無法者はさもありなん⑩
「レリル!」
『ギャィンッ』
「――っとぉ!?」
レイスの核を拾うのは後回しにして振り返ったクロートの目の前に、グールバイトが吹っ飛ばされてくる。
強烈な腐臭が目に染みるほどで、クロートは慌てて剣を振り下ろした。
マナの光が弾け、腐臭を残して核に変わる魔物。
左腕で鼻のあたりを押さえながら、クロートは顔をしかめた。
レリルが盾を構えたまま――おそらくあれで吹っ飛ばしたのだ――「あはは……」と苦笑いを浮かべている。
「危ないだろ……」
「ごめん、臭すぎて近付きたくなくて……でもほら、臭いで気付いたから――よかったよね?」
そう言いながら魔装具を消して駆け寄ってきたレリルは、グールバイトとレイスの核をささっと拾う。
まあ、クロートもキャタプ――イモムシ型の魔物だ――を相手にしたとき、レリルへとその体液ごとぶつけたことを思えば同じようなものである。
「とにかく離れよう、音を聞き付けて魔物が来るかも」
気を取り直してクロートが言うと、レリルは核をバックポーチへとしまいながら応えた。
「わかった!」
再び走りだしたふたりは、改めてあたりに注意を払う。
ひっそりとした闇には、やはりなにか恐ろしい気配が満ちているような異様な空気が漂っていた。
レイスだけじゃなくグールバイトもいる。
奴らは足も速く、喰らい付かれればその強靱な顎と鋭い牙によってなかなか引き剥がせない。
一対一であればなんとかなりそうだが、複数体が相手になった場合は危険だろう。
クロートは走りながら、レリルに言った。
「人型、苦手なのか?」
隣を走っていたレリルは驚いた顔をして一瞬だけクロートを見ると、苦虫をかみつぶしたように眉を寄せ、視線を前へと戻す。
「……あ、うん――なんだか、可哀想に思えて……」
「可哀想?」
予想外の答えにクロートは眉間にしわを寄せた。
レリルは前を向いたまま、難しい顔をする。
「自分でもよくはわからないんだけどね――。でも、戦えるから。それは安心して」
「――そっか、わかった」
彼女は見ず知らずの人が危険に晒されていた場合、迷わず助けに走ってしまう。
きっと、その性格にどこか引っかかるんだろうなと――クロートは勝手に結論づけた。
戦えるとレリルが言うのだから、それでいい。
それ以上、聞く必要はなかった。
******
ぐるりと壁に囲まれた塔の下までやってきたとき、何度目かわからない轟音が響いた。
思わず見上げたふたりは、どちらからともなく息を呑む。
何階かはわからないが、光が放たれた窓から『なにか』が飛び出したのだ。
いや、投げ出された……というのが正しいかもしれない。
窓のあたり……白い人影がちらりと過ぎったのを、クロートはしっかりと見ていた。
「――ぁぁぁあああっ!!」
絶叫とともに降ってきた『なにか』は、塔の周りをぐるりと囲む壁――等間隔で錆びた槍のようなものが空を向いて突き立っている――に激突。
背中側から槍に射貫かれた体は四肢を何度か跳ねさせたあと、動かなくなった。
間違いなく――無法者なのか『アルテミ』なのかはわからなかったが――人。
クロートとレリルからはかなり離れた位置であり、かつ夜闇のなかだったため、仔細まで見えなかったのはありがたいと言うべきか。
飛び散ったはずの紅い液も、歪んだ表情も、なにひとつ見ないで済んだのだから。
「う……あ、あぁ」
それでもレリルの口からこぼれた声に、クロートは思わず彼女の顔を覗き込む。
新芽のような黄味がかった翠の瞳がクロートを映した。
「……レリル。落ち着いて」
「あ……う、うん…………うん、ごめん」
クロートが落ち着いていられるのは、レリルがいるからだ。
彼女が怯え、震えているのを見たことで、クロートは自分を奮い立たせることができた。
レリルもクロートが冷静でいることに己の経験の浅さを恥じ、呼吸を整え、震える体を叱咤する。
慣れてはいけない光景。だとしても自らを律する必要があるのだ。
それがたとえ緊張からきているとしても、いまこの瞬間を冷静でいることは、ふたりにとって幸運であった。
「――クロート!」
「ああ」
彼らの後ろ、もとは市街地であったのだろう瓦礫の間から、次々とレイスが迫っているのに気付いたのだ。
しかも一体や二体ではない。
闇を纏ったかのような黒いローブが、そこかしこで揺れる。
相手にできる数ではないと瞬時に判断し、クロートはぐっと唇を引き結んでから言葉を発した。
「塔の中に入って扉を閉める! 行こうレリル!」
「うん!」
――どこにいるんだよ、父さん……!
クロートは心のなかで叫んで、レリルとふたり……塔へと駆け込むのだった。
引き続きよろしくお願いします!




