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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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188/203

知りがたきこと陰のごとく⑤

◇◇◇


 狩りを生業とする組織『アルテミ』のおさは、闇に紛れ屋上から彼らを見下ろしていた。


 見事な狩り……とまではいかなかったが、なるほど、全員が他者の命を狩る覚悟を持っていることは証明されたようだ。


 くつくつと喉を鳴らして笑ったあとで、おさは小さく呟いた。


「ときに人を狩ってまで守る情報……宝箱を創り出すマナ術……ハイアルムはどんな顔して応えてくれるか」


 彼は冴えた月色の髪を思い出し、ふるりと肩を震わせた。


「直接相手にするのは分が悪いが……どんな交渉ができるか楽しみだ」


 おさの経験からしても『彼女』は規格外――得体の知れない存在だ。


 彼とて命が惜しいので剣を交えるつもりはないが、ほかにもやりようはある。


 ……そこに影がひとつ、ひらりと駆け寄って片膝を突いた。


「どうした」


 おさは片眉を引き上げ、頭を垂れた影に問う。


「……町の中に大量の『イミティオ』が――こちらは通常の大きさですが――侵入してきています。爆弾かどうかは判別できていません」


 影は『アルテミ』のひとり、主に斥候せっこうを担うフードを目深に被った者だった。魔物相手では活躍するが、対人戦では躊躇うため使えない。


 アルたち対人部隊が壊滅してから約七カ月……長は新たな対人部隊を編成するつもりでいる。


 しみじみと彼――または彼女を眺めたあとでおさはくつくつと喉を鳴らして笑うと、クロートたちが屋内に消えたのを確認してからピュイッピュイッと二度口笛を吹いた。


「――魔物は俺たち『アルテミ』の領分だ。いい資金源になる。すべての核を回収するぞ」


 これからのことはまだ時間がある。候補も見つけた。資金の確保は必要だ。


 彼らは彼らの仕事をするだけ。これが『利害の一致』だ、十分な貢献でもあろう。


 おさは円月輪を指先で回し、夜闇を駆け出した。


◇◇◇


「……ん」


「どうした、レザ?」


『ノーティティア』本部に入り込んだクロートは、ふと足を止めて庭園を振り返ったレザに聞く。


 レザは目を閉じて耳を澄ませると、かぶりを振った。


「『アルテミ』がなにかと戦うみたいだ。長の口笛が聞こえた」


 それを聞いたレリルは不安そうに眉を寄せる。


「……なにかって……?」


「わからない。でも……俺たちは俺たちのことをしていいんだと思うよー。もし必要なら誰か呼びにくるはずだしー」


 レザはへらっと笑うと――そう、彼は驚くほどにいつもどおりだった――歩き出す。


 クロートにとってもレリルにとっても、レザのその振る舞いは頼もしいかぎりだった。


 フィリムのことで後ろめたさを感じている場合ではない――彼はふたりにそれを思い出させてくれるのだ。


 ――そうだ。悔やむのはいまじゃない。


 その思いに背中を押され、クロートは慎重に踏み出した。


 静けさに満ちた『ノーティティア』本部は激しい戦闘の痕を生々しく晒している。


 抉れた壁から落ちた絵画は踏み荒らされ、いつもなら煌々と廊下を照らしているはずのルクスもほとんどが粉々に弾け飛んでいた。


 彼らは廊下に並んだ扉をひとつひとつ慎重に開けていくが、どこも酷い有様で――。


「……ああ、そんな」


 いくつ目かの扉を開け、中を確認したレリルは思わず口元を覆う。


 そこで折り重なるように倒れていたのは、見慣れた『ノーティティア』の者たちだった。


「…………残念だけど、もう」


 レザが首を振り、クロートは俯く。


 周りには核も散らばっており、懸命に抗ったのだと想像できた。


 レザは彼らのそばに膝を突くと状態を確認する。


「……この人たちが使ってるの、魔装具だ。傷は……酷いね」


 クロートは翠色の目を――意を決して――彼らに向けると頷いた。


「商人たち……『メルカトーレ』は間に合ったんだな」


「うん、そうだと思う」


 レザの言うとおり彼らには深い傷が穿たれており、刃こぼれした大きな剣が斬り裂いたようでもある。


 これをやったのは『ラーティティム』に属する者――非マナ生命体か、はたまた武器を操るマナの生命体か――だろう。クロートはぎゅっと唇を結んで、レリルの肩に手を置いた。


「……行こう。この惨劇をたどればハイアルムたちがいるはずだ」


 レリルはその言葉に、酷くつらそうな顔で頷いた。


******


 音がしないことは、かえって不気味でもある。


 破壊された家具が踏まれて軋むたびにクロートは心臓が縮むような気持ちになった。


 彼の鼻は甘ったるい臭いを感じないのに、ここに満ちるのは不穏で暗鬱な空気だ。


 ……進むあいだも多くの『ノーティティア』たちが命を落としているのを目の当たりにしなければならず、恐ろしさは増していくばり。


 しかし、クロートは皆が『どこに』行ったのかに気が付いた。


「――ハイアルムの謁見の間……きっとそこに行ったんだ、皆」


「うん――だから音も聞こえないのかもしれないね」


 レリルは同意すると、ぎゅっと己の体をかき抱く。


 決して寒くはないのに体中が冷たいと思えるのはクロートも一緒だった。


 突き当たりを左に曲がり、またすぐ左――中庭を突っ切るように造られた廊下の奥がハイアルムの謁見の間である。


 クロートたちは最大限に警戒しながら角をそっと曲がり、中庭を覗き込んで息を呑んだ。


「皆……!」


 弾かれたように駆け出したのはレリル。


 中庭には数多くの『ノーティティア』たちが伏していたのである。


 彼らのうち何人かは息があるようで、身動いだのがわかった。


 クロートは中庭をぐるりと見回し――鼻を掠めた微かな残り香に気付く。


「……レザ、少しだけど臭いが残ってる……甘ったるいのと、なにか腐ったような……」


「うん――俺も嫌な感じがする」


 白く大きな扉――二頭の龍が翼を広げて向かい合う――その向こう側。


 なにかがここを通っていったのだ。


「女の子には酷かもしれないけど、急いだほうがいいかも」


 レザはシャンと双剣を鳴らした。



おはようございます!

よろしくお願いします!


評価やブクマ、感想などなどいつも感謝ばかりです。

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 謁見の間がどのような惨状なのか気になる終わり方でしたね。
2020/01/16 13:10 退会済み
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