白薔薇は麗しきかな①
【シュテルンホルン迷宮 塔四階】
一部が欠けた階段を登り切ったクロートは、四階の天井がかなり高いことを知った。
下層に比べて二倍以上はありそうだ。
四階は一階と同じく一部屋のみで構成されており、正面奥に階段が見える。
窓は縦に大きく等間隔に取られていて、窓と窓の隙間を埋めるように設置された松明が煌々と燃えていた。
そのお陰で部屋は明るく、床の所々に描かれた罠の模様がはっきり見て取れるのはありがたい。
罠のことを知っていれば避けることができるようにしているのだろうが、わざわざ見えるようにしてあるのは滑稽である。
本来はもっとわかりにくいのだろうと考えたクロートは、罠についてもっと学ぼう……と密かに決意した。
……前を行くモウリスは奥へと真っ直ぐ歩いていく。
いまのところ後ろからレイスがやってくる気配はない。
クロートはいつでも抜けるよう剣の柄に手を置きながら、モウリスとレリルの後ろを慎重に進んだ。
しかし。
ちょうど四階の中央あたりまで来たとき、腹の底から体を震わせるほどの轟音が、予期せぬ方向から耳朶にを打った。
「……うえっ!?」
上という意味か、意味などない呻き声か。クロートが口走るのと同時に塔が震える。
ビシビシィッ!
「きゃあっ!」
不穏な音とともに天井から石の破片がばらばらと振ってきて、レリルが腕で頭を庇いながら声を上げた。
クロートは天井に視線を奔らせて、はっと息を呑む。
「――レリルっ走れ!」
ビキッ……!
天井の中心あたりに亀裂が走り、どんどん広がっていく。
モウリスもこの状況に気付いているらしく、三人は奥の階段に向かって一直線に駆け抜け、ほぼ同時に振り返った。
瞬間、めきめきと天井が歪み……崩壊が始まる。
……が。
「う――おおおぉぉっ!」
同時に、轟く崩壊音に混ざって咆哮が響き渡り、クロートは目を見開いた。
崩れ落ちる瓦礫とともに、白い布のようなものと絡み合うようにして『誰か』――いや、クロートにはすぐわかったのだが――が、堕ちてくる。
「え……ああっ!」
気付いたレリルが両手で口元を覆う。
しかし、どうすることもできない。
ガラガラガラッ――ズゴオォンッ!
四階の床に天井の瓦礫が激突し、土煙が埃と混ざって舞い上がった。
それだけではない。落ちてきた破片によって罠が発動し、立て続けにあちこちでズドン、ズドンと爆発が起こる。
一気に視界が悪くなり、息をするだけで咽せそうなほどだ。
細かい粒が入るせいかシパシパする目を必死に凝らして、クロートは床に直撃した天井の破片へと意識を集中させた。
白い布のようなものも、人影も見えない。
やがて瓦礫の中心部あたりでガラガラッと破片が崩れる音がして――。
「くっそ……痛ぇ……!」
呻きながら身を起こす巨躯。
まだ土煙は立ち込めているが、クロートはその影をはっきり視認して息を吸う。
リザードラ変異種に噛み砕かれたはずの彼の肩は、まるでなにもなかったかのように自在に動いていた。
そこまでわかれば十分だった。クロートは弾かれたように駆け出す。
「――父さん!」
「……あ? ……なッ!? おまっ……こんなところでなにしてやがる!」
視線を巡らせた巨躯――ガルムは、向かってくるのがクロートだとすぐに気が付き、慌てて続けた。
「待て! 止まれクロート! まだ――」
「え?」
……その瞬間。
ガルムのすぐ横あたりで、瓦礫が弾けた。
経験がそうさせたのだろう。手にしていた大剣で身を守ったガルムは、ゆらゆらと揺れながら浮き上がる影に向けてふんと不敵に笑う。
「――まだ、戦闘中なんでな! ちょっと待ってろ!」
しかしクロートは使い慣れた長剣を抜き放つと、怒鳴るように返した。
「待ってなんかいたら死んじゃうって! 『嫌な臭いがする』んだけどッ!?」
「なんだと――っうお!」
ガルムの向こう、白い布を纏った影が揺らぐ。
瞬間、そいつを中心にして土煙がぶわあっと吹き飛ばされ、視界が晴れていった。
クロートはその魔物の姿を見て、過ぎった違和感に一瞬だけ眉を寄せる。
「クロート! 臭いの『元』はこいつか!?」
そこでガルムが魔物へと大剣を振るい、怒鳴った。
「いや、まだ薄い臭いだから違うと思う……探してみる!」
クロートは我に返ると、甘ったるい吐き気がしそうな臭いの『元』を探して視線を巡らせた。
――どこだ、なにがいる?
「クロート! あれっ!」
そこに駆け寄ってきたレリルが上を指さした。
「う……っ!」
その指先を辿るように見上げたクロートは声を詰まらせる。
……崩れた天井の縁。つまり、五階の床に。
淡い光……いや、光というには黒くて禍々しいなにかが集まって影を描く。
それもひとつやふたつじゃない。
いくつも、いくつもだ。
少し前にも、クロートとレリルは似たような瞬間を見たはずだった。
――そうだ、あれは『リスポーン』の瞬間。やっぱり、ここで起きているのは――!
クロートは考えながら息を呑み、喉を震わせる。
「マナレイド――!」
絞り出した声が思いのほか呻き声のようで、クロートは腹の底に力を入れた。
気持ちで負けてしまってはいけないと――彼の本能が警鐘を掻き鳴らしている。
その間に黒い光は次々と収束し、弾けるようにして散っていく。
現れたのは……ガルムがまさに戦っている魔物と同じ、白い布のようなものを纏う影。
「どうして……だって、着ているのは黒い布のはず……!」
レリルが困惑した固い表情で、どんどん『生み落とされる』魔物を見上げる。
それは絵で見せてもらった『薔薇の女王』――この塔の最上階に生まれるはずの、リッチにほかならなかった。
8日分です!
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