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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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無法者はさもありなん⑫

【シュテルンホルン迷宮 塔三階】


 クロートはその獣のような灰色の双眸に、言葉を発するのを忘れ、指先ひとつ動かすことができない。


 後ろにいたレリルがその様子に気付いて視線を上げ、あ、と短く声をもらした。


「――モウリス、さん……?」


 彼女はそう続けると、戸惑ったようにクロートを見た。


 ――なんでここに。どうしてこの男が。


 クロートはレリルの視線にも気付かず、黙ったままふたりを見下ろしている男を仰視する。


 色黒の肌に赤みがかった茶色い髪。


 ガルムに負けないほどの巨躯で、右腕には肘から先に固定する珍しい形をした武器が装着されている。


 そして、左腕――黒い革手袋で肘の上までが覆われているが――あれは魔装具だ。


 つい先日【アルフレイムの迷宮】で出会った男、モウリス。


 否が応でもクロートが思い出すのは黒い宝箱の形をした魔物――モウリスは魔物だと思っていない可能性はあるが――『イミティオ』だ。


 そして白い根が絡み合った部屋で『イミティオ』が人を喰らう瞬間が……鮮やかな紅を纏ってクロートの目の奥で再生される。


 クロートは嫌な汗が噴き出すのを感じながら唇を噛み、石のように固まっていた腕を伸ばして瓦礫を登り切った。


「……またお前たちか。『薔薇の女王』なら諦めろ。――死にたくなければさっさと帰れ」


 ようやく言葉を発したかと思えば、モウリスはふんと鼻を鳴らす。


 殺気のような威圧感は今日は発せられていない。


 しかしクロートはどうしても警戒を解くことができずに、慎重に距離を取りながら応えた。


「死にたくないからここにいるんだよ。外はレイスだらけだぞ」


「――なに?」


「あ、ええと。私たち別の仕事でここに来たんです。ただ――その、すごい数のレイスに追われて――この塔に逃げ込んで扉を閉めて……」


 レリルも瓦礫を登り切ると、どこまで話していいものかと言葉を探しながら言う。


 元々モウリスを雇っていた人物はどうやら無法者と関わりがあったようだし、それを話題にすることは憚られたのだ。


 モウリスはレリルの言葉に吊り上がった眉をぎゅっと寄せると、さっと踵を返す。


 ……彼の奥に開け放たれた扉が見える。


「あ、おい……」


 クロートは言いかけて、口を噤んだ。


 呼び止めてなにをしようとしたのか、自分でもわからなかったのだ。


 しかし。


「無法者がいることもわかっていて来た――そうだな?」


 突然、向こうから話しかけられて、クロートはびくりと肩を跳ねさせた。


「あ――ああ」


「……ひとつ忠告してやろう。無法者には関わるだけ損だ」


「そんなの、こっちだって願い下げだよ」


 クロートはムッとしてそう応えたが、モウリスは振り返りもしないで扉へと向かっていく。


 ただ、付いてこいと言われているような気がして、クロートはレリルと目配せすると、そのあとに続いた。


 それ以外、彼らにはどうしようもなかったのだ。


 三階は二階と同じく、廊下が外壁沿いに続いている造りだった。


 けれど窓はなく、モウリスがレイスに気付かなかったのはそのせいかもしれない。


 クロートはスタスタと廊下を進むモウリスの背に、思わず話しかけた。


「――この塔に入る前、もっと上の階から人が落とされたのを見た。あんた、上でなにが起きているか知ってるか?」


「……さもありなん。ここのマナが乱れているのを正すには必要だ」


「マナが乱れて……? っていうか、必要ってなんだよ――」


「この世界――『マナリム』ではマナが循環しなければならない。だが、それを乱す者がいるとすれば粛清されるべきだ」


「……は?」


「世界はそうできている」


 前回の【アルフレイムの迷宮】と違って今日のモウリスはよく喋る。クロートはそれを不思議に思った。


 モウリスの言っている意味は前回同様よくわからなかったが、クロートはなにかの折りにストンと腑に落ちるかもしれないと考える。


 ――それに、いまのモウリスからなら、なにか『イミティオ』の情報を引き出せるかもしれない。


 彼は胸のなかでよしと意気込んで唇を開こうとした。


 ……ところが。


「……モウリスさん。人の命がなくなるのが『必要』って……そんなのおかしいです」


 後ろから紡がれたその言葉に、クロートは開きかけていた口を閉じるのも忘れて目を見開いた。


 モウリスが肩越しにちらりとレリルを見るが、彼女はまったく引かない。


 誰かが危険に晒されるだけでなく、その命が脅かされるような状況を肯定する行為は――彼女にとっては耐えられない部類のものだったようだ。


「『世界マナリム』は厳しい世界かもしれませんけど――人が亡くなっていい理由はありません」


「――人の業は深い」


 モウリスは一言だけそう返し、立ち止まった。


 彼はゆっくり振り返ると、厳しい表情でレリルに言い放つ。


「つまり、核のために狩られるマナの生命体たちも理由なく殺されているということだな」


「……!」


 レリルの目がこぼれんばかりに見開かれる。


 壁に取り付けられた松明の灯りに、立ち止まる三人の影が揺らめいた。


 そのなかでモウリスは、腹の底から轟かせたような低く重い音で語る。


「マナを狩り、マナを消費し、人は生活を営む。それもマナを循環させるために必要だった。しかし人は己の欲に従い、溺れ、マナを乱した」


 やはり、今日のモウリスは饒舌だ。


 クロートはぎゅっと表情を歪めたレリルの前に体を入れ、モウリスを下から見上げるようにして目一杯に息を吸う。


「あんた、いったいなんなんだ?」


 これは【アルフレイムの迷宮】でもクロートが問い掛けた質問だ。


 そのときは「知ってどうする」と斬り捨てられた。


 ――でもきっと。いまなら――モウリスは答える。


 クロートはそんな気がしていた。



連休が終わりますね……

お仕事あったかたもお疲れ様でした。


引き続きよろしくお願いします!

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