マナリムは牙を剥かん⑧
「……なあハイアルム」
いろいろと考えることはあるけれど、クロートはそこで顔を上げた。
その隣、レリルは不安そうな瞳を彼に向ける。
「なんだ、言うがよい」
「よくわからないんだけど――あんたは世界がこうなることを知ってたんだろ? なら、宝箱を置くよりももっと……マナを消費させない方法を選べたんじゃないのか?」
「うむ。確かに可能性はいくらでもあろうな。……例えば、核の使用を禁止するほどの権力を得ることよの。妾になら朝飯前であろう。しかしそれは独裁的な王のようだと思わぬか? 必ず不満は生まれ、争いが起こり、混沌たる日々となるのが目に見えておる」
「……さらっとすごいこと言ってるな……」
「ふ、妾は強いからの。……かといって、非マナ生命体を狩って減らすような真似は一切望まぬ。マナの生命体も然り。その結果が【迷宮宝箱設置人】であり、『ノーティティア』だった――これでどうかの?」
ハイアルムは僅かに口元を緩めて戯けると、締めくくった。
クロートは納得できているのかできていないのか、とりあえず頷くと次の質問を投げる。
「……世界が溶けて消えるとしたら、どれくらいかかる?」
「ふむ。このままであれば数年……妾ができることをしても、十年程度しかなかろう」
ハイアルムにとって、十年は一瞬のことである。
しかしクロートにとっての十年はまだまだ先のようにも思えた。
彼にとって実感のない数字ではあるが、かといって決してのんびりもしていられないことはわかる。
「……とりあえず、いまは考えることだ。そうゆっくりはしておれぬがの」
ハイアルムはそう言って肩の力を――どうやらかなり力んでいたらしい――抜くと、再びソファに深々と体を預けた。
「――レリル。此度の報告書、まだ作成できてはおらぬだろう? 見せてもらいたいのだが、書けるかの?」
「……書きます。大丈夫です」
レリルの返事にハイアルムは目を閉じてゆっくり頷くと、優しい声で付け加えた。
「物語は紡がれ、のちの世になにかを遺す――辛かろうが、頼んだぞ。では身の振りを決めてからまた来るがよい。これからの話は、そのときにしよう」
******
「……クロートは、どう思う?」
廊下に並ぶ【迷宮宝箱設置人】たちの視線が見えなくなると、レリルはすぐにクロートに話しかけた。
難しい顔をしていたクロートは、急かされるような足取りで進みながら唸る。
「正直、さっぱりわからない」
「……え」
「餌? 宝箱が? なんだよそれ。そんなことのために創造してたわけじゃないし。俺は俺の宝箱が餌なんかじゃなく、誰かの助けになってほしい――レリル、最初に言ったこと覚えてるか?」
「……最初?」
「宝箱ひとつで、誰かの人生が覆る――宝箱を設置することに、名誉はあるってやつ」
「あ、うん」
レリルはちゃんと覚えていたので、クロートの言葉に頷きを返す。
そのとき、彼女は告げたのだ。
クロートの物語を、自分に綴らせてほしいと。
不思議なことに、レリルにはもう遠い昔のようにも思えた。
「俺、本当にそう思うよ。……そもそもさあ、宝箱を創造しなくたって世界が牙を剥いたことに変わりはないって思わないか? 核が必要で、恐いこともあるけどわくわくするような冒険があってさ――それは宝箱があったからじゃないだろ。だから俺たちが本当にマナを循環させられてたのか? って疑問しかない。……さっぱりわからない」
クロートは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、さらに続けた。
「――それに『イミティオ』のことがなにも出てこなかった。俺たち、あれを討伐するために【ダルアークの迷宮】に行ったのに。クランベルから先に聞いてたとしても、俺たちになんの確認もないとか変だろ」
「それは……確かに」
レリルは肩を怒らせるクロートに小走りでついていきながら、二度頷いてみせる。
「……だからさ、マナを循環させるって話には先があるんだよ、きっと。あの黒い宝箱が関わってくると思うんだ。だってまだ五級なんだぞ? 俺たち。そうでもなきゃ、『イミティオ』の情報は三級で開示って……世界が壊れそうだって話より上なんておかしいだろ」
「……うん、そうだよね」
クロートの話にレリルは舌を巻いた。
黙っていたかと思えば、彼はそんなことを考えていたのだ。
それに聞いていればいるほど、確かにそうかもしれない――レリルにはそんなふうに思えてくる。
「――でもこのままじゃ世界が消えてなくなるってのはたぶん本当だ。なら、なにをしなきゃならないのかを――あ」
「わっぷ!」
クロートが急に立ち止まったので、レリルは変な声を上げてその背中にぶつかった。
「ちょっと……」
「はは、ごめん。……先に言うけど、俺さ。【迷宮宝箱設置人】は辞めないぞ? 父さんだって辞めなかったんだ、絶対になんかあるんだよ!」
「……」
レリルは恨めしそうな顔をしながらぶつけた鼻先を擦り、ため息をつく。
「私は【監視人】として育ったけど……それがなくても、クロートの話を綴りたいって思う。だからついていく。――結局私は【監視人】であることも好きなんだと思う。それに、『ノーティティア』が好きだもん」
――好きにしろって、クロートが言ったんだからね。
レリルは心のなかで付け足して、クロートがするようにふんと鼻を鳴らしてみせる。
クロートはそこで思い切り破顔すると、レリルの肩をバシッと叩いた。
「いっ……いった!」
「楽しみにしてるからな!」
「えっ、い、嫌だよ! 絶対に見せないから!」
「いいよ、勝手に見るから」
「ちょっと! 最低!」
抗議の声を上げながら、それでもレリルは笑ってしまう。
深刻に悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたのだ。
「よし、じゃあ【監視人】レリル。とりあえず書庫でいいよな? ……父さんやモウリスがどう思ったのか見たいし。で、またハイアルムに会いに行こう」
笑って意気込むクロートとしっかりと目を合わせ、レリルははっきりと応えた。
「はい。【迷宮宝箱設置人】クロート!」
すみません、昨日はすっかり投稿できず。
なんとなくハイアルムの言葉が決まらなくて駄目でした!
よろしくお願いします!




