かぐわしきは力になりて③
クロートの言葉に、レリルが新芽のような黄みがかった翠色の目を困惑に揺らす。
「い、『イミティオ』? でもあれは非マナの生命体を喰らう宝箱で……」
そう言いかける彼女に、レザは腰に右手を当てて被せた。
「非マナ生命体の代わりに核を喰わせるってことー?」
クロートはふたりに向けて首を振ると、自分自身に言い聞かせるようにひとつひとつ言葉を続ける。
「いや……それじゃハイアルムの言う『歯車』――例えば墓所の棺と変わらないと思うんだ。だから核のマナを勝手に引き出して喰うようにすれば……」
そこでクロートは、ちらとレリルを見た。
「……なあレリル。お前、黒龍の血に侵食されてたときに俺とレザってどんなふうに見えた?」
レリルはいきなり質問されて「えっ」と言葉に詰まったあとで、しどろもどろに口を開く。
「えぇと、ね……い、いい匂いがして……その。美味しそうだった……」
素直にそう答えれば、クロートはうんうんと二度頷いてみせる。
濡羽色に艶めく黒髪が彼の動きに合わせてさらさらと揺れた。
「レリルは俺たちの――俺は半分だけだけど――マナの匂いを嗅ぎ取ってたんじゃないか? って思うんだ。で、俺は歪んだマナが『臭い』のがわかる……だから」
そこでレザがぽんと手を打つ。
「なるほどねー。あんたは核のマナにも臭いがあると思ってるわけかー」
クロートはレザを指さして「そういうこと!」と笑う。
「俺たち、レリルのなかにあった黒龍のマナを宝箱にしただろ? あれと一緒で、核のマナも嗅ぎ取って引き出せるんじゃないかな。あとはそれを行える『イミティオ』を『創造』できれば……」
「――マナが還る量を調整できるってことになる、ね」
レリルが頬を紅潮させて引き継ぐ。
ハイアルムは血色のよい小振りの唇に笑みを浮かべたまま三人の話を聞いている。……口を挟むつもりはないようだ。
「あとはマナが還る量をどうやって見極めるかと、設置場所だけど……」
クロートが唸ると、レリルは黙っているハイアルムを見た。
「墓所の棺はマナが還る量を調整しているように思ったのですが……ハイアルム様、あれはどうやっているんですか?」
話を振られたハイアルムはくすくすと笑い、金の双眸を細めてみせる。
「簡単なことよ。腹が減れば食べるのはお主たちも同じであろう? 『イミティオ』とてマナの生命体に変わりはない。棺もマナが薄ければ喰らうようできている」
その言葉を聞いたクロートは驚愕に体を震わせてしまった。
――腹が減るから食べる? そんなこと考えてもみなかった……!
「ならクロートとレザが設置するだけで……『イミティオ』は世界のマナを調整できるってこと……ですね」
レリルはそう言って、は……と息を吐き出す。
世界のマナを循環させる術がこんなにもあっけなく見出せようとは、クロートたちの誰も思っていなかった。
そしてそれはハイアルムも同じ。
このような形があろうとは、長い時間を生きる彼女でさえもまったく思い付かなかったのである。
「あとは設置場所か。倒されたら意味がないし……」
そこでクロートが言うと、レザが少しだけ考える素振りをみせた。
「そもそもさー。核の近くじゃないと意味ないだろー? 核のマナを感じてくれないと困るんだから。そんで宝箱を設置できるだけのマナがある場所……そんなところあるのかー?」
「そこなんだよなあ。核が集まるのはここ……王都みたいなところだし。一番近い迷宮内に設置したところで、臭いを感じるのは難しいだろうし……」
クロートがため息をこぼすと、レリルが笑った。
訝しげな顔でクロートが彼女を見ると、レリルは目元を指で拭ってなおも笑いながら苦しそうに言う。
「そんなの簡単だよ、クロート、レザ! だってここにはハイアルム様がいるんだもの。それに……私もここで生まれたんですよね? ハイアルム様」
「女の子、どういうことー?」
レザが首を傾げると、レリルは両腕を広げた。
「迷宮内に魔物が多いのはマナが濃いからだよね。マナが薄いとマナの生命体は生きられない……でもここにハイアルム様がいる。ハイアルム様がここを拠点に選んだってことは……」
ハイアルムはレリルの言葉に満足そうに頷いてみせる。レリルの言うとおりだったからだ。
「――まさか『ノーティティア』って……」
クロートはそれだけこぼすと自分の魔装具――ガルムがくれた薄蒼い刀身を持つ美しい剣だ――に触れた。
そう。『この場所に創造された宝箱』に入っていたものである。
ハイアルムはそんなクロートの仕草に微笑みを浮かべ、自ら答えを紡いだ。
「そうだの。ここ『ノーティティア』は世界が呼吸するための器官のひとつ。――そこに妾が作った人工迷宮である」
昨日分です!
投稿できてなかったので!
よろしくお願いしますー




