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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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其は偶像なりて⑤

「……まだそんな偶像に固執していたのかい? 我が親愛なる姉様?」


 ゆったりとした足取りで、冴えた月色の髪の男――その見た目は少年以外のなにものでもない――が階段を下りきった。


 金色の目はハイアルムたちの後ろ――白磁の『宝箱』へと向けられている。


 彼がそこに立つだけで空気が張り詰めたように思えたし、クランベルは初めて見る彼の容姿に顔には出さなかったがかなり驚いた。


 ――聞いてはいたけれど……ハイアルム様の弟ってことになんの疑問も挟めないわね。


 その隣でソファに寝そべったまま、ハイアルムは血色の悪い唇を緩めてみせる。


「お主こそ世界マナリムを滅ぼそうとでもいうつもりかの? 我が親愛なる弟よ?」


「まさか。世界マナリムのために『非マナ生命体』を排除したいだけだよ。――それを実行するのに貴女が邪魔なだけさ」


 フェイムは答えると、武器を構えたクランベル――そしてモウリスを見てからくすくすと笑う。


「やあ、アーケイン。やっぱり君はここに戻ったのか。ああ、でもごめん。君の『親友』の到着はもう少しあとなんだ。……息子を甘えさせてあげているところだからね」


 モウリスはその言葉に眉を片方だけ跳ねさせる。


 ハイアルムは上半身を起こすと、ころころと笑った。


「こやつはただ己の意思に従ったまで。もとより『ノーティティア』から離れてはおらぬ。……それに『親友』と言ったか? お主、ガルムの体を不死者――アンデットにでもしたのかの?」


「あはは、怒ってるならそう言ってよ姉様? ……ガルム――ね。名前はどうでもいいや。『非マナ生命体』にしてはよくやる体だよ。あの巨剣を軽々と振り回されるのは敵としては脅威だよね? 外にいた『非マナ生命体』を殲滅するのにものすごく役立ってくれた」


「……そんな……じゃあ、息子っていうのは……」


 その言葉に息を呑んだのはクランベルだ。


 なんて残酷なことを……と、彼女は小さく呟く。


 クロートは、レザは――レリルは、いったいどうなったのだろうか。考えるのが恐ろしくて、彼女はかぶりを振って息を大きく吸った。


 ――いま私がすることはハイアルム様と『宝箱』を守ることよ。しっかりしなさい、クランベル。


 モウリスは黙ったまま石像のように動かない。


 しかし灰色の双眸はぎらぎらと光りっており、軽く膝を曲げていつでも飛び出せるように構えている。


 フェイムはゆっくりと部屋を見回して、両手を広げた。


「棺みたいな部屋だね。丁度いい。姉様が死んだら核はここに安置してあげよう」


「ふ、妾に勝てたことなどなかろうに? ……ところでフィリムはどうした?」


 ハイアルムは落ち着いた声で答えると、つ、と顎を上げる。


 フェイムは腰に手を当ててから、ふうとため息をこぼした。


「ああ。たぶん守人に返り討ちにされたのさ。まあ、多少の時間稼ぎにはなったんじゃないかな」


「そうか。――であれば、我が精鋭三人の勝利だろうの」


 精鋭。


 その言葉にフェイムは思わず笑った。


「ははっ、精鋭? あんな子供のどこが精鋭なのかな? いまごろ最愛の父親に抱かれてマナに還った頃だと思うよ?」


「……ふ、お主はそうやって『人』を――『非マナ生命体』を甘く見るから失敗するのだ。教えてやろう、黒龍を倒したのはその子供たちだ。ガルムではない」 


 フェイムはぴくりと眉をひそめたが、すぐにそれを消して笑顔を浮かべる。


「へえ? それはちょっと予想外だね――まあ、ひとりは『マナの生命体』、ひとりは『非マナ生命体』、最後は半分半分……そんなこともあるかもしれないね?」


 彼は広げた両手を前に出すと、今度は左右に開いた。


 ポ、ポ、ポ……


 その動きに合わせて、光の球がいくつも生み出されていく。


「姉様、僕はそうやってなんでも知ったような口を利く貴女が大嫌いなんだ。世界マナリムを見てよ? 酷いありさまじゃないか。それもこれも貴女が共存なんて馬鹿げた思想を持ったから――『宝箱』を設置してマナを循環させようとしたって無駄さ。それは偶像――『宝箱』は『非マナ生命体』を喰らうためにこそ設置するものだ。貴女の存在が悪なんだ」


「どうだろうの? お主こそ『マナの生命体』を盲信しすぎではないかの? 生命いのちがここまで発展したのは『非マナ生命体』によるところが大きかろう。妾の統べる『ノーティティア』はマナを循環させるためにときに悪ともとれる行為をしておるが――お主ほどの邪悪はなかろうな」


 フェイムは光の球を自身の周りでくるくると循環させながら、双眸を眇めた。


「『非マナ生命体』は世界マナリムの屑だ。消すべきだ――平行線だね。それじゃあ始めようか」


 ハイアルムはふうと息を吐いて、ソファからゆっくりと足を下ろす。ひやりとした床に触れた白い素足は細い。


 しかし彼女の金眼は畏れすら抱かせるほどに燃え上がっていた。


「……アーケイン、クランベル。すぐにクロートたちも合流する。ここで踏ん張れば妾たちの勝利となろう」


「何人いたって無駄さ! 行け!」


 フェイムの声に光球が揺れたかと思った瞬間。


 それは次々と矢のように飛来した。


「行くわよ! アーケインッ!」


「――望むところだ」


 熟練の冒険者であり戦士であるふたりは、一気に踏み出した。


******



主役は遅れて登場します。

最終決戦です、何卒よろしくお願いします!

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