マナを循環させし者②
ハイアルムは手を突き出し、集まるマナを手繰り寄せる。思い描くのは強く優しい娘へと育った自慢の愛娘。
クロートたちが諦めていないことは、彼らの表情からすぐにわかった。
だからこそハイアルムも諦めないと誓う。
レリルの内包していたマナは彼女の想像以上で、それだけで世界がしばらく永らえるであろうものだ。
しかし……いまはもうそのマナに頼らずともよい。
――妾は……やりぬかねばならなかった――。けれど、もうよいのだ。もう犠牲は必要ない。『マナを循環させし者』は誕生した……! 世界は――救われる!
ハイアルムは激しく渦巻くマナに冴えた月色の髪を靡かせて、眉尻をキッと上げると大声で怒鳴った。
「まだ足りぬ! 集めよ! お主らの力はそんなものではなかろう!」
その声にクロートとレザが歯を食い縛る。
彼らはマナのなかから確実に『彼女』を選び出し、集め、己の思いを載せた。
やがてマナは収束し始め……光の粒がどんどん連なって混ざり合う。
「ううぅっ!」
クロートは歯を食い縛ったまま呻き声をもらし、蜂蜜色の核が煌めいて少しずつ小さくなるのを必死で支えた。
蜂蜜色の髪。
新芽のような黄みがかった翠色の瞳。
綻んだ花のような笑顔や――ともに流した涙。
――覚えてる。全部、覚えてる――! この『匂い』も――!
ところが、突如クロートの足が震え出して視界が霞む。
……核のマナを食べ、マナを循環させるための。
……レザを爆風から守るための。
……ガルムの体を世界に還すための。
……そして、フェイムを屠るための。
すでにこの日、クロートは四個の『宝箱』を設置していた。
膨大なマナを収束させるため、彼の体には相当な負荷が掛かっているのだ。
「もう少し……もう少しだ! 踏ん張るのだクロート!」
異変に気付いたハイアルムが声を上げる。
「……ぐうぅッ!」
――絶対に倒れない! 諦めない! 俺は――!
そのとき、支えていた核がマナの光となって弾け飛んだ。
ぶわっと舞ったそのマナも、余すところなく集めなければならない。
それなのにぐらりと体が傾いで――クロートは息を呑む。
「……あ、ぐっ!」
その瞬間、クロートの背中をレザが右腕でぎゅっと押さえ、首根っこを力強い手が掴んだ。
「俺が支えるッ! もう少しだよ『クロート』ッ!」
ふわふわした金の髪と黒いバンダナが靡く。
「耐えろ。ガルムはこの程度、なんとでもしてみせたぞ」
真っ黒な鎧に身を包んだ色黒の大男が呆れたように鼻を鳴らす。
――レザ、モウリス……!
クロートはふたりのお陰で踏み留まり、はっ、と笑った。
――そうだ、あと少し……あと少しなんだッ!
「使えるものは使う、働かざる者食うべからずッ! 頼らせてくれ、レザ、モウリスッ!」
それは……そう。父親であるガルムが、ずっとクロートに言い聞かせてきた言葉。
言うなれば、クロートの家訓のようなもの。
渦巻くマナが――優しい花のような香りが――ひとつに収束し大きな光となる。
「――これで……最後だッ!」
クロートは咆えるように告げ、渾身の力で腕を振り下ろした。
「受け取れハイアルム――ッ!」
瞬間。
視界が白く染まり、クロートは今度こそ全身の力を持っていかれて崩れ落ちる。
けれど、その手は。
柔らかい手を――しっかりと握り締めていた。
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優しい風が頬を撫でていく。
目を開ければ、見慣れた部屋の天井がクロートを見下ろしていた。
ベッドの仕切りになっているカーテンからは暖かな光が透けている。
――俺たちがよく借りる部屋だ……。
体が酷く怠かった。クロートは左手で額を押さえると、ぼんやりと視線を巡らせて――。
「……ッ!」
飛び起きる。
「え、え⁉ なんで、俺ッ!」
慌ててカーテンを引くと、窓から差し込む陽の光が彼の視界を白く染めた。
思わず目を眇め……クロートはその光のなかに立つ『彼女』に気付く。
「……あ……」
蜂蜜色の髪が、風にそよいでいた。
開け放たれた窓から外を見ていた彼女は、ベッドから飛び出したクロートと目を合わせると困ったような顔をする。
「……レリル……」
装備こそ纏ってはいないが……それは確かにレリルだった。
「……」
けれど、レリルはなにも応えない。
それどころか困惑を隠しきれていないように見える。
クロートは眉をひそめ、彼女に手を伸ばした。
「レリル……?」
「あ……えぇと……」
レリルは我に返ると戸惑ったように瞳を泳がせて一歩『下がった』。
「ごめんなさい……なにも覚えていなくて、私……」
「――!」
クロートは言葉をなくし、伸ばした手をゆるゆると下ろす。
――覚えてない? なにもって……どういう意味……。
……そこに。
「あーっ! 起きたのかー?」
底抜けに明るい声が響く。
クロートはびくりと肩を振るわせ、丁度部屋に戻ってきたのであろうレザを見た。
「……レザ……」
「……あー」
レザはクロートの様子にすべてを悟ったようだ。
黙ったままそばまで来ると、ぽんとクロートの肩を叩く。
「女の子、悪いけどちょっと部屋で待っててー! 俺、こいつお風呂連れていかないとー」
「あ、う、うん! いってらっしゃい……レザ――君」
「……ん」
レザは少しだけ切なそうに返事をすると、クロートを引っ張る。
……クロートはどうしていいかわからずに、レザに引かれるがまま……部屋を出た。
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あと一話とします。
最後までお付き合いください。
最終話は本日18時更新にて。
少しでも思うところがございましたら、評価いただけますと幸いです!




