白薔薇は麗しきかな②
クロートは急に感じ始めた甘ったるい臭いに顔をしかめる。
先ほどよりも遥かに密度が高く、むせ返りそうな臭い。
――これはたぶん……。
「父さん……こいつらから少しずつ臭いがする! 一体じゃない、全部から……!」
「全部って……笑えねぇな、おい!」
ガルムはその瞬間に目の前の一体を真っ二つに斬り裂いた。
『――――ッ!』
甲高い断末魔を響かせ、魔物が光を弾けさせて核へと変わる。
足場の悪い場所にも関わらず、ガルムの安定した剣捌きはさすがというべきだろう。
それを確認した新たな魔物たち――『白薔薇の女王』とでもいうべきか――は、ざわりとさざ波を立てるようにして動き出す。
「……レリル、武器だ! 来るぞ!」
「――わかった。収束ッ!」
もはや魔装具を隠している場合ではない。レリルはクロートの言葉にナイフを収め、両手を突き出した。
淡い緑がかった光が彼女の手に集まり、弾ける。
小型の盾と剣が形を成し、レリルはクロートの隣で臨戦態勢を取った。
「クロート、レリル! いいか、俺からあんまり離れるな――んん?」
瓦礫を跳び越えてやってきたガルムが静観していたモウリスに気付く。
その眉がぴくりと跳ね、クロートと同じ色をした――よりギラついて貫禄が滲んでいる――翠の目が見開かれた。
「アーケイン……」
「よもやここでお前の顔を見ようとはな。……話はあとだ、やるぞ」
アーケイン。ガルムはそう言った。
名前だとすれば……彼はモウリスではないのだろうか? と考えたが、クロートは目の前の魔物に集中しようと決めて雑念を振り払う。
ふたりがどんな関係だとか……気になることは山ほどあれど、気にしている暇は彼らには露ほどもない。
「――ふたりとも、マナ術に気を付けろ!」
「わかった」
「わかりました!」
ガルムも同じような判断に至ったのだろう。
返事をしたクロートとレリルに頷くと、天井に開いた穴の縁に密集する『白薔薇の女王』たちへと視線を巡らせる。
……瞬間、示し合わせたように魔物たちが一斉に飛び降りた。
「おおおっ!」
ガルムが着地を狙って一体。
「――消えろ!」
モウリスが同じように一体。
しかしまだまだ――四人を囲んで余りあるほどの数がいる。
魔物たちはクロートたちを呑み込まんとして滑るように移動を始めた。
「いけるよな、レリル?」
「――うん。任せて」
人型の魔物を気にしていたレリルに短く確認し、力強い答えにクロートは頷き返す。
まだ駆け出しの【迷宮宝箱設置人】と、その【監視人】――ふたりの戦闘が――始まった。
「――ふっ!」
「はあっ!」
レリルが踏み込んで斬り掛かった一体を、クロートが横から貫いてそのまま薙ぎ払う。
次の一体がクロートへと手のひらを向けたのを、身を捻ったレリルが下から盾で跳ね上げた。
その手から一瞬だけばちり、と黒い稲妻が弾けるのを視界の端に捉えながら、クロートは左足を踏み出し重心を移動させて魔物の肘から先を斬り飛ばす。
『――――!』
頭の奥にキンと突き刺さるような悲鳴は『白薔薇の女王』の発するもの。
クロートは歯を食い縛り、目を眇めながら体勢を崩したそいつを斜めに両断した。
すぐに剣を構え直すクロートの後ろ、レリルが新たな『白薔薇の女王』に狙いを定める。
……ガルムは三体を相手にしながら、ふたりの動きにも気を配っていた。
彼が離れるなと告げたものの、ふたりはガルムとアーケインの関係に気を取られてしまったはずだ。
そもそも、ガルムの様子まで見る余裕がないだろうとは考えていた。
――しっかし、なかなかどうして。やるじゃねぇか。
クロートの敏捷力と、レリルの小回りが利く動きが敵を翻弄している。
予想を遥かに凌ぐ連携を見せるふたりに、ガルムは内心で舌を巻いた。
――うかうかしてはいられねぇな。追い抜かれるには――まだまだ早い。
「おおっ!」
気持ちを載せたガルムの大剣が二体を一度に屠り、落ちた核が床を跳ねる。
間髪入れずに残った一体の胸を分厚い大剣が貫いて、ガルムは鼻息荒く言い放った。
「次はどいつだ!」
その向こう側では、黒いブレストプレートの大男――モウリスが右手で一体、左手で一体を相手にしていた。
まずは右手。
装着された珍しい形をした武器――その鋭利な刃を閃かせ『白薔薇の女王』の首を容易く跳ねる。
そして左手。
肘の上までを真っ黒な革手袋が覆っているだけに見えるが、その手に頭を掴まれた『白薔薇の女王』が金切り声を上げ、爆ぜた。
いまだひしめく『白薔薇の女王』たちだったが、そこで初めて劣勢だと悟ったらしい。
『――――!』
甲高い悲鳴のような声とともに一斉に持ち上げられた手のひらに、クロートは息を呑んだ。
囲まれてはいなかったが、自分たちへと向いている蒼白い手のひらがいくつも見える。
――避けるか、迎え撃つか――!
「――させない!」
「……っ馬鹿! 危ないッ!」
クロートが逡巡したそのとき、レリルが盾を構えて彼の前に体をねじ込んだので――クロートは咄嗟に彼女を引き倒した。
しかし完全には間に合わず、放たれたマナ術のひとつがレリルの盾にぶち当たり、衝撃でクロートはレリルの下敷きになった状態のまま床に叩きつけられる。
「っぐ……はっ!」
内蔵という内蔵が圧迫され、腹の中の空気が押し出されてギリギリと骨が軋む。
「っ、は……レリル!」
それでも声を上げ、クロートは己の上に倒れた少女を呼ぶ。
彼女はすぐに体を起こして頭を振る。
「大丈夫……盾で受けた……から」
「――は、ならよかった」
しかし。
このとき一瞬でも気を緩めてしまった自分に、クロートは後悔よりも嫌悪を抱いた。
彼女は衝撃で朦朧としていたのだろう。
ふらりと無防備に立ち上がるその向こう――再びマナ術を放たんとする蒼白い手のひらが見え――クロートは咄嗟に叫ぶ。
「レリル……ッ!」
「――あ」
バチリ。
……一瞬だった。
黒い光が走り、はっと息を呑んだレリルの体を横薙ぎに弾き飛ばす。
時が流れるのが異様に遅く、クロートにはその一瞬が果てしなく長いように感じた。
彼女の腕から血が舞って、蜂蜜色の髪が揺れる。
白く染めた革鎧に、血が……線を描く。
クロートの双眸に映し出されたのは――紅。白い部屋を染め上げる、紅。
ズダァンッ!
床へと叩きつけられた彼女の体が何度か転がり、うつ伏せに止まるときには……クロートはまるで全身が石になってしまったかのような感覚に呑まれていた。
本日分です。
ダンジョンは本来恐いものですが――攻略に明け暮れてみたい!
よろしくお願いします。




