それは絶対の覇者たるか④
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モウリスの物語は、クロートの背よりも高い位置にあった。
深い藍色をした本で、九級から六級までがきっちりと並んでいる。
本棚には梯子が掛かるようになっており、クロートは部屋の隅にあった梯子を見つけるといそいそと持ってきて本を手に取った。
ちらと振り返れば、レリルはクロートから少し奥の本棚の前で一冊の黒い本を開いていた。
「父さんの本、あったのか?」
「……ん、うん。……すごく綺麗な言葉で書いてある……」
レリルはどこかうわの空で答えると、ぺらりとページを捲る。
――レリルは綴る側だしな。やっぱり書き方も気になるんだな。
クロートはそんなことを思いつつ、ガルムの物語についてはあとで教えてもらおうと考えて自分も本を開いた。
……綴られていたのは、モウリスが九級のときの話。
彼は最初に【スライム洞窟】へ赴いたようだ。
◇◇◇
アーケインは煌めく刃でスライムを両断すると、歯を見せて嗤う。
冷静沈着、物事を理論的に判断するこの男も、このような顔をすることがあるのだなと変な関心を抱かずにはいられない。
「――こんなんじゃ、準備運動にもならないな」
その独特な硬さの体を真っ二つにされた薄緑色の魔物は、空気に溶けるように光の帯を残しながら小さな核となってゴツゴツの岩肌に転がった。
……確かに、彼には準備運動にもならない。
私はアーケインの動きをそう評価する。
まだ二十歳そこそこにも関わらず、彼の動きは驚くほど洗練されていた。
まるで舞踏。
荒々しく地面を踏み鳴らし大きく身を捻る動きにも関わらず、縦横無尽に繰り出される攻撃の数々は力強く猛々しい。
「で? どこに宝箱を設置すればいいんだ?」
「――それは【迷宮宝箱設置人】が決めて構わない」
魔物をすっかり殲滅したアーケインに私が答えると、彼はその場で無造作に左腕を突き出した。
「……創造」
――その言葉は、私がアーケインに教えたものだった。
創造を意味する『クリエイト』という言葉――有名な【迷宮宝箱設置人】が使っていたものだ。
我々【設置人】たちが綴った物語のなかでも、彼の者の話はとても人気がある。
古い時代の【迷宮宝箱設置人】で、ハイアルム様でさえ一目置いていたという存在だ。
何人もの【迷宮宝箱設置人】を見届けてきた私は、アーケインに彼の者の姿を重ねていた。
――その場に生み落とされた宝箱に、私は頷いてみせる。
「こんなに簡単に仕事を終わらせたんだ、すぐに等級も上がるだろう」
◇◇◇
「……創造……」
クロートは呟くと、ガルムの言葉を思い返す。
――どっかの冒険者がしたためた物語で使われる、創造を表す言葉……確か、そんな感じだ。
モウリスもその言葉を使っていたのだと知って、クロートはガルムを思った。
――父さんが言ってたのって、有名な【迷宮宝箱設置人】の物語だったんだな。
そして、モウリスがとても強かったんだと文脈から判断する。
……いつしかクロートはモウリスの物語に没頭していた。
◇◇◇
いつものように力強い剣捌きで魔物を屠るアーケインは、すでに私の想像をはるかに越えた強さを誇っていた。
同時に、アーケインと肩を並べるガルムについても素晴らしいと評価せざるを得ない。
このふたりなら、おそらくはそう遠くない未来に一級まで上り詰めるだろう。
「なぁアーケイン、龍の一匹でも倒してみてぇよな!」
ガルムが大剣を通り越した巨剣を軽々と背負い直す。
アーケインは足下に転がった核を拾い上げて、ふんと鼻を鳴らした。
「何頭でもいいぞ」
「ぶはっ、ははっ! そりゃあいい、腕が鳴るぜ」
――すでに彼らは六級を終えようとしている。
この先、私は任を解かれ、また新しい【迷宮宝箱設置人】と行動することになるだろう。
しかし、時代を担うふたりを目にすることができた――それは非常に幸運ではないだろうか。
ただ、思うところがある。
アーケイン……彼は、宝箱を設置するその理由――自分はいったいどのような使命を帯びているのか――に惹かれているようだ。
もしもあとの世代がこの物語を読むのであれば、肝に銘じてもらいたい。
――迷宮と同じなのだ。
――世界は、決して優しくはない。
――それを知ったそのとき、君はなにを思うだろうか。
◇◇◇
ぱたりと本を閉じると、クロートは知らず体を震わせていた。
アーケインの物語には、ガルムの話も散見される。
ふたりはハイアルムの指示で行動をともにし、階級より上の迷宮に挑んでいた。
そして、アーケイン……モウリスは自分の仕事に誇りも疑問も持っていた。
――宝箱を設置する、その理由……。
決して優しくはないと綴られたその部分が、クロートの胸の奥、静かに火を灯す。
――きっと、いまのモウリスに繋がる部分なんだ。
クロートは梯子に上り本を戻すと、ひらりと飛び降りる。
その音で、レリルが顔を上げた。
「……あ、読み終わった?」
「ああ。レリルは?」
「終わってるよ」
見れば、彼女の手にはガルムの黒い本ではなく別の紅い本がある。
「読むの早いな……!」
「すごく読みやすかったんだよね。……私ももっと綺麗な言葉で書きたいな……もう少し見てもいい?」
「昼までまだあるし、いいよ。俺もそのへんの見てみるよ」
「ありがとう!」
レリルはぱっと笑顔を見せると紅い本を本棚に戻し、並んだ本棚の向こう側に駆けていく。
――あ、そうだ。
クロートは思い立って、か行の棚を見ていった。
本の並び順はただのひとつも間違いがなく完璧で、クロートはすぐにお目当てのものにたどり着く。
「……おぉ」
それは、クロートの物語。
クロートの眼の色をした翠の表紙は古めかしく、まるで古文書のようだ。
煌びやかな装飾はひとつもない。それでも、とても綺麗だと――クロートは思った。
手に取ってそっと撫でると、滑らかな革の感覚が指先に残る。
クロートは息を止め、表紙に手をかけた――が。
「……ッ!」
首筋に走ったひやりとした感覚に、クロートは咄嗟に身を捻って飛び退いた。
それと同時に手の中にある本が凄まじい速さで抜き取られる。
クロートは跳ね上がった心臓を落ち着かせようと、右手で胸を押さえた。
「おっ……脅かすなよ!」
「それは私の台詞です! こ、これは、駄目! その、ちょっと恥ずかしい……」
いつの間にか戻ってきていたレリルが、そこにいた。
本日分です!
いつもありがとうございます。




