プロローグ2 漆黒の戦士
月を二つ持つこの星は、大半が海で覆われており、3つの大陸と無数の島が点在している。
北部に位置する氷に覆われた大陸は、生き物が住める土地ではないと言われている。
その理由は、【絶氷の魔王】が住むとされているからである。
南西部の大陸は、中央に火山帯を有し、北部は砂漠地帯になっている。南部の亜熱帯地域では、エルフやドワーフ、獣人などの亜人種が数多く棲息していて、彼等独自の国家を造っている。
亜人種が、いくつもの国を治めている大陸である。
中央大陸は東西に長く、気候も比較的温暖で、様々な人種が暮らしている。
大陸の中央付近には、飛空挺でも高度限界で越える事が出来ない程、険しく切り立った広大な山脈が連なり、危険な魔物や怪物が数多く棲息しているため、人が越えるのは、不可能とされている。
山脈を越える移動手段としては、大きく迂回し海路を航行するしかないそうだ。
その中央大陸にあるル=シャルロット王国は、山脈から東の海上都市までを統治している。
大陸の東側に王都セルアルがあり、その周りに4つの衛星都市がある。
辺境地区も地域分けされていて、各地域にはその地を統治する領主が派遣されている。
俺は今、そんな大国の王都で、図らずしもチョットした事件を起こし、牢獄に投函される羽目になった。
これから尋問されるのか、裁判にかけてられたりするのかは、分からないが…何方にしろ良い結果は期待できそうも無い。
『…主は、変わっておるな…素直に牢に繋がれてやらずとも、あんな衛士達など叩き伏せてしまえば良いものを…』
(叩き伏せる?!…先生は、過激な事を平然と言いますねぇ…それが簡単に出来ないから、こうなってるんす…)
頭の中に語りかけてきてるこの過激なおっさんは、俺の魂の半身らしく、【転生】した時に、お互いの魂を融合させた所為で、一つの魂を二人で共有してる感じ?
『まぁ良い。それで、この先どう動くつもりじゃ?…主には何か良い考えがあるのであろう?』
(…何も考えてないっすよ?それに、このまま何もしないし…)
『な、何もしない?とな…
主の置かれておるこの状況の打開策として、我の【森羅万象の智慧】が出した数百通りもの選択肢の中に[何もしない]は存在せぬのじゃ…
我の想定を超える変わった策じゃが、その様な選択肢は…
否、此れも中々面白いかも知れぬな…[何もしない]と言う選択肢も有りかもしれん…』
何かに思い至ったのか、先生が肯定してくれる。
先生が持っている【森羅万象の智慧】とは、全ての世界に於ける万物万象の全知識を有するものらしい。
(先生の【森羅万象の智慧】は間違う事がないし、何時も凄いと思うんですけど、今回は俺のやり方でやってみたいんすよ。
この一年、ずっと先生にばかり頼りきりだったし…それに今回は俺が原因みたいなんで、自分で解決してみたいんすよ!
もしも、やってみてどうにもならんかったら、そん時は、泣きつくんでヨロシクっす!)
