無法者はさもありなん①
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二股になった通路のもう一方は、小部屋に繋がっていた。
白い根で覆われた部屋の中には少し大きめのスネイキーが一体、蜷局を巻いていただけ。
クロートは慎重に近付き難なく魔物を屠ると、核を拾ってふうと息をついた。
親指にも満たない核は『イミティオ』の黒い核に比べれば、はるかに小さい。
やはりあの黒い宝箱……『イミティオ』は【アルフレイムの迷宮】にいるはずのない強さなのだ。
とはいえ、最近ここでマナレイドが起きたなんて情報はノーティティアでも聞かなかった――仕事で来たのだから、きっと買わずともそれくらいは教えてもらえるはずだとクロートは信じている――ので、あれがレイドボスだとは考えられないだろう。
ハイアルムはなにを思って、ここに謎の宝箱があると予想したのか。
「ここで行き止まりみたいだね」
「ああ、うん。……じゃあ」
クロートはレリルの言葉にあれこれ考えていたのをやめ、両手を前にかざした。
――そういえば【ヒカリゴケの洞窟】以来、久しぶりの宝箱設置だな。
考えてからクロートが集中すると、マナが集まってぼんやりと光を放ち始める。
――中身は、ここなら毒消しがいい。
クロートの知る毒消しは、飲むものと魔物の核を利用して腕や足に直接流し込むものがあった。
彼は今回、前者……飲むものを選ぶことにする。
――魔物の核、持ってなかったら使えないもんな。
心のなかで呟いて、クロートは頷いた。
「……よし。『創造』!」
光が収束し、弾けると……そこに、磨かれた木製の宝箱が現れる。
クロートはそれを見て、二回、瞬きをした。
「――あれ?」
前はボロッボロの木箱だったはずだ。
クロートは――触るわけにはいかないので――顔を近付けてまじまじと眺める。
「わ! 前のよりいい感じだね? なにを入れたの?」
レリルも隣にやってきて、宝箱の周りをぐるりと確認した。
「えっと……毒消し。飲むやつ」
「なるほど、スネイキーがいるからだね! ……ふふ、クロート、きっと成長してるんだよ! すごい!」
蜂蜜色の髪を揺らしながら、嬉しそうに手を叩く彼女。
――同じ年齢の異性に成長を褒められても、なんだかなぁ――。
クロートは口には出さずに、はぁ……とため息をついて肩を落とした。
「とりあえず、これで仕事は終わりだよな。……帰ろう」
「うん! ガルムさんも、戻るころには元気になってるはずだしね」
黄みがかった翠の眼をきらきらさせ、レリルはにーっと歯を見せて笑う。
元気な奴だなぁと思いながら、クロートは核をしまって踵を返した。
迷宮は、澄んだ空気が満ちていて……静かだ。
最初からクロートとレリル以外、いなかったかのように。
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迷宮大国、ルディア王国……その巨大な王都に本部を置くノーティティア内部はどこか忙しなく、職員たちの表情にも緊張が見て取れた。
情報を買いに訪れた冒険者たちも不安そうに眉を寄せ、こそこそとなにか話している。
シクルス――六の月になってようやく帰ってきたクロートとレリルは、美しい白色の建物に入るなりその異様な雰囲気にすぐに顔を見合わせた。
レリルはここで育ったのだから当然としても、クロートまでその空気を感じるということは……大事なのだろう。
「どうしたんだ、これ……」
「うん……なんだか皆、ぴりぴりしてる……」
戻ったらまずガルムに会って、ハイアルムへの報告、それから遺物を調べてくれる組織を紹介してもらって――と段取りを立てていたふたりは、身を縮こませるようにして奥へと進む。
とりあえずガルムに会えば、なにかわかると考えたのだ。
……ところが。
「はあ? なんだよそれ。父さんがいないって、どういうこと?」
クロートはガルムの治療をしていたはずの部屋にいたノーティティア職員に喰ってかかった。
彼――御年78歳になるしわしわな顔の男アルデンテは、部屋にやってきたクロートに気付くなり坦々と「ガルムはここにいないぞよ」と言ってきたのである。
父親に会えるのをとても楽しみに――本人は隠しているつもりだったが――していたので、あんまりな言葉にクロートの言い方には棘が生えてしまったわけで。
「クロートっ。とにかく、アルデンテお爺ちゃん。まず事情を聞かせてほしいんだけど……」
さすが、レリルはアルデンテとも知り合い……いや、家族のような感覚なのかもしれないが……お爺ちゃん呼びするほどの仲らしい。
クロートを窘めて彼女が歩み出ると、アルデンテの白く長い眉がひょっと持ち上がった。
自分の言い方が悪いことは理解していたので、クロートは『仕方なく』唇を尖らせて黙り込む。
アルデンテは、ほかに誰もいないのにきょろきょろとあたりを窺うと、黄ばんだ白いローブの帽子を深々と被り、声を潜めた。
思わず、レリルも警戒して少し前屈みになる。
「――実はの、無法者がのさばっていると報告があったのぞよ」
「むほう……もごっ」
反芻しようとしたクロートの口を、レリルの左手がさっと塞ぐ。
なんだよ、と思ったけれど、彼女とアルデンテの表情があまりに真剣なのでクロートは再び黙るしかない。
せめてもの反抗心を込め、彼は肩をすくめてみせた。
「無法者って――だって、それは『アルテミ』の討伐対象……」
レリルはクロートの動きには目もくれず、彼の口を手でしっかり押さえたまま声を落として話し出す。
「そうじゃぞよ。つまり、これから……」
ふたりの話は進み――要約すると。
無法者と呼ばれる、冒険者たちにとっては害となる者たちの活動が報告された。
その無法者は『アルテミ』という組織の討伐対象であり、これから始まるのは狩り――つまり、ルディア王国で合法と判断される人狩りなのである。
ノーティティアがぴりぴりしていたのは、それによって付近の迷宮が封鎖される可能性があるからで……そうすると情報が売れなくなり、組織として存続の危機――まではいかないにしても、大打撃を受けてしまうそうだ。
しかも、ガルムはその情報をいち早く得るために、無法者たちがいるという場所へ派遣されたという。
クロートは堪らなくなって、レリルの左手を引き剥がし、ふたりの話に割り込んだ。
「なあ、その無法者ってなにする奴らなんだよ?」
「あ……そっか、ごめんクロート。無法者はね、法を犯す人たちのことなの。例えば迷宮内で湧き待ちをする……つまり『リスポーン』を待って、ひたすらいい核を独占するとか。人に危害を加えることもある危険な人たちだよ」
――普通、そんなところに怪我が治ったばかりの奴を行かせるか?
クロートは腹が立って、無言で踵を返しさっさと部屋を出た。
――絶対に、指示したのはハイアルムだ。
どこからくるのかわからない確信が、クロートの背中を押したのである。
「えっ、クロート!?」
レリルは、慌ててそのあとを追うのだった。
本日分となります!
よろしくお願いします。




