそなた達の任命式を行う。
王より直々に叙勲して頂く、心して受けるように!」
ゼーレ丞相は、王様へ一礼する。
「此度の魔物との〈不戦条約〉締結の功績を称え、其の方等に階級を与える事とする。
ルーレシア副官は、西方域特別警護隊隊長を任命する。
他の者は、衛士見習いから警護隊士へと昇格する事とし、我が国の大使として【果ての山脈】へ派遣する事と致す。」
ラ=カルージャ王が、宣言する。
「有り難く、お受け致します。」
ルーレシアは、恭しく一礼し俺達もそれに倣う。
「頼んだぞ、お前達は魔物に選ばれた大使。
此れから彼等と友好関係を築いて行く為の重要な役目となる。」
「は、心得ております。
頂いた地位に報える様、精進して参る所存です。」
「詳しい説明は、後程サーシャ殿から聞く様に。
それでは、下がって良い。」
レーゼ丞相がそう告げる。
ルーレシア隊長と俺達は、退出して行く。
「ゼロ、お前は少し残れ。」
グラムノーツ衛士隊隊長に呼び止められる。
ジュドー達が歩きながら訝しむ…
「魔物と仲良くなったと言う経緯を聞きたい。」
「…はい。」
俺だけ残り、他の皆は退出して行った。
後に残された俺は、もう一度王様の前に立つ。
「ゼロ、お前にいくつか質問がある。」
ゼーレ丞相が、鋭い目で此方を見て来る。
が、俺は気に止める事無く、
「何を聞きたいんすか?」
俺は、普通に話し掛けた。
「…お前には、何かと聞きたい事があってな。
先ずは、先日王都の街中で事件があったのは知っているな?」
(…そっからっすか( ̄▽ ̄;))
「報告によれば、全身黒尽くめの不審者が街を破壊したそうだが…」
「…そ、そうっすね…そんな事があったかも…」
「惚ける必要はない。お前に非がない事も調べはついておる。
…聞きたいのは…お前が、あの伝説に謳われる【転生者】だと言うのが、事実かどうかだ。」
「…俺がその【転生者】だと、何か問題があるんすか?」
俺は、聞き返してみた。
(俺が…【転生者】だと何かあるのか…な?
「もし.あなたが【転生者】でしたら、問題しか無いですわね。」
ティエラさんの隣の女性が口を挟む。
「自己紹介が遅れましたわね。
私はジュエルと申します、現王位継承権第一位の王女ですわ。まぁ、ティエラ姉様の代わりですけど。」
(何処と無く似てると思ってたけど、妹さんだったんだぁ…通りで…)
「何が問題なのかと言うと…王家に古来より伝わる伝承には、『【転生者】現れし刻、世界にあらゆる災厄が舞い降りる』と記されています。」
「そんな筈は…我等が聞かされていたのとは、異なる話ですなぁ?
【召喚者】と【転生者】は、その特異な力で世界に恩恵を与えると…特に【転生者】の力は、世界を改変する程だとか…」
グラムノーツ衛士隊隊長が、怪訝な顔をしている。
「私もそう聞かされておりましたが…王家に伝わる伝承が事実なら…災厄が起こる前に、此奴を消し去りましょう!!」
サーシャ副隊長は、腰の細剣に手を掛ける。
(うそぉ〜ん、そんなんで殺された日にゃ、浮かばれないですやん!)
「サーシャ、待って、そうでは無いのですよ。
王家の見解は、異世界から【転生】する際、何らかの要因で因果律が変わり、其れに併せて時代が動くのでは無いか…という事です。
世界に災厄が蔓延し、其れを平定する事の出来る者が、
【転生者】なのでは無いかと思っているのです。」
「…災厄から世界を救う者…ですか、これが?」
サーシャ副隊長が冷たい視線を俺に向ける。
「そうなりますね…
其処でゼロ様には、提案なのですが…我が王家に仕える気はありませんか?
仕えて頂けるのであれば、其れなりの地位はお約束致します。」
王女様が、自ら勧誘する程の人物では無いのだけれども…
「…先に言っておきますけど、俺は異世界から【転生】して来たのは事実です。
でも、王家に仕える気も無いっす。
俺はこの世界で、静かに生活したいだけなんだよね。」
「貴様ぁ、無礼にも程がある!」
サーシャ副隊長が、再び腰の細剣に手を掛ける。
「良いのです、無理強いするつもりは無いのです…
此れは妾の我儘、父上や姉様にも諌められていたのですけど、諦めきれなかったのです。」
ジュエル王女は、和かに笑いながらそう話した。
「宜しいのですね?」
ゼーレ丞相が、もう一度ジュエル王女に問う。
「えぇ、後は姉様にお任せします。」
丞相は頷き、此方に向き直る。
「それでは、此れにて閉廷とする。」
カルージャ王とジュエル王女、ゼーレ丞相は退出して行く。
「またいつか会う事となるであろう。
いつでも訪ねて来るが良い、【転生者】よ。」
カルージャ王が去り際に俺に声を掛ける。
「お待ちしてますね。」
ジュエル王女にも笑顔で言われ、
「堅苦しいの抜きで、次はゆっくり遊びに来ますよ。」
そう気軽に答えた。
後には、ティエラさんとグラムノーツ、サーシャさんが残った。
「これからどうするつもりだ?」
サーシャに尋ねられる。
「ゼロ殿は、今の処衛士隊扱いになっているが、あくまでも仮に入って貰っているだけだから、サーシャのお目付が無くなれば、いつ除隊しても問題は無いぞ?」
「…取り敢えず、〈警護大使〉にはなったから、暫くこのまま続けてみようかと思ってる。」
「そうか…ならば何も言うまい。」
グラムノーツは、目を瞑り暫し考え事をしている様だった。
「ティエラさん、お願いがあります。
ご迷惑かも知れないんですけど、もう少しの間、居候をさせて貰えますか?」
「あら、お気になさらなくて良いのですよ。
いつまででもいて頂いて構いません、
マリアも喜びますわ。」
ティエラさんは、いつもの様に微笑んでくれる。
(…さっきの話だとジュエル王女は姉に後を任せると言っていた…となると、離れてしまえば、ティエラさんに迷惑がかかるかも知れない、)
何はともあれ、これで晴れてゆっくり異世界生活を満喫出来そうだ。
人の世界と魔物の世界の二重生活にはなるけど…
…いや、異世界と元いた世界の二重生活か?
…そういえば、仮想現実の世界もあるなぁ、
まぁ、色んなとこで二重生活になりそうだな…
プロローグ終了!
長かったです。
やっと次回から第1話がスタートです。




