組織にとってはこともなし③
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「……なんだこれ」
クロートはその光景に眉をひそめた。
ハイアルムのいる部屋に続く中庭に面した廊下。
そこに、ずらりと人――おそらく報告に来た【迷宮宝箱設置人】たちだ――が、並んでいたのである。
中庭には今日も色とりどりの花が咲いているが、その香りに混ざって……なんというか、むっとした『人の臭い』がした。
「そういえば『アルテミ』が動くかもしれないから、ほかの迷宮の情報も一気に集めるって言ってたね」
そう言いながら、レリルも珍しい光景にぽかんと間の抜けた表情をしている。
クロートは列の一番後ろに並びながら、さり気なくほかの【迷宮宝箱設置人】たちをざっと見回した。
彼らと同じくらいの年齢はいないようだ。
どちらかといえば若者より壮年が多く、様々な種族がいる。
目を引くのはロウロウゾク――『狼々族』――の男性。背はそれほど高くないが、狼のそれと思われる灰色の耳とふさふさの尾が人の列から見え隠れしていた。
「……どれくらい待つんだろ」
「どうだろうね、何時間かかるのか予想できないな。私もこんなに並んでいるのって見たことないかもしれない」
ふと聞いたクロートに、レリルは非情な返答をしてくる。
――何時間も待つのは厳しいな。
クロートはまだ高い日が沈むころまでかかるかもしれないと思ってげんなりした。
――むしろ空いたころを見計らうほうがいいんじゃないか?
すぐにその考えに至り、彼は自分の左側にいるレリルをちらと見て……はっとした。
「……そういえば、右腕」
「え? ああ、この傷のこと? もうしっかり塞がったから平気だよ」
彼女の右腕に見える傷は【シュテルンホルン迷宮】で『白薔薇の女王』と戦ったときのものだ。
レリルの言うとおり傷はすっかりかさぶたで覆われていて、もう触っても激痛が走るようなことはないだろう。
しかしマナ術に弾き飛ばされたレリルの姿を思い出して、クロートは表情を曇らせた。
それを見たレリルはふふっと笑って、右手をひらひらしてみせる。
「――また引っぱたく?」
「いや、なんでだよっ」
思わず返し、クロートは首を振った。
――違う。頼るってのは絶対に引っぱたかれることじゃない。
とはいえ、彼女に頬を張り飛ばされて我に返ったのも事実だ。
気を抜いてしまったことへの嫌悪感も、はっきりと覚えている。
クロートは二度とあんな醜態を晒すわけにはいかなかった。
すると、彼女はどう思ったのか、廊下と中庭の境界にずんずんと立ち並ぶ柱――翼を持つ人型の像が彫られている――を眺めながら、言葉を紡いだ。
「……ねえ、クロート」
「うん?」
「もう少し……その、一緒に戦う練習がしたいんだけど……どうかな?」
「……うん?」
「最初に『薔薇の女王』の変異種と戦ったときは、うまくやれてたと思うんだよね。連携……っていうのかな。マナ術が放たれてめちゃくちゃになっちゃったけど」
「……」
レリルはクロートに新芽のような黄みがかった緑の目を向けてから、少しだけ俯いた。
伏せられた瞳に、長い睫毛が影を落とす。
「【監視人】として一緒にいるけど、別にクロートを処刑したくているわけじゃないし。私だって命を粗末にしたくない。放っておけなくて飛び出しちゃうことがあるのもわかってる。それでも協力して戦わなくちゃならないこと、これからもたくさん――」
言いかけて、彼女は言葉を切った。
――クロートの【監視人】として仕事をするのは五級まで。そう遠くない未来に、私……役目を解かれるんだった……。
その事実を思い出したのである。
不意に見開かれた彼女の目が不安そうに揺れるのを見て……クロートは首を傾げた。
「なんだよ?」
「――あっ、ううん! とにかくもう少し連携の練習がしたいなと思って!」
レリルは慌てたようにそう言うと、列の前方を覗き込んで肩を竦めてみせた。
「またあとで来ようか。……六級は待ち遠しいけど、長く待つのも大変だよね」
それが事実からの逃避――ただ昇級を先延ばしただけ――なのかもしれないと理解しつつ、レリルはクロートが四級になるそのとき、自分がどんな立場になってしまうのか――それを不安に思うのだった。
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そうして受付近くまで戻ってきたふたりは、同時に立ち止まった。
なにやら受付がざわざわしているのである。
「……今度はなんだ?」
首を傾げたクロートの耳に、底抜けに明るい声が聞こえたのはそのときだ。
「あーっ! 見付けたー! おーい女の子ー!」
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