『我は…万が一の保険と言うわけか…』
そんなやり取りを脳内でしていると、
衛士隊数人が、俺が入ってる牢屋の前で立ち止まった。
皆一様に同じ感情が、その表情に浮かんでいる。
【圧倒的な恐怖】
「い、今からお前の事情聴取が行なわれる。
お、大人しく、ど…同行して頂きたい…」
衛士は、全身が小刻みに震え、声は裏返っている。
(動揺しすぎだろ?語尾は弱々しいし、敬語になってるし…)
俺は無言で頷く。
衛士は震える手で牢の鍵を開けようとするが、上手くいかない。
幾らやっても上手くいかず、涙目で焦っている衛士の姿が余りにも可哀想になり、
(マジでこの姿が恐いんだなぁ…仕方ない。)
俺は鉄格子に手を掛け軽く押す。
音を立てて、枠ごと格子が外れる。
「ひぃッ?!」
衛士達は、腰を抜かしその場にヘタリ込む。
俺は外した鉄格子を横に置き、牢の外に出て両手を衛士に突き出す。
(早く拘束しないと逃げられるぞぉ。)
その姿に気を取り直した衛士が、
「お、大人しく…して下さい…」
そう言って、鉄製の手枷を掛けてくれたのだが、拘束具はこれだけの様だった。
(これだけじゃ、なんとも不用心過ぎる気はするが…)
「…大人しく御同行をお願いします。」
腰が抜けていた衛士達も、手枷を付けた俺の姿を見て、何とか気を取り直した様だったが、相変わらず声は震えている。
俺は静かに衛士達の前を歩いて行く。
地下牢から出て階段を上がると、長い回廊になっていて、回廊はいくつかの建物に繋がってた。
側には綺麗な庭園があり、庭師達が手入れをしていた。
回廊をしばらく歩いて行くと、右手に5階建の塔があり、
その塔の中へ案内され、煌びやかな装飾が施された大広間に通された。
これは予想外だった。
小汚い狭い部屋で取調べ的なイメージだったんだけども…こんな豪華な広間に連れて来られるとは思いも寄らなかったのだ。
正面の壇上には彫刻が施された椅子が3席設けてあり、長さ10mはありそうなテーブルも豪華に彫刻されている。
大広間の中程まで歩いて行き、そこで待つように指示された。
しばらく待っていると、背後の大きな扉が開き、
そこから衛士に連れられて、正装した綺麗な女性が入ってきた。
(ティエラさん?)
その女性は、かなり繁盛しているお店の女主人で、俺が助けた女の子の母親だ。
俺の横を通り過ぎ、壇上の際まで歩いて行き、此方を振り返る。
俺を見ると、優しく微笑んで一礼した。
それと同時に、
衛士隊が入ってきて壁際に整列する。
何とも物々しい雰囲気だが…衛士達も遠巻きに俺の姿を見て、明らかに動揺しているのが伝わってくる。
程なく、身なりの良い初老の男性が入って来た。
壇上へ向かう途中、此方を見ながら歩いて行く。
その眼には、怯えとは明らかに違う…嫌悪の感情が浮かんでいるのが分かった。
少し遅れて入って来たのは、
白銀のフルプレートメイルを着込んだ、浅黒く精悍な顔立ちの男性は、筋肉質でがっしりとした体格で、その身に纏っている気迫は、只者ではない事を物語っている。
彼の左手には大剣を携えていた。
その後からもう一人、此方はハーフプレートだが綺麗に装飾が施されいて、腰には細剣を携行している。
面付きの兜で、顔は見えないが、立ち居振る舞いが女性である事を物語っていた。
身なりの良い初老の男性が中央の席に座り、他の二人は壇下の両脇にそれぞれ控えている。
「我が名は王国衛士隊隊長、グラムノーツ=フィリオ。この審問会の進行を務めさせて貰う。」
(フルプレートのおっさん、王国衛士隊の隊長なのかぁ、そりゃ強そうだよなぁ。)
「此度の審問官は、王都中央区聖教司祭のサージ殿に務めて頂き、その真偽を見定める事とする。」
司祭の方を向き、一礼する衛士長。
(司祭が審問官って…やっぱり宗教絡みになるのね…)
「補佐官には、我が隊の副隊長サーシャ=ブラッドが務める。」
「その任、拝命いたします。」
凛とした女性の声だった。衛士隊隊長の方に一礼する。
グラムノーツ衛士隊隊長が、此方に向き直る。
「では、これより審議を開始する。
先ずは、貴殿の名前を聞かせて頂こう。」
「俺の名は…ゼロ。」
俺は素直に答え、
グラムノーツ衛士隊隊長は続けて質問してくる。
「ゼロ殿、それでは貴殿は何処から来られたのか?」
