無法者はさもありなん②
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ばーんと景気よく――とはまったくいかなかったが、クロートはできうる限り勢いよく、龍の彫刻が施された重い扉を開け放った。
壁も床も真っ白な広々とした部屋。
鏡のように磨き上げられた壁は空間がどこまでも続いているような錯覚を起こさせる。
中央には金細工で縁取られた椅子があり、その椅子へ向かって部屋を分断するように毛足の長い真っ赤な絨毯が伸びていた。
ここはノーティティアを統べるハイアルムの部屋であり、本来であれば、緊急時を除き訪問の約束を取り付けて訪れる場所でもあった。
「あの……と、突然すみません、ハイアルム様」
クロートの後ろから、約束を破ってしまった子供のように肩をすぼめたレリルがおずおずと切り出す。
彼女からすればハイアルムは母親のようなものなのだろう。
クロートにとっては、なんだか新鮮な光景だったが。
「――よい、妾もそなたらを待っていたのでな」
いつものように椅子にもたれた少女――あくまで外見の話で、実年齢は不明だ――からの返事があったので、ふたりは部屋の中央へと歩み寄った。
ところが。
文句のひとつでもと息巻いていたクロートは、ハイアルムの様子に顔をしかめ、慌てて駆け寄る。
「お、おい、どうかしたのか!?」
「ハイアルム様!」
レリルも気付いて、すぐに彼女の椅子のそばに駆け寄り片膝を突く。
……白を通り越して青ざめた顔。血色がよかったはずの小振りの唇は、紫色に近い。
誰がどう見ても具合が悪そうだ。
ハイアルムはふたりの反応に気怠そうに左腕を振ると、冴えた月の色をした長い銀髪をさらりと耳にかけた。
「普段やらない重労働をしたあとでの……心配するな。数日で戻る」
「いや、でも……尋常じゃなく酷い顔色してるぞ……」
思わず言い募ったクロートに、ハイアルムは面白そうにふふっと笑ってみせる。
「心配しにきたわけではなかろう?」
そんな状態でも、細められた金色の双眸は力を感じさせ、クロートは思わず身動いだ。
「いや、まぁそう……ですけど」
忘れていた敬語を無理矢理載せて、クロートは困惑したまま視線を逸らす。
ハイアルムはゆっくりと体を起こすと、頷いてみせた。
「すまないな、いらぬ不安を抱かせて。まずはガルムのことを話そう」
本当に大丈夫なのかは定かではないが、ハイアルムがそう言い切った以上クロートは止めない。
レリルも心配そうな顔をしたまま、無言で立ち上がってクロートの近くに下がる。
ハイアルムはふたりの顔を順番に見てから、そっと口を開いた。
「ガルムが出発したのは三日前になる。理由はもう聞いたのだろう? どうも無法者が出たようでの。ああ、先に言わねばなるまいな。あやつ……ガルムの生命力は強い、怪我はすっかりよくなっておる」
彼女の言葉に、クロートは小さくほっと吐息をこぼす。
生命力と言われるとよくわからないが、自分の親ながらしぶといことは重々承知していたからだ。
きっと、本当に『すっかりよくなっている』のだろう。
ハイアルムは銀色の長い睫毛がある瞼をゆっくり瞬かせ、じっとクロートを見つめてから続けた。
「ガルムが向かったのは【シュテルンホルン迷宮】。ここから一週間ほどの『人工迷宮』で、そうだの――【迷宮宝箱設置人】でいえば、六級に解禁する場所になるかの」
「【シュテルンホルン迷宮】ですか? ……まさか、無法者の狙いって『薔薇の女王』なのでしょうか?」
なぜかレリルがふるっと体を震わせるのを、クロートは首を傾げて眺める。
【シュテルンホルン迷宮】。
古い遺跡が迷宮化した、人工迷宮のことだ。
都市ひとつが迷宮となり、その中心に聳える塔には『薔薇の女王』と呼ばれる魔物が生息する。
その容姿をクロートは見たことがなかったが、通称不死者――つまりアンデットという部類とは聞いていた。
クロートはガルムから教えてもらった知識を記憶の底から引っ張り出し、『薔薇の女王』はリッチという魔物だったはずだと思い至る。
【シュテルンホルン迷宮】のリッチが落とす核はなぜか『薔薇の形』をしているので、魔物に呼び名が付いたのだ。
「そうなるだろうの。あの薔薇の核は装飾品として売れるだけでなく、マナ治療薬にも適性があってな。あの程度の強さにしては破格なのだ」
ハイアルムはそう応えると――やはり怠いのか、背もたれに深々と体を預け――表情を歪めた。
「今回の無法者たちはどこぞの金持ちの集まりだとわかっておる。しかも、冒険者としてなんの知識もない。……ごろつきを雇っているが、相手が『アルテミ』だとわかればそやつらは逃げるだろうの。……つまり、残った浅はかな獲物を『アルテミ』は嬉々として狩ることになる――それはそれは残虐に、な」
狩りを生業とする『アルテミ』は、普段は魔物を対象にしている組織だ。
けれど、こと無法者については人狩りを許された唯一の組織でもあり――そのために所属する者もいると聞く。
……広がる真っ赤な液体。白い根に飛び散ったそれを思い出し、クロートはぶんぶんと首を振った。
胃の中がぐるりとかき混ぜられたような気持ち悪さが、四肢の感覚を鈍らせる。
それに、金持ちと雇われという関係は、クロートが【アルフレイムの迷宮】で見た状況とあまりに似ていた。
――こんな気持ち悪い感覚になるのは、そのせいか。
クロートが俯いたところで、ハイアルムはふっと自嘲気味な笑みをこぼした。
「すまない、気持ちのいい話ではなかったの。……とにかく、ガルムに情報収集を命じたのは確かなことだ。とはいえ、心配はいらぬ。危険なことに巻き込まれるような性分ではなかろうて。……では、【アルフレイムの迷宮】の報告を聞こう」
19日分となります!
まだまだ謎多き状況ですがよろしくお願いします。




