白薔薇は麗しきかな③
「……う」
レリルは体が軋むのを感じながら、滲む涙の向こう側、クロートのほうを見た。
彼女は油断していた自分が悪いのをわかっていたし、死んでいてもおかしくなかったのもわかっている。
――でもクロートは無事……よかった。
それでも彼を――誰かの命を守ろうとする――それがレリルだった。
ところが、レリルは自分へと視線を向けている彼の様子がおかしいのに気付く。
確かにレリルを見ているのに、目が合わない。それはまるで、どこか違う場所を見ているような――。
レリルは理解と同時に全身が冷えるのを感じた。
――クロートは【アルフレイムの迷宮】での惨劇を見てるんだ――!
そのとき、好機とみてレリルへと向かっていた『白薔薇の女王』に銀色の武器が突き刺さり、マナに還す。
「早く起きろ」
いつの間に近くまで来ていたのか――立っていたのはモウリスだ。
黒いブレストプレートに松明の灯りが映り、橙色の光が揺らめいている。
「……は、はい!」
レリルは軋む体に鞭打って立ち上がり、取り落としていた魔装具――剣を拾い上げる。
彼女の左腕に装着された盾はしっかりと機能していた。
右腕から血が出ているが、表面を薄く裂いただけのようだ。見た目ほど酷くはない。
――自分のことはそれだけわかれば十分だ。いまは――。
「クロート! どうした!」
唇を噛んだレリルは、援護のためにこちらへとやってくるガルムになんと言っていいのかわからなかった。
どこか遠くを見詰めるクロートの肩をガルムの大きな左手がガシリと掴むと、クロートは体を跳ねさせるようにしてひゅっと息を吸う。
「……おい、クロート……?」
「あっ……だ、大丈夫……」
彼の様子に眉根を寄せたガルムに、クロートは乾いた唇から言葉を紡ぎ出す。
次の『白薔薇の女王』が滑るように迫ってくるのを巨剣を振るって牽制しながら、ガルムはさっとレリルへ視線を走らせた。
「……私は平気です!」
レリルはガルムの視線にすぐに答えるとクロートの隣へと戻ってくる。
「……クロート」
クロートを覗き込むレリルの瞳は、心配そうに揺れていた。
ガルムはそれを見て、やはりクロートになにかが起きているのだと確信する。
――レリルには理由がわかるのか。
「不注意だった――私は大丈夫。クロートは?」
立て続けに声を掛けるレリルに、クロートは乾いた唇を湿らせ、ぎこちなく頷く。
「だ、大丈夫……」
どう見ても大丈夫ではなかったが――レリルはそんなクロートに向けてうんうんと二度、縦に首を振った。
納得したかのように見えた彼女だが――しかし。
「ごめんクロート」
「……えっ?」
ひゅっ、と。
彼女の左手が振りかぶられたのはそのときだった。
ばちーーんっ!
「……!?」
ガルムは目の前で起こったことにあんぐりと口を開ける。
……レリルが容赦なくクロートの頬をひっぱたいたのだ!
それでもガルムが止まることなく『白薔薇の女王』たちの接近を阻止していたのは経験の賜物である。
クロートとレリルの様子をちらと横目で確認したモウリスの唇の端が微かに持ち上がり――クロートは、右頬がかーっと熱くなって目の前でちかちかと星が瞬くのを見た。
「な……なにすんだよっ!?」
「よし、おはよう! だから先にごめんって言ったでしょう? 私は大丈夫だから、ちゃんとこっち見て」
思わず頬を押さえて唸るクロートに、レリルがばしっと言い返す。
「は、はあ……!?」
言葉に詰まったクロートは、自身の体がすっかり動くようになっているのに気付いた。
『自分では平気だと思っていても長く傷になることがある。そのときはひとりで抱えないこと。あなたには【監視人】……レリルがいるわ』
クランベル――肩ほどまでのピンク髪のエルフだ――彼女の言っていた言葉を、クロートは無意識に口の中で転がす。
――意味はわかっている。頼れということだ。……でも。
場違いだとわかっていても、クロートの口からこぼれたのは笑いだった。
「ははっ、お前、それ違う気がする!」
「違うってなによ……心配したんだからね」
レリルの新芽のような黄色がかった翠の目が、クロートを真っ正面から映す。
訝しげに寄せられた眉に、クロートはますます笑ってしまった。
……彼女の腕から流れる血は、すでに固まり始めている。
クロートはそれを冷静に見つめて、剣を握り直した。
「父さん、モウリスも、ごめん。もう大丈夫! マナ術が撃たれるときにどうしたらいいか教えて!」
もう大丈夫。そう言い切ったクロートの言葉は、しっかりしている。
「よし、ちゃんと見ておけよ!」
「……いいだろう」
……ガルムもモウリスも込み上げてくる笑みを隠そうともしないで、クロートに応えてくれるのだった。
本日分です!
よろしくお願いしますー!