(さて、どう答えたものか…下手な事は言えないしな…)
「俺は先日〈果ての山脈〉から来たばかりです。」
(取り敢えず嘘は付いてない…)
「嘘を申すな!〈果ての山脈〉に人など住める筈がない!…いや、人ではないのか…?」
副隊長のサーシャが、声を荒げる。
(…だよね。俺も一年近く居たけど、君と同感だ。あんな所に人は住めないな。)
「まぁ、此れでも一応人間なんだけど…」
親指を胸に当ててそう答える。
「貴様の様な人間がいるわけが無かろう!」
サーシャが、激昂するのを、
グラムノーツが片手を挙げて制止する。
「…お主が【果ての山脈】から来たとして…では、何故この国へ来られたのかな?」
(う〜ん、人が恋しかったなんて恥ずかしくて言えないしな。)
「ただの観光…です。」
ちょっと苦しいかな…と思いつつ、
いや、かなり苦しい…取って付けた様な言い訳にサーシャが、ブチ切れる。
「貴様!我等を愚弄しているのか!」
サーシャが、腰の細剣に手を掛ける。
「退がれ、サーシャ。審問中である。」
グラムノーツに諭され、後ろに下がるサーシャ副隊長。
「も、申し訳ありません。感情に流され、出過ぎた真似を致しました。」
低頭したまま謝罪するサーシャ副隊長。
「う〜ん。まどろっこしいのは嫌いなんで、直球で聞いてくんないかな?嘘はつかないから…ていうか、そのおっさんには、嘘は通じなさそうだしね。」
俺は、ぶっちゃけ面倒臭くなって来ていた。
「お・おっさん⁈」
サーシャから迸る鬼気。
「ガハハハ、何とも、面白い御仁だな。
では、単刀直入にお尋ねいたす。貴殿はかの【暗黒魔王】なのか?」
グラムノーツが、神妙な顔になり、そう聞いた刹那、広間の気温が下がった感じがした。そこに居たもの全てが凍りついたかのように…
「それ、俺も知りたいんだよねぇ。
どうもこの【黒い鎧】が原因みたいだし…その何チャラ大魔王だっけ?それって何者なの?悪魔みたいなもんなのかな?」
「?」
「?」
「?」
広間に居た誰もが、【?】になる中、ティエラさんだけが、静かに微笑んでいる。
(あの人は、俺の事信用してくれてるんだなぁ。)
彼女の事は、裏切りたく無いと思った…
その時、あの初老の男がテーブルを叩き立ち上がって叫び出した。
「黙れ!き、貴様、皆は騙せてもわしの眼はごまかせぬ!貴様は、【暗黒魔王】に違いない!」
(なんだ?!…あのおっさん、いきなりキレ出したぞ?)
「サージ聖教司祭殿…」
グラムノーツが、制止しようとしたが、
「だまらっしゃい!ソイツは街で、人とは思えぬ【力】を使い、荷馬車と聖者の泉を破壊した事は聞き及んでおるのだ!」
(それは、正解。あれは間違いなく器物破損ですし…それは弁解できない。( ̄▽ ̄;)ッス)
「お待ち下さい、司祭様。」
ティエラさんが声を上げた。
グラムノーツの口から声が漏れ聞こえた。
「ティエラ皇女様…」
(皇女?!…ティエラさんが?)
「ゼロ様は、断じて【暗黒魔王】などではありません!それどころか、横転した荷馬車から娘を救って頂いた大恩あるお方で御座います。」
「何ですと?!そんな話は聞いておらぬぞ…」
グラムノーツの独り言は、声がデカイ。
「見た目だけで判断し、こんな場に連れて来た挙句、理由も無く断罪しようなどと…愚か過ぎて話にもなりません。
それに、事実が隠蔽されていたようですわね…一体、何方の差し金なのかしら?」
サージ司祭は、顔が真っ赤に染まっていた。
「うぐぐ…」
「もうこんな茶番は辞めて、ゼロ様を解放して下さいませ。私共の方で、持て成す用意がございますので。」
「だ、黙れ、黙れ!黙らっしゃい!ティエラ皇女…いや、王族ではない貴女はもう皇女などでも無いわ!
然も、この卑しい【暗黒魔王】めの甘言に騙され、肩を持つなど言語道断!
我等がシュラム聖教の最大の禁忌である【黒】を身に纏う者など生かす価値もない!」
(このおっさんも無茶言うなぁ…あれ?先生?)
先生なんか怒ってるような…
「サージ司祭、貴方の言動は人としてあってはならないものです。ましてや、聖職者ともあろう者が口にするなど…私の6つになる娘でも分かる事ですよ。」
「うるさい!【暗黒魔王】に唆され、邪教に身を売りおったな!誰かその売女を取り押さえるのじゃ!」
(あ?…今何て言いやがった?!)
