知りがたきこと陰のごとく①
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――レザ……どこだレザ!
壁が崩れ、建物はその内側を外気に晒している。
クロートは階段を下りる時間すら惜しんでひらりと飛び降りながら、短時間で路地へと到達した。
まだ土煙の満ちる路地は視界が悪く、あちこちに破壊された瓦礫が積もり地面の一部も削り取られて燻っている。
――爆発の威力がすごかったんだ……ほかの『アルテミ』は大丈夫なのか……?
考えを巡らせながらも、クロートはレザを捜して視線を這わせる。
鼻と口を腕で覆いながら彼は何度もレザを呼んだ。
「レザ! レザ、聞こえるか!」
黒い蜘蛛の爆発はレザがやったものではないとクロートは確信していた。
――たぶん、そう、あれは『非マナ生命体』を排除するための爆弾かなにかだったんだ。
王都の中心部――人々の真ん中で爆発していたらと考えるとクロートはぞっとする。
「レザ、どこだ!」
クロートは己の『創造』した宝箱がレザを包み込み、助けていることを願っていた。
咄嗟にやったことなのでどんな形になっているかは彼自身にもわからない。
マナが薄い場所でどれほどの『宝箱』が設置されたのか――レザを助けられるだけのものだったと――クロートには信じることしかできなかった。
「……!」
クロートはそこで、なにかの音を聞き取る。
ゴン、ゴン、という……くぐもった音。
「レザ……レザか⁉」
音を頼りに走り、クロートはようやく建物の壁面に寄り掛かった『宝箱』を見つけた。
吹き飛ばされて転がったのだろう。
不自然な状態で留まった宝箱の側面はボコボコだ。
「レザ!」
クロートは駆け寄って『宝箱』に両手を突いたが――瞬間、それは弾けるように溶け消えて『中身』を路地にぶちまけた。
「ぐっ、ごほっ、ごほっ……」
「レザッ!」
己を包んでいたものが突如消え去ったことで、『中身』は仰向けに落下して尻餅を突いたようだ。
咽せながらもすぐに体勢を立て直し、握っていた双剣『メリディエースアゲル』を構えたのはさすがと言うべきだろう。
クロートはへなへなと座り込んで深いため息をこぼした。
「よかった……あーもう、心配したんだからな! ――怪我は?」
「げほ……あんたさぁ……」
咽せながら腕で口もとを何度も拭った『中身』――レザの猫のような翠色の瞳が恨めしそうにクロートを見上げる。
「宝箱をスライム詰めにするとかなんなのさー……馬鹿じゃないの……」
「は? ……スライム? あー」
放たれた言葉にクロートは瞬きを返す。
既にマナになっているため、レザにはスライムの破片など微塵も付着していない。
けれど言われてみれば『衝撃を吸収してレザを守るような中身』にスライムは相応しい……のかもしれなかった。
『…………』
レザとクロートはしばし視線を合わせて、どちらからともなく、くくっと……果ては腹を抱えてげらげら笑い合う。
「あー。窒息するかと思ったー! でも助かったー!」
「あははっ! スライム、スライムって……! ははっ!」
合流できたことも、無事だったことも、レザとクロートにとってなにもかもが可笑しい。
そうしてひとしきり笑うと、彼らはレリルのところへ戻るために路地から建物――激しく損壊しているが――を見上げながら駆け出した。
「あの蜘蛛、爆弾だったんだな」
クロートが言うと、レザは頷く。
「箱の中は核を使った爆弾だらけだった。噴き飛ばすつもりだったんだろうなー、全部を」
クロートは手近な建物に入り、階段を駆け上がりながら唸った。
「ってことは、『ラーティティム』は……」
レザは彼の言葉――その意味を正しく理解して、続きを引き継ぐ。
「うん。たぶんもう『ノーティティア』本部に向かってるんだろうなー」
「レリルと合流したらすぐ向かおう。……来てくれるんだろ『アルテミ』。……そのバンダナもお前らしいよな」
先導するクロートの後ろでレザは一瞬だけ驚いたように瞬きをすると、へらっと笑った。
「へへ、似合うだろー? 狩るべき相手はわかってるつもりだよー『ノーティティア』。長も動いてくれるんじゃないかなー?」
「長って……あの円月輪のエルフのことか?」
「ん、あー、そう。あの人が『アルテミ』を率いてるー」
「そうか、あのエルフが『アルテミ』の……」
まさか長がレリルと刃を交えているとは思わないので、ふたりはそんな会話を交わしながら上を目指す。
……そのまま階段を駆け上がり、屋上に飛び出したとき――彼らは初めて眉をひそめることになった。
◇◇◇
チッ、と。
大きな舌打ちが聞こえた。
「ご帰還だ――時間切れか」
言うのと同時に長の円月輪が甲高い音を立てて鞘にねじ込められ、レリルは右腕を掴まれて無理矢理に引き起こされる。
「痛――っ」
「約束なんてものは綺麗事だ。なぜ殺さなかった」
長はそう言うと紅色の瞳をギラギラと光らせて至近距離からレリルを覗き込む。
瞳の奥で怒りの炎が燃えていた。
「――なにが正しいのか、わからなかったからです」
唸るように返す彼女の後ろから聞き慣れた声が響いたのはそのときだ。
「どうしたレリル!」
「長――? なにしてるんだよ――」
――クロート、レザ……⁉
レリルはその声に、はっとして振り返る。
――ご帰還、時間切れ……ふたりが戻ったからだ……!
レリルが状況を察した瞬間、長は静かに背を向けた。
「大丈夫か……なにがあったんだ?」
「長……? あんた……」
駆け寄ってきたふたりが戸惑いの声を上げるのに、レリルは首を振って返す。
「……なんでもないよ、大丈夫」
しかしレザは納得がいかなかったようだ。
シャンと小さく刃を打ち合わせると、既に歩き出していた長の背を追って駆け出した。
「れ、レザ!」
止めようとしたレリルに、レザは応えない。
クロートは無言でレザの行動を見守った。
10日分です。
だいぶ遅れてしまいましたが!
よろしくお願いします。




