ゆめゆめ忘れることなかれ⑩
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男の左腕がどうなっているのか、クロートにはわからない。
ただ、ぼんやりと光を纏った刃が肘から先に『生えている』だけだ。
魔装具……なのだろう。おそらくは右腕の武器も。
やはり、この男――モウリスと呼ばれていただろうか――は、ただ者ではないのだと、クロートは静かに胸に刻む。
彼の左腕で繰り出された、たった一撃。それだけで【アルフレイムの迷宮】に静寂は取り戻された。
マナとなり空気に溶けた黒い宝箱。
そこには黒い核がぽつんと残っている。
煌々と照らされた部屋は真っ赤なままだというのに。
……四人。
モウリスがそう言っていたはずの人影は、欠片も残っていない――いや、流れた血と遺された三本の武器だけが、その存在があったのだと伝えようとしている。
「……あんた、いったい……なんなんだ……?」
信じられないくらい澄んだ空気に、クロートは剣を収め肩を上下させながら言葉を絞り出す。
甘ったるい臭いも消え去っていたが、クロートの胸のなかにはまだ恐怖が塊となって残っている。
モウリスは紅い部屋の中でゆっくりとこちらを向くと、右腕の武器を鞘に収めてから、左腕の刃を撫でるように手のひらを滑らせた。
驚いたことに、淡い翠がかった光が収束し男の左腕が黒く分厚い革手袋に覆われていく。
レリルと同じ――マナ術で魔装具を創っているのだと、クロートは息を呑んだ。
「知ってどうする」
静かに。重く。
モウリスはそう言うと、転がった核を――見せ付けるように黒い革手袋の左腕で――拾い上げてクロートに投げて寄越した。
「……」
クロートはそれをぱしりと右手で受け取り、唇を引き結ぶ。
手で丁度握り込めるくらいの大きめの核だが……クロートには嫌悪感しかない。
すぐにでも、投げ捨ててしまいたかった。
「――この迷宮はここが終点だ。核はくれてやる。糧にはなるだろう」
「……さっきの宝箱――いったいなんなんですか?」
そこで、レリルがおそるおそる質問を投げる。
モウリスは転がった武器を拾いながらちらとレリルを見て――答えた。
「『イミティオ』……宝箱型のマナの生命体だ」
「マナの……魔物ってことか?」
クロートが聞き返したが、モウリスは眉ひとつ動かさない。
「――お前の言う魔物の定義がなんなのか、興味はない」
「……?」
「スネイキーは翌日にはリスポーンする。残った命だ、無駄にするな」
モウリスはそう言って、三本の武器――最後まで残っていた男の長剣は『イミティオ』に喰われてしまった――を無造作に脇に抱えると、あとは無言でクロートたちの横を行き過ぎる。
「……その腕、魔装具――なんですね」
擦れ違い様にレリルが言うが、モウリスはもはや答えない。
その大きな背中は、やがて通路の奥――入口のほうへと消えてしまった。
「なんだよ……あれ」
クロートはそう言いながらも、どこか安堵する自分に自嘲した。
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クロートたちは残されていた『核を燃料にして発光する道具』を拾った。
この道具は値段がそれなりにするので【アルフレイムの迷宮】に来る程度の冒険者ではまず持っていない。
つまり、喰われてしまったパーティーの身元を特定するのに役立つかもしれないのだ。
加えて、そのパーティーはモウリスを雇うほど金銭に余裕があったわけだから……裕福な家柄の出だった可能性は高いだろう。
迷宮内部で見つかった遺物を家族に届けることを仕事としている組織もある。
仲間を置いていくような奴らは許せないが、結果として命という重すぎる代償を払うことになったのだ――その組織に届けるくらいはしようとクロートは思っていた。
二股になった通路のもう一方も念のため調べることにして、ふたりは歩き出す。
そこでレリルが、モウリスが武器を回収したのは雇い主が亡くなったことを証明するためだと思う……と、言った。
「もしかしたらあの人、『ヴァンブレイズ』の人なんじゃないかな」
「『ヴァンブレイズ』って……傭兵を生業にしてる組織だっけ。雇われたって言ってたもんな」
幾分、気持ちが落ち着いてきていたため、クロートはできるだけ明るい声でレリルに応える。
「うん。『ノーティティア』でも、たまに仕事で傭兵を雇ったりするって聞いたし……」
彼女は頷くと、どう思ったのか心配そうな顔をして横からクロートを覗き込む。
「……クロート、大丈夫?」
【迷宮宝箱設置人】としての仕事は、まだ残っている。
クロートは苦笑して肩を竦め、精一杯背伸びしてみせた。
「大丈夫! ちゃんと宝箱設置はするよ」
「あ――違うの。……えっと、ありがとう、クロート。私が見ないように庇ってくれたでしょ――だから」
レリルはそう言って、クロートの手を握った。
「――まだ震えてるよ」
「……!」
レリルは驚いた顔をしたクロートの目に映るように、握った彼の手を持ち上げた。
小さな震え。よく見なければ気付かないくらいの。
自分の手が冷えていることに、クロートは彼女の温もりを感じて初めて思い至り……表情を、きゅ、と歪めた。
レリルを庇って自分が惨劇を直視してしまっても……クロートはなんでもないように振る舞っている。
それを、レリルはちゃんと感じ取っていたのだ。
けれどクロートは少しだけ目を伏せたあと、決意を込めた表情で、真っ直ぐレリルへと視線を合わせた。
「――慣れちゃ駄目なんだ」
「え?」
「正直……その、恐かった。……でも、慣れちゃ駄目なんだ、あんな光景に。そうだろ?」
レリルは小さく息を吸って、目を見開く。
彼女とて、わかってはいたのだ。命は簡単になくなってしまうと。
自分は見ないで済んだけれど、目の前で訪れた死の濃厚な気配はやっぱり恐い――そう思いながら彼女は、それをより強く感じたはずのクロートに尊敬の念を抱く。
この気持ち――命が失われる恐怖は、忘れてはならない。慣れてはならないのだ。
レリルは握ったクロートの手を下ろすと、そのままぎゅっと握手し、上下に振った。
「……うん。そうだね……そう思う。そのために『イミティオ』について早くハイアルム様に報告しよう。――これからもよろしくね、クロート」
――願わくば、私のこの手に。強くあろうとするクロートを元気付ける力がありますように……。
レリルは心から願う。
「なんだよ急に?」
「大丈夫、私も頑張るから!」
「……?」
クロートは変な顔をしたが、レリルは意気込むのだった。
本日分です。
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