その言葉を聞いた瞬間、俺の中に【怒り】が湧いた。
サージ司祭の言葉には逆らえないのか、
衛士が何人かで、ティエラさんを取り押さえようとしている。
グラムノーツが、止めさせ様と走り出すのが見えた。
だが…
衛士の手がティエラさんに、触れた瞬間、俺の中で何かが弾けた気がした。
その場に居た者達全員が、異様な気配に気付き、一斉に【漆黒の戦士】を振り返り見る。
【漆黒の戦士】から爆発的に魔気が噴き上がり、凄まじい圧力が、その場にいる者達を押し包んで行く。
「…その女性から手を…離せ!」
怒りで我を忘れる…その時、俺の意識は途絶え…その後の事は、憶えていない。
次の瞬間、【漆黒の戦士】の身体は忽然とその場から消え、次の瞬間ティエラの側にいた数人の衛士達が、爆発した気に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
魔気の爆風の中心にいる【漆黒の魔人】は、
ティエラを優しく抱きかかえ静かに立っている。
「超速移動…いや、瞬間移動か?!」
グラムノーツ衛士隊隊長が、驚愕の声を上げた。
「それに、この気の膨れ上がりは、余りにも異常過ぎる…人の領域など遙かに超えている…あの御仁は一体何者なのんだ?」
「えぇい、早く殺せ!その化け物を殺してしまえ!
誰でも良い、その【黒い化け物は】を殺した者には幾らでも金を出してやる!さっさと殺すのじゃ!!」
サージ司祭が、一人で怒鳴り散らしているが、
目の前で起こっている事態に誰も動かない…恐怖で動けないでいた。
恐怖の対象である【漆黒】の人非る者が放つ強大な魔気の奔流で押し潰される。
一瞬で屈強な仲間が何人も無惨に吹き飛ばされ、その動く姿を見る事すら出来ない、圧倒的な恐怖の存在…
誰もが直感した。
【暗黒魔王】
半狂乱になりながら司祭が、手に光り輝く聖輝石を取り出す。
それに気付いた、グラムノーツ隊長が叫ぶ、
「何をやっている!サージ聖教司祭!
聖輝石の聖なる光に包まれれば、あらゆる物が消滅するんだぞ!
こんな所で使えば、街が消えるどころか民達にも死傷者が出るんだぞ!」
ジーノ聖教司祭は、余りの恐怖で半狂乱になり、涎を垂らしながら何事か呟いている。グラムノーツの言葉など聞いてはいない。
「ケヒヒヒ…【暗黒魔王】を倒したとなれば、私は大司祭、いや法王にすらなれるぞ…」
そう言うと、聖輝石を地面に叩きつける。
眩い光が辺りを包む。
「くそっ、あのバカやりやがった!」
グラムノーツが叫ぶ。
しかし、凶悪な聖なる光は、広がる事無く、突如出現した黒い球体に吸い込まれて行く。
「?!」
聖なる光は全て黒い球体に吸収され尽くし、球体も…
左の黒い手の中で収束して消えた。
いつ移動したのか…聖なる光が包んでいた場所に【漆黒の戦士】が立っていた。
右手には失神している司祭の襟首を掴んでいたが、地面に放り投げる。
居合わせた者達の中に、何が起こったのか理解できる者は殆どいなかっただろう。
「…どうやら俺達は、救われた様だな…それにしても…凄まじい力だな…全く大した御仁だ。ゼロ殿。」
グラムノーツだけは理解できたのかそう呟いていた。
其処で不意に意識が戻った。
(…あれ?何だこの状況?確か…ティエラさんが捕まりそうになってたような…確か先生に意識持って行かれた気がしたんだけど…)
サーシャ副隊長とティエラさんが一緒に歩いてくる。
どうやら俺が、瞬間移動?でサーシャ副隊長にティエラさんを預けた様だ。
「…お前は…何者なんだ?」
サーシャ副隊長のもっともな疑問が、口に出た。
「また、助けられましたね。
有り難うございます、ゼロ様。」
ティエラさんが、和かに微笑みハグしてくれた。
「なっ…あの、…え、ど、どういたまして。」
(な、何で俺ハグされてんの?!)
いきなりハグされて、動揺しまくっている俺を…
グラムノーツとサーシャが見つめていた。
衛士達は、今起こった出来事が理解出来ずに困惑したまま、ただ…目の前にいる【漆黒の戦士】に釘付けになっていた。