邪悪なものありけり③
……まずクロートとレザが両手を持ち上げる。
ふたりは深呼吸をすると、ちらと視線を交わして示し合わせたように唇を開いた。
「――『創造』!」
「……『来い』!」
マナが反応し、どんどん集まって淡い光を灯らせる。
それが渦を巻き始めると、次はレリルが拳を突き出す。
「収束ッ!」
彼女が握り締めた核がほのかに光ると同時に、昨日と同じ――あまり感じたことのないマナが漂い、集まり、形を成していく。
レリルがクロートを窺えば、彼は目を閉じて唇に笑みを浮かべるところだった。
――感じる。レリルの匂いと、レザの匂いと。……それから核のマナだ。
クロートは静かに……落ち着いた気持ちでレザが集めるマナを形にしていく。
――あとは核のマナを喰らう『イミティオ』を創り上げるだけ。それだけだ。
クロートはその宝箱を思い描きながら、己もまたマナを集めていく。
……しかし。
「……ッ」
突如、マナが大きく揺らいだ。
バチィッ!
激しい音を立て、経験したことのない――いや、マナ術を受け止めたときのような衝撃が――クロートの左手を弾き上げる。
「……クロート⁉」
レリルがその音に目を見開き、彼女の手の中で形になりかけていたマナが霧散した。
「うぅっ!」
弾かれた左手で鼻と口を覆って呻いたクロートに呼応するように、レザがぎゅっと唇を噛む。
「なんか嫌だ……嫌な感じだ――『クロート』!」
「く、臭い――なんで……ッ」
彼の鼻が捉えたのは、甘ったるく胃がひっくり返りそうなほど濃厚な臭い。
クロートは表情を歪めながら、それでも必死で弾かれた左手を戻し、マナを押さえつける。
その手のひらはびりびりと痺れ、信じられないほど熱い。
「くそっ……レザ! 大丈夫か⁉」
声を上げるクロート目の前に黒々とした光が生まれていく。
レザは応えられずに歯を食い縛った。
収束を止めようとしているのに、歪んだマナが集まる速度は緩まない。
「う――くっ……ああ、もー! こんなマナなかったのに――『クロート』駄目だ! これじゃ……!」
叫びに近い声を上げながら、レザはうねり、形を成そうとする歪んだマナに抗う。
それを押さえつけるレザの手は小刻みに震え、もう無理だと悲鳴を上げていた。
「制御できていないのね⁉ 一度離れて! 『リスポーン』するわよ!」
「――まだですッ!」
一級の【迷宮宝箱設置人】に付き添うことを許された【監視人】クランベルが己の武器を構えたが、レリルはクロートの腕に飛び付いて必死に押さえるのを手伝った。
「う、ぐぐ……駄目だ、レリル……ごほっ、く、おぇ……離れろ、早く!」
クロートが苦渋の形相で告げるが、レリルはぶんぶんと首を振る。
その新芽のような黄みがかった翠色の瞳は、諦めなど微塵も感じさせない。
「大丈夫……大丈夫だよクロート! レザ!」
瞬間、クロートは己の鼻を掠めた花のような優しい香りに目を瞠った。
寄り添うレリルから強く香るそれは甘ったるい臭いを呑み込み、急激にかき消していく。
確かに彼女のマナが……歪んだマナを上書きしていくのだ。
――どういうことだ? なんだこれ、なにが起きてるんだよ……!
クロートは驚愕に息を呑み、蜂蜜色の髪の少女を見詰める。
「このマナは黒龍のマナよりもずっと弱い……ただ量が多いだけ! わかるの! だから諦めないで! ふたりはもっと強いマナを収束させたんだから……!」
「……レリル、お前……」
「『クロート』! いま、なら――――いけるッ! 早く形に!」
呟くクロートの言葉をかき消し、レザが声を張り上げた。
クロートははっと顔を上げると、とにかくいまは集中しろと己を叱咤する。
そのとき。
「……もっとマナを押さえろ。こうだ」
大きな手が後ろから伸びてきて……彼らの前に渦巻くマナをぎゅっと押さえ込んだ。
「! ……モウリス!」
その大きな左手は黒い革手袋で覆われているように見えるが、魔装具である。
彼の【監視人】カレン……仲間に命を奪われた女性が彼――モウリスを――アーケインを思う気持ちが形になったものだ。
「やれ」
短く告げた大男の逞しい腕は、クロートの胸にガルムを思い起こさせる。
クロートは歯を食い縛り、優しい香りに包まれながら必死で腕を伸ばした。
――形に。形にするんだ……世界を救うための……マナを循環させるための宝箱……!
「……おおおおっ! 形になれぇッ! 『創造』ッ!」
知らず、クロートの腹の底から思いが溢れ出る。
瞬間。
光が弾け飛び、黒い部屋が黄金色に染め上げられた。
踏鞴を踏むほどの勢いで吹き荒れる風から咄嗟にレリルを庇い、クロートはすべての結果を見届けようと目を凝らす。
弾けた光で視界は白く染まっていたが、それでも見届けなくてはならない。
――宝箱……俺たちの宝箱は……!
クロートの耳に、微かに……しゅうしゅうと音が聞こえる気がした。
大きな音で耳がやられているようだとクロートは初めて気が付いた。
キーン……と高い耳鳴りもしていて、クロートはごくりと息を呑む。
どくん、どくん、と頭のなかで脈打つ血液が、彼の全身に熱を送る。
そして、ゆっくりと晴れていくクロートの視界の真ん中に――それは『在った』。
はいっ、有言実行です!
今週もよろしくおねがいします!




