無法者はさもありなん⑪
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クロートとレリルは、なんとか塔の扉を閉めることに成功した。
レイスに扉を開けるほどの知識はないらしく、鎌を打ち付ける音が内側まではっきりと響いてくる。
――扉が金属製なのはありがたいけど、長くはもたないかもしれないな……。
クロートは必死に頭を働かせながら、自分の足元……土で汚れた絨毯を確認した。
「少なくとも間近に大人数が入った痕跡はないみたいだ。いても二、三人だと思う。『アルテミ』の可能性は低い」
そこでガァンと扉が震える。
「じゃあやっぱり『薔薇の女王』と戦ってるのかな。ここにガルムさんがいるといいんだけど――ねぇクロート。嫌な臭いはしてない?」
レリルはさっとあたりを見回しながら早口で捲し立てた。
クロートは瞬きを二回して、ふんふんと空気を嗅いでみせる。
「いや……しないけど、なんで?」
「ならよかった。なんだかレイスの数、多すぎるんじゃないかと思って……」
ガガァンッ! ガツンッ!
扉は立て続けに何度も打ち鳴らされる。
クロートはごくりと息を呑んで、扉から離れた。
「え……もしかしてこれってマナレイドか……?」
甘ったるい臭いはしていない。それは確かだが、クロートの鼻が『なんの臭い』を感じ取るのかはわからない。
レリルもそう考えたようで、首を振った。
「まだわからないけど……上で無法者たちが『薔薇の女王』と戦っているとして、時間が掛かりすぎてる気がしない?」
「……確かに。人数まではわかってないにしても、無法者は集団なんだよな?」
「うん、そのはず」
レリルはクロートの返事に頷いて、護身用のナイフを抜く。
塔の内部は思いのほか広く、一階は広間になっていた。
扉の反対側に二階への階段――真っ直ぐ伸びた先で壁に沿うように左に折れている――が見て取れる。
元々は机だったのか変色した木片があたりに散乱していて、小さな明かり取りの窓がいくつかあり、中にいる者が灯したのであろう松明がそこかしこで煌々と燃えていた。
なにが起こっているか確認すべきか、逃げ道を探すべきか。とちらにせよ、もう上にしか道はない。
クロートとレリルは、頷き合って踏み出した。
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【シュテルンホルン迷宮 塔二階】
そこはひっそりと静まりかえっていた。
分厚い壁や床が吸収してしまうのか、一階の扉に打ち付けられる鎌の音は聞こえない。
上にいるはずの誰だかわからない者に自分たちの行為が気付かれることはないと安堵すると同時に、レイスがなだれ込んできた場合、すぐに対処ができない懸念がクロートの胸を過ぎる。
二階は外壁に沿うように人がふたり並んで歩ける幅の廊下が続いていて、先は見えない。
窓があるため最悪はここから飛び降りることになるだろうが……濁ったガラスは分厚くて粉砕するには時間が掛かりそうだ。
なにより、こちら側でも塔に向かってくるレイスの姿が何体も確認できた。
クロートは階段を登り切り、少し先に揺らめく松明の生み出す影に目を走らせながら、唇を噛む。
――走り抜けようにも、罠も警戒しなきゃなんないし……時間が掛かりそうだな。
「クロート?」
立ち止まっていたクロートに、レリルが声をかける。
クロートは首を振って、レリルに告げた。
「後ろ、レイスの警戒を頼む。俺は罠の警戒と、前方に気を配るから」
「わかった。任せて」
レリルの頼もしい返事に、クロートはしっかりと息を吸った。
松明の燃える臭いと、どこか埃っぽい臭いに混ざって――腐臭が漂っている。
塔の中にもレイスやグールバイトがいるかもしれない。
……そうして第二階の四分の一ほどを進むと、扉が確認できた。
外壁沿いを左回りに進んでいるため、右手に窓、左手に扉がある。
廊下にはまだ先があるので、クロートは少し考えた。
――部屋の中に階段がある可能性は少ない気がする。けど、魔物や無法者と戦闘になったとしたら、部屋に逃げ込むこともあるかもしれない。
彼は隠れる場所を探しておくことも必要だろうと結論付けた。
「――中、確認するぞ」
「わかった」
小声で言葉を交わして、ふたりは扉の左右に立った。
木製の扉は内開きのようだ。
あまり時間をかけたくないため、クロートはすぐに取っ手を握ると、音を立てないようそっと押した。
ギィ……
微かな軋みとともに、扉が開く。
中は……一階と同じく、朽ち果てた部屋。
ありがたいことに、ここにも松明が設置されている。
入って右側はすぐ壁になっているので、おそらく二階にはほかの部屋があるのだろう。
そして扉の数歩先、床の上に描かれた模様を確認し、クロートは小さく息をこぼした。
「罠だ……結構大きく描いてある」
「うん。――上に乗ると発動するやつだね」
クロートが言うと、レリルは罠を避けながら部屋に踏み入った。
「うまくいけば魔物を倒すのに使えるかもしれないな」
クロートはそう言いながら扉を閉め、レリルに続いて部屋へと入る。
――そういえばレイスは浮いているけど……この手の罠は発動するのかな?
彼はふと考えたが、発動しなかったときは石でもなんでも投げ入れればいいだろうと判断した。
……全体が石造りの塔は、壁の一部が崩れていたりもする。
この部屋も奥の天井が崩れている部分があり、白濁したガラスのようなものが散らばっていた。
「あそこ、登れるかもしれない」
様子を窺っていたレリルは崩れた部分を指差した。
慎重に近付くと、確かに、瓦礫の上にある埃が一部なくなっている。
誰かが登ったのだろう。
しかも三階からも灯りが差し込んでいて、見通しも悪くない。
「……行こう」
クロートは瓦礫を登ることを選択して、レリルより先に手を掛ける。
――しかし。
「……ッ!」
登り切った先、そっと窺うように顔を出したクロートは、目の前で自分を見下ろす『人』に息を呑んだ。